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エピローグ

 あれから一ヶ月。長かった夏休みも折り返しを過ぎた日の早朝。

「侯爵家の跡取り問題が解決したらしいわよ」

 待ち合わせ場所である校門にもたれながら、ズザンネが告げた。今日の彼女はサマージャケットにゆったりとしたミドルスカートと言うラフな格好だった。

「流石はズザンネ、情報が早いね」

 エドが答える。ティシャツに薄手のベスト。夏には快適なチョイスだった。

「エッケハルトに決まったって。これからはエッケハルト=ザイデル=ラインターラー侯爵ってわけ。どう思う?」

「彼は貴族連合に復讐を誓っているしね。王家にとっては理想的な展開だね」

「まあ、先代が養子の手続きをしていたっていうけど。どこまでホントなんだか、怪しいところよね。大体さ……」

「エドさん! ズザンネさん!」

 飛び込んできた声に顔を向ける。アリーセだった。フリルの付いたふわりと広がるワンピースを着ている。

「久しぶりだね、アリーセ」

「はい。王家の行事が立て込んでいましたが、ようやく自由な時間ができました」

「アンタさ、まだこの街にいていいの?」

「はい。卒業まではご一緒できる予定です。卒業式ってロマンチックですよね。すごく楽しみにしてるんです」

「まだ来年の話よ。って、アンタは生徒じゃないでしょ。バッカじゃないの」

「大丈夫です。こっそり紛れ込むつもりですから」

「それは、ダメなんじゃないかな」

 苦笑するエド。ズザンネは呆れ全開だ。

「ちょっと、どういうことなのよ」

「おはよう、マルギット」

 古びた旅行鞄を手に、マルギットが駆け寄ってきた。

「お、おはよう、エド。みんな、どうしてそんなラフな格好なの?」

「アンタこそ、なんで制服なのよ」

 ズザンネの言葉通り、マルギットはいつもの制服姿だ。

「だって、この前、お祭りの時はみんな制服だったでしょ」

「あの時はアリーセが目立たないように服を合わせたんだ」

「そ、それなら言っておいてよ」

 ぷいっと顔を逸らして、「可愛い服を選んでくるのに」と呟く。

「おはよう。みんな早いわね」

 引率役のハンナが姿をみせた。いつも通りの地味な服装に、巨大なトランクを二つも引きずっている。

「先生、その荷物は?」

「ほら、旅行って必要な物が一杯あると思うの。だから、ちょっと多目に準備してきたの。これで不測の事態は絶対に起こらないわよ」

 自慢気に胸を張る。本人は威厳たっぷりのつもりだろうが、どうにも不安になるところだ。

「あら、貴方なのね」

 ハンナがアリーセに気付いた。

「アリーセ=フェルステです。今回は特別に参加させて頂きます」

「オティーリエさんから話は聞いているわ。それにしても」

 大人とは思えない無遠慮な態度で、しげしげと見つめる。

 エドとマルギットとズザンネ。三人が思わず視線を交わす。

 アリーセの正体、ロベルティーネは有名だ。いくら雰囲気が違うと言っても、気付かないはずがない。

「あの先生、それよりもですね」

 マルギットがハンナの袖を引っ張る。しかしハンナは目を移そうとしない。

「ね、アリーセさん、貴方のお顔なんだけど」

 誰もが覚悟を決めた。しかし。

「とっても綺麗ね。来年の夏祭りのコンテストに参加してみる気はない? 大丈夫。衣装は私が準備するから」

 余りに有り得ない提案に三人絶句。一方のアリーセは笑顔で頷く。

「はい。是非、参加してみたいです」

「いいわ、いいわよ、その表情。来年の優勝は決まりだわ」

「ホントですか。私、頑張ります!」

 きゃっきゃと騒ぐ二人にズザンネが大きく溜息を漏らす。

「世の中って、どうしてこんなにバカが多いんだろ」

「平和ってことだよ。ところでマルギット、お姉さんはどうしてる?」

 エドが尋ねる。

 アリーセの証言とバルタザールの働きで、マルギットの姉、ヘルミーネは一週間で解放された。その後、どうしているのか気にしていたのだ。

「相変わらずよ。ほら、お姉ちゃんってあの調子でしょ。何人かの婦警さんと仲良くなったみたいなの。で、ちょこちょこ遊びに行ってるわ」

「あはは。警察と仲良しの革命家とは新しいね」

「妹としては、いっそ警察にでも就職してほしいわよ」

「あ、馬車が来たわ!」

 ハンナが叫ぶ。そのテンションの上がり具合は生徒達以上だ

 四頭引きの立派な黒塗りの馬車だった。少しずつ速度を緩めながら、校門の前で停止する。

 御者台から降りてきたのは意外にも女性。肩口まで伸びた栗色の髪に、細面の整った顔。一重の目は猛禽を思わせるほどに鋭い。何故か男性用の警官服を着ている。

 全員の前に立つと、踵を揃えて敬礼。美しさすら感じさせる隙のない姿勢に、エド達も慌てて背筋を伸ばした。

「兄のバルタザールに代わって、君らを案内する事になった。ヘンリエッテだ。よろしく頼む」

 バルタザールと違う堅苦しい雰囲気に気圧されつつも、各々で自己紹介を済ませる。

「でも、本当に良かったんですか? 馬車まで用意してもらって」

 エドは遠慮がちに念を押してしまう。

 事件解決の謝礼として、バルタザールがミステリィ研究会の合宿を支援してくれる事になった。宿として高級別荘を五日間借り切り、更に移動手段まで確保してくれたのだ。

「気を遣う必要はない。この程度では軽すぎるくらいだ。君らの勇気ある行動が、この国の危機を救ったのだからな」

「そんな大袈裟ですよ」

「ふふ、大袈裟ではないぞ」

「まあ、いいんじゃない。お礼は素直にもらっとくものよ。どうせ費用は警察の予算から出るんだし」

 ズザンネが割り込んできた。相変わらずの発言だ。

「その子の言う通りだな。今から向かう『トリスキルヒェン』は避暑地で過ごしやすい。自然も多く、楽しめると思うぞ」

 その一言に全員が歓声を上げる。その素直な反応にヘンリエッテが頬を緩めた。

「でも、意外だったわ。バルタザールさんに妹もいたなんて」

「ん? どういう意味だ?」

 何気ないマルギットの言葉に、ヘンリエッテが食い付いた。

「私と兄の二人兄妹だぞ」

「え? バルタザールさんは生意気な弟がいるって」

「確かにそう言ってたわよ」

 ズザンネがすかさず同意する。

「生意気で弟みたいなって意味かもしんないけどね」

「なるほど。そういうことか。戻ったら意見の相違を改めねばならないな。乙女の鉄拳を存分に味合わせてやろう」

 物騒な決意をすると、馬車のドアを開ける。

「さあ、乗ってくれ。そろそろ出発しよう」

「あ、待ってください。まだもう一人……」

 エドが言い終わるより早く。

「ちょっと待ってぇぇ!」

 大声が届いた。と向こうから短い赤毛を風に揺らしながら一人の少女が走ってくる。

 エドと色違いのティシャツとベスト。ショートスカートから伸びるしなやかな足で、テンポ良く駆け込んできた。

「オッティ、遅いよ」

 エドが苦笑しながら迎える。

「いやいや、ワインを持っていこうとしてたらさ。起きてきた父さんに見つかってね。しこたま怒られたよ」

「また、そんなことして」

「オッティさん、お久しぶりです。足は大丈夫ですか?」

「アリーセ、久しぶり。もうすっかり大丈夫。回復の早さに、お医者さんもびっくりしてたよ。やっぱ名探偵は不死身なんだよね」

「頭が乏しい分、生命力が強いのね。名探偵っていうより害虫ね」

「ズザンネ、それどういう意味よ」

「もう、止めなさいよ。二人とも」

「あれ? マルギット、なんで制服なの?」

「そ、それは、べ、別に学生らしくって思っただけよ」

「まあいいや。それよりお見舞いのケーキありがとね。すっごく美味しかった」

「あれは気が向いたから焼いてあげただけよ」

「オティーリエさんが元気だとホッとするわね」

「ハンナ先生、コンテストはごめんなさい」

「ううん。まさかオティーリエさんが大怪我してるなんて思わなかったもの。でも治って良かったわ」

「今年の分は、来年頑張るから。任せてよ」

「その話なんだけど、来年はアリーセさんとマルギットさんにお願いすることにしたの」

「ちょっと、そんなの私は了承してないですよ」

「テーマは禁断の恋。なんか素敵よね。素敵でしょ? そう思うでしょ?」

「はい。素敵だと思います」

「そんなの全然素敵じゃないわ。そもそも女性同士って」

「マルギットが嫌なら私が代わりに出るよ。変装は名探偵の必須技能だし」

「はぁ、何言ってんの? 探偵は変装を見抜く方でしょ。自分が変装してどうすんのよ」

「そりゃそうだけど。ちょっとエド、なに笑ってるのよ」

「はいはい。解った解った」

 パンパンと手を叩いて、ヘンリエッテが話を断ち切る。

「続きは馬車の中でやってくれ。トリスキルヒェンまで半日以上掛かるんだからな。いい加減出発するぞ」

 全員を馬車に乗せ、屋根に荷物を積み込んだ。それから忘れ物がないのを確認して、御者台につく。

 馬車の中では先ほど以上に会話が弾んでいるようだ。

「騒がしい旅になりそうだな」

 満更でもない様子で、ピシリと鞭を打つ。

 夏の道を馬車がゆったり動き出した。




〈Fin〉




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