8,予測できない事故
アリアからクドウに『Project RE-BIRTH』のことを訊ねられずに3か月が過ぎた。
研究室では表面的には何も変わらない日々を繰り返し、相変わらずクドウは研究に没頭し、アリアは図書館にこもることが多くなっていた。しかし、彼らの関係がおかしくなっていることを誰も気がついてはいなかった。
久し振りにアリアが一般研究室によると、いつも以上に部屋の中が慌ただしかった。
「どうしたの」
「ちょっとした手違いで、試薬が足らないんだ。ドーム・ラーストまで直接手渡しで受け取らなきゃいけない試薬なんだけど、誰も行けそうにないんだ」
「…私が行っても大丈夫かな」
「アリアが」
「うん」
「できればお願いしたいけどさ、プロフェッサー・クドウが了解してくれるかな」
「聞いてくる」
そういって、アリアはクドウの研究室へと向かった。
研究室に行く途中で、ヤジマとすれ違う。クドウに会いに行くことを告げると、彼は会議で明日まで帰らないことを教えられる。
「ドーム・ラーストに試薬を取りに行かせてもらえないかって、聞こうと思ったの」
「アリアが?」
「ええ。一般研究室で足りないけど、誰も取りに行けなくて困ってるってきいたから、一人で行ってこようとおもって」
「ドーム・ラーストはここから一番近いドームだけどさ、エア・カーで3日間かかるんだぞ。他にも暇な奴はいるんだから、アリアが行く必要はないよ」
「エア・カーの免許なら持っているし。それに、行き場所を登録していたら、ほとんど無人操縦で大丈夫でしょ」
「そうはいっても…。よし、俺も行く。アリアと一緒にドーム・ラーストに行く」
相変わらずのヤジマの反応に、アリアは苦笑を浮かべる。
「ドクター・ヤジマはお仕事があるでしょ」
「アリアと一緒にいる以上の仕事はない」
「あるでしょ。もう」
そう言いながら、彼女は笑った。
「ほんとはね、一人で少しここを離れてみたいって思っていたの。わがまま言ってる自覚もあるけど…駄目かな」
「アリア…」
そういわれて、ヤジマは答えに詰まる。彼女が新しいプロジェクトのことで悩んでいるのをしっているが、どうにもできなかった。ここを離れることが、少しでも気分転換になれば…。
「わかった。行ってきなさい。俺が許可するよ」
「ほんと?」
「ただし、朝と晩には連絡を入れること。わかった?」
「ええ。早速準備してくるね」
そう言って、アリアは研究室へと走って行った。
「ドクター・ヤジマ。もうすぐ夜よ。周りは本当に廃墟ばかりでびっくりしたわ。人は見かけなかったけど、この辺に住んでいないだけかな」
アリアから最初の通信が入った。昼過ぎにドーム・ファラクをでたエア・カーは順調にドーム・ラーストに向っている。
「まだ、ドーム・ファラクに近いからね。もうちょっと居住区は先だと思うよ。まぁ、エア・カーの通り道には近くないけどね」
「そうなんだ。ちょっと残念」
「まさかと思うけど、外には出ちゃだめだからね。アリアのようなドーム育ちには、外は危険なんだ。君に何かあったら、俺はクドウに殺されるよ」
クドウという言葉に、彼女の表情に陰りが浮かぶ。
「…そうね。じゃあ、おやすみなさい。ドクター・ヤジマ」
「ああ、おやすみ、アリア」
通信が切れ、ヤジマはため息をついた。自分の不用意な言葉で、クドウのことを思い出させてしまった。気にしなければいけないほど、クドウと自分とアリアの関係は日常になっていたのに、どこで間違ったのだろう。
翌朝、アリアからの通信が入った。
「おはよう、ドクター・ヤジマ。朝日を見たよ。ドーム・ファラクから見るのとは違った感じがするのは気のせいかな?」
「ここからはエア・カーのガラスよりも厚いガラスを挟んでみるわけだから、だいぶ違って見えるだろうね」
「もう、ロマンがないわね、ドクター・ヤジマは」
そういって、彼女は苦笑する。
「それじゃあ、また夜に」
通信が切れたと同時に、殺気立ったクドウが医務室へとやってきた。
「ヤジマ、これはいったいどういうことだ」
「何がさ」
「『K‐A』がドーム・ラーストに行く許可はしてない」
「禁止とも言ってないだろ」
「だが…」
「クドウ、どうしてそんなに慌てているんだ。あれだけ放置していたくせに、いまさら大事ぶってどうする?」
いつもは人当たりの良い柔らかい表情のヤジマからは想像もつかないほど冷たい笑みを浮かべてクドウの言葉をさえぎった。
二人の間を沈黙が支配する。それを破ったのは、電子音だった。普段は使われない緊急用のチャンネルだった。
「ドクター・ヤジマ、大変です」
聞こえてきた声は、一般研究室の研究員だった。
「あー、こっちも今大変なんだよね」
「冗談言ってる場合じゃないんですよ。アリアが乗ったエア・カーが、無人輸送機と正面衝突したらしいんです。しかも爆発炎上とかいってて…」
事故の知らせに二人に動揺が走る。
二人はすぐに事故現場へと向かった。