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短編

どうか

作者: 唐子

第二次大戦を示唆する描写が入ります。ご注意ください。

2012/9/13若干改稿しました。

どうか

どうか


祈りを捧げる。


この気もちを押し殺し、いまにも悲鳴をあげすがりつきたくなるこの感情に厳しく錠をかけ。


(こころ)をあなたに預けて。


祈る。



(見送る君)


びっ、と敬礼した右手を下ろすことなく、今にも泣きそうに両の眼に涙を潤ませた少女に微笑んでみせる。

心配するな、という言葉は、言いたくても言えない。だから僕は微笑む。


(てい)さん、泣かないで。これは、名誉なことなんだから」

「……無理な、こと…いいなさる」


ほろり。

桃のような頬を転がり落ちた涙を、いつものようにぬぐおうとして敬礼した手をのばして、途中で気付く。ぐっ、と寸前で拳を握った。


「庭さんも、そろそろ僕以外に、涙をぬぐってくれる男を見つけなければだめだよ?これから僕が、貴女にできることは、皆無と言っていいのだから」


うまく笑えているだろうか?自信がない。

この涙をぬぐうのが、後にも先にも僕だけであれば、と…切に願う。

しかしそれは、かなわないのだ。


凄惨さを増す戦況にきた、あの赤い紙を受け取ってしまった日から。

僕に、おそらく未来はない。

彼女とともに生きる、未来は、ない。


握った拳の爪が皮膚を食い破り、生ぬるい液体が噴き出す鈍い痛みすら、現実のものとして遠い。

ただ、ふせた彼女の薄いまぶたの白さと、そこからあふれる珠のごときしずくのみが、真実のように思えて。


ああ、どうか泣かないでください。

君を守り死にゆく僕は、誇りこそすれ、泣かれるいわれなどとんとない。


だからどうか、一目、最期に君の微笑みを僕に手向けて。



そうしたら、僕は、微笑って逝けるだろう。





(去り逝く貴方)


「庭さん、泣かないで。これは、名誉なことなんだから」


たまらず瞼を閉じる。この人は、笑顔でなんてことを言うのだろう。

ふせた拍子にこぼれおちた涙を、卑怯に思う。

いかないで、とは口が裂けても言えない。言ってはいけない。

つぐむ代わり涙があふれる。

死なないで。死なないで。死なないで。

血を吐く願いは、しかし叶うことがないと、世間知らずの少女にも知れたことであった。



手を伸ばす気配に期待で胸が高鳴る。しかし寸前で離れて行ったことに「何故」という詰問が浮かび、続けられた言葉に、雷を受けたかのような衝撃が、身体を走った。


「庭さんも、そろそろ僕以外に、涙をぬぐってくれる男を見つけなければだめだよ?これから僕が、貴女にできることは、皆無と言っていいのだから」


そんな言葉、要らない。

世将(せいしょう)に、妹のようにしか思われてないのは知っていた。

だが、夢見たのは、大人になった自分が、彼のかたわらに寄り添い生きていく未来。


彼の、生きている、未来。


死にゆく覚悟定めた貴方を見送り、祈る。

どうか、どうか死に給うことなかれ。

誰にそしられようと、非国民と石持て追われようとも、生き汚いと罵られようとも。

誰が貴方を咎めようと、私は貴方の傍らに、生きたかった。




ほろり、ほろり。未練がましい涙が、止まらない。

ぬぐうただ一人の手はもう離れてしまったというのに。


どうかどうか。


その分だけそばにいられるのなら、頬を滑る雫にどうか気付かないふりをして。




戦地へ向かう青年と、本土に残された少女。

生きて再び会いまみえる可能性は、皆無に等しい。



しかし、彼らは願った。





*****

永棟ながむね 世将せいしょう20歳。

大木(おおき) てい15歳。


幼なじみのご近所さん。


ちぎれるように叫んでも、声はひきつれ、音にならなかった言葉が涙になってあふれて消えた。

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