1,はじまり
公害や幾度となく行われた戦争により、世界は汚れてしまった。
オゾン層は破壊され地上に有毒な紫外線が直接降り注ぐようになり、大気は汚染された。人々は紫外線遮断機能や空気清浄機能が付いたドームの中でしか生きられなくなっていた。
現在ドームの数は10個。すべてが独立した都市国家を形成し、昔の言葉から名前が付けられている。
ドームの周囲には、ドーム形成以前に造られた建物…今となってはほとんど廃墟となった街が解体されずに放置されていた。噂では、危険な廃棄物も処理されぬままにされている場所があるらしい。
そんな場所にも、人は生きていた。
ドームに入れなかった者、ドームで罪を犯し刑罰として追い出された者、自らの意思でドーム出た者などが都市周辺に街を形成し生活を送っていた。
多種多様な人種が集まり、時間の経過とともにドームの人間と比べてはっきりとした体質の変化が認められた。初期の住人たちの寿命はとても短かいものであったが、汚染した地域で生活しているうちに耐性が付き、今ではさほど短くはない寿命となっていた。
それらはやがて『スラム』と呼ばれるようになった。
例えばドーム・ファラクを中心に東西南北に4つの地域に分かれ…
「……ヤ、カミヤ」
肩をたたかれて少女は振り返った。視線の先には白衣姿の青年が苦笑を浮かべて立っていた。
「また読書に夢中になっていたね。今何時だと思っている?」
青年の言葉に少女はパソコンモニターの下に表示されている時計を見た。彼女がこの部屋に入ってからゆうに6時間以上も経過していた。
「勉強熱心なのもいいけど、自分の身体も考えなさい。もう夕食の時間だよ。一緒に食べに行こうか」
青年の言葉に少女は頷いたが、すぐに首を振った。
「こんなに遅くなるつもりはなかったから、プロフェッサー・クドウに聞かないと」
「大丈夫。クドウも一緒だから」
「本当?」
「ああ。ちょうど会議も終わって帰るところだったのさ。廊下で待ってるから早く帰り支度をしてきなさい」
「うん」
少女は青年の言葉にうなずいて、パソコンに向いなおした。
少女の名前は、カミヤ・アリア。腰まである黒髪と黒い瞳を持ち、頬のそばかすのせいか17歳という年齢よりは若干幼い印象をもたれる外見をしていた。
先ほど話しかけてきた青年はヤジマ・トシキといい、アリアの保護者であるプロフェッサー・クドウの研究所のドクターとして働いていた。年齢は26歳。ウルフカットにされた黒髪と黒い瞳をしている。余計なことだが、ヤジマはアリアを溺愛していた。
そして、廊下で待っているのがプロフェッサー・クドウ。フルネームはクドウ・ヨシハル。柔らかい印象を与える焦げ茶色の髪と瞳を持ち、26歳という若さでありながらドーム・ファラクに属するトップクラスの研究員であった。アリアの保護者であるが二人の血は繋がっておらず、成人までの後見人として彼女と暮らしていた。
パソコンの電源を落として、アリアは急いで廊下に向った。
「あれ、プロフェッサー・クドウは?」
「急な仕事が入ったって、研究室にもどったよ」
「そうか…仕事なら仕方ないよね」
視線を外して苦笑を浮かべるアリアの頭を、ヤジマがくしゃくしゃと撫でる。
「もー、落ち込んじゃって。俺じゃあ満足させられないのねぇ」
「その、えっと、最近プロフェッサー・クドウと話せてなかったから残念だなって…。ドクター・ヤジマが嫌なんじゃないのよ」
「わかってる、わかっているよ。ほらほら、ご飯食べに行こう」
アリアの頭をもう一度撫でて歩き出した。
プロフェッサー・クドウが彼らの約束より仕事を優先するようになったのは、最近は当たり前になっていた。