勇者ゴミカス、アイドルになる。
こちら勇者が異世界から転移してくる現代が舞台のローファンタジーです。
異世界転移タグにチェックを入れるとカテ違いかと思い入れていませんが、認識が誤っていれば変更します。
幼い私は、母によく神社に連れて行かれた。
「お母さんね、ここで運命の人を見つけたいってお願いしたら、パパに出会えたの。」
母がよくそう口にしていたのを覚えている。
母の座右の銘は、私の座右の銘でもあった。
〝願いごとを胸に秘め続けていれば、いつか叶う。〟
(私……お星様みたいな、すっごいアイドルに出会いたい!それで、世界一有名な人にするの!)
必死に、何年も願い続けた夢。
――しかし、現実はそう甘くはなかった。
……
「うっせえボケ!もうやってらんねえよアイドルなんか!」
アッシュブラウンの髪に整った顔の青年が、そう声を荒らげる。
「待ってよ!せっかくここまで来たのに、そんな……!」
縋るように青年の服の袖を掴む。彼は私「天堂陽菜」の担当アイドル「佐藤琥珀」。
甘そうな名前とは裏腹に、ジョロキアのような激しい性格をしているうちの有力タレントだ。
「プライベートには口を出さねえって約束だったろうが!なんでこのネックレス付けちゃ駄目なんだよ!」
「今大事な時期なのにペアネックレスを付けて番組に出たらどうなると思う!?最悪相手ごと特定されて2人仲良く炎上だよ!」
「ペアネックレス……?分かりゃしねーって、こんなん傍から見りゃただの羽型のペンダントじゃねーか。」
琥珀君は言いながらペンダントトップを持ち上げる。
「ファン舐めちゃ駄目、必ず特定される!お願い、撮影中外してもらうだけでいいの。」
そう言ってから、深く頭を下げた。琥珀くんは私を見てバツが悪そうに頬を掻いている。
「じゃ……さ。番組が終わった後マネージャーが下の階のバーで酒奢ってくれんならいいよ?ほら俺、最近20歳になったし……!」
「ごめんできない。私は貴方を守る義務があるから、人目につく場所で二人でお酒とかは無理!あ、良ければ自宅に美味しいワインでも送ろうか。」
頭を上げながら嬉々として提案すると、琥珀君は訝しげにこちらを睨み「ほんと可愛くない女。」と呟く。
(何で怒ってるんだろう?そっか、ワイン好きじゃない?リキュールとかのが良かったかな……!)
「もういい。限界近かったんだよな、この事務所あんたしか仕事取って来ないからダウンしたら混乱するし?たまに事務所が弱いからってキャスティングから外されてたらしいし、マネージャーは2歳上ってだけでえらそーに子供扱いしてくるしさ。」
「なっ……!?前半は申し訳ないけど、偉そうにした覚えはないよ!?」
「もっと可愛げのあるマネージャーがいて、影響力ある事務所に移籍するもんね。こんなとこにいたら腐っちまうかもしれん!」
「……!」
私は反論しようとして、黙り込む。
この事務所が弱小なのは事実だ。琥珀君ほどポテンシャルのある若者がここにずっといれば……腐らせてしまうかもしれない。
彼はまだ若い。といっても、20歳は芸能1本でやっていくか、進路をどうするかなどを考え始める時期でもある。
その時期にタレント本人の口から「事務所が弱い」という不安が出るのは危険信号だ。
この事務所を、若い才能を潰す場所にはしたくない。
「琥珀君なら……なれると思う、トップアイドル。」
笑顔で口にして、数歩退がる。すると琥珀君は舌打ちしながら事務所を後にした。
――その後、琥珀君は仕事を一区切りさせてから、正規の手続きを踏んで他事務所に移籍してしまう。
元々大手事務所から引き抜きの誘いがあって、次に困ることはなかったようだ。
「……お父さん……ごめんなさい……私が不甲斐ないばっかりにぃ……!」
父の家でお酒を飲みながらぐずる。豪華な大理石のテーブルがひんやりとしていて、熱くなっていく頬を冷やしてくれた。
「世情的にもしゃーねーよ。今どき辞めたいって言ってるタレント無理に引き止めたら即SNSにバラされて、こんな事務所すぐに潰れちまう。あと社長と呼べ。」
父はそう言って煙草に火を点ける。
「あ〜……いけないんだぁ、ママにやめろって言われてたでしょうに。」
「いいんだよ、奴ァ今頃スヤスヤ寝てんだから。」
父は寝室を見やる。その方向からは母のいびきが聞こえてきていた。
(お父さんは凄いなぁ……未だに現役アイドルだし、事務所の社長だし、お母さんとも仲良しで。)
父は、幼い頃から私の憧れだ。昔見せて貰った、星のように輝く父のライブ映像を見せられてから……私はずっと、「こんなアイドルを育てたい」と思っていた。
(でも……無理かもしれない。)
初めて担当したアイドルに逃げられ、モチベーションは地の底である。
「才能、無いのかなぁ……私。」
目に涙を溜めながら言う私に、父は「才能は磨くもの。あるかないかとかそういうもんじゃないんだよ。陽菜、ちょっと休みやるから、頭冷やして来い。」と言い放った。
……
やっと貰った休みの間、私は時間を持て余す。
まともな休みの取り方ひとつ知らない私にとって、長期休暇は苦痛だ。
(出かけるか……)
そう思い立ち、ふと母が昔連れて行ってくれた神社まで足を運ぶ。
久しぶりに来たが、雰囲気はあまり変わらない。
静かで、鳥居をくぐると空気がひんやりするところも昔のまま。
(いつぶりだろ、高校受験の時来たのが最後?)
手を洗ってから、ゆっくりと本殿に向かう。すると、黒猫が賽銭箱の脇に立っていた。
(ここで飼ってる猫かな?逃げないし、野良じゃなさそう。)
私は猫に見守られながら賽銭箱に5円玉を投げ込み手を叩く。そして、強く願った。
(日本一……いや!世界一の!お星様みたいなアイドルを、育てたい!)
その時、私の頭上に光が差す。
(うわ、何これ!どこから差してる光だろう?)
不思議に思い空を見上げると……小さくて、黒い点のようなものが見えた。
目を細め、それが何なのかを確認しようとする。
(大きくなってる……?何か落ちて……しかも、そこそこ大きい?あれ……は……)
「人ォ!?」
私はわたわたとしながら、何とか落ちてきている人影をキャッチしようと試みる。
「まって……どっから落ちてきたの!?どどどどうすれば……!」
私は無謀にも手を大きく開き受け止めの体制に入った。
(どうか、腕が折れてもすぐ治りますように!)
覚悟して目を閉じた瞬間、突然謎の強風が下から巻き上げ、ふわりと花の香りがすると共に、腕にゆっくり何かが降りてくる。
恐る恐る目を開け、私は絶句した。
艶のあるプラチナブロンド……
透き通った金色の瞳………!
息を飲むような美青年が、何が起こったのか分からないといった具合に目を丸くしながらこちらを見ている。
(星の……ような、アイドル。)
私は何故か彼の顔を見て、そのフレーズを思い浮かべていた。
タレントを守る為、常に鍛錬を怠らなかった私にとって、彼の体重はさして重くない。
金髪の彼を見ながら、「大丈夫ですか?」と声をかけた。
「……」
青年は固まったまま黙り込んでいる。顔立ちからして、異国の方だろうか?飛行機から落ちたとか……?
考えていると、彼は真っ青になりながら
「俺のようなウジ虫を……助けてくださったのですか!?」と流暢な日本語で言い放った。
「は」
「ごめんなさいごめんなさい!魔王を倒したら用済みのカスの分際で!」
青年は私の腕から降りると、煙が出るのではないかという勢いで石畳に額を擦り付ける。
よく見るとその服装は、まるでRPGゲームに出てくる勇者のような格好だった。
「え!?いやあの私は大丈……魔王!?」
「死んで詫びます、このエクスカリバーで……!」
青年は脇に差していた剣を抜く。その刃は白く輝いていて、やけに神々しい。
「まって!死ななくていいから!無事だったなら何よりです!」
思ったより青年の力が強く、制止しようにも止められない。
すると、どこからともなく「やめんか!」と言う老人の声が響いた。
青年はびくりと肩を揺らしてから、私と共に辺りを見渡す。
「ここじゃ。」
声は下から聞こえている。視線を落とした先で、黒猫が笑っていた。
「ひっ……!?何で猫が喋ってるの!?」
「空からイケメンが降ってくるのだ、猫が喋りもするじゃろうて。それより陽菜、お主の願い聞いたぞ?昔から一途に頑張っとるんじゃのぉ。」
黒猫は前足で目を擦りながら、感動しているようなジェスチャーをしてみせる。
「ま……まああの、昔からの悲願ではありますけれど……」
「健気な姿に胸打たれ、お主の願いを全力で叶えてやろうと思ったのじゃ!しかし、日本にいる世界に轟くほどのアイドルの原石は……もうデビューしとるか、大手事務所で研究生をしているかのどちらかでな。」
(まあ、そうだよね……)
「なら異世界からアイドルの原石を召喚しちゃえばいいと思ったんじゃよ!手始めに呼んだのがその男じゃ!どうよ?」
得意げに言う黒猫の言葉に、血の気が引く。
「異世界……召喚……!?」
青年はずっと申し訳なさそうな顔でこちらを見て縮こまっていたが、黒猫の言葉で何かを察したか、やっと口を開いた。
「なるほど、ここは異世界……そういったものがあると城の文献で読んだ気がします。」
「わ、私も漫画とかでは読んだことあるけどさぁ……!この人、元々別世界で何かやってた人なんでしょ!?帰してあげてください!」
そう訴えると、青年は静かに立ち上がり「お待ちを」と口にする。
「俺は……そこに居られます神に呼ばれこの世界に降り立ったのでしょう。もしや、何か使命があるのではありませんか?」
青年は、言いながら黒猫の前に跪いた。
彼の目は先程切腹しようとした時とは違い真っ直ぐで、きらめいて見える。
「その通り!お主、そこにいる女子の夢を叶えてあげなさい。彼女は世界一のアイドルを育てるのが夢なのじゃ。」
黒猫が言うと、青年は振り向き「おお……!」と感嘆の声を上げてから私の前に来た。
(わ……!やっぱりこの人、めちゃくちゃかっこいい……!)
「貴方がゴミカス同然の俺に再び使命を与えたもうた女神ですね!……名をお尋ねしてよろしいか。」
「て……天堂陽菜です……」
「陽菜様!俺が必ずや貴方の夢を叶えてしんぜましょう!」
彼は私の両手を包みながら、眩い笑顔でそう宣言してみせる。
「えと……あなたの名前、は?」
強すぎる顔面の圧に押されつつ尋ねると、青年は笑顔で「ゴミカスです!」と答えた。
「ゴ……?」
「もっと正確に言うならば、俺に名はありません。以前は勇者と呼ばれておりましたが魔王を討伐したらその名も無くなってしまい……
光の神と同じ『ソラ』という名を王から頂いたものの、この矮小なドブの水のような男には見合いませんからゴミカスでいいですよ!」
(この人爽やかなんだけど……!ちょくちょく卑屈なワードが出てくるな!?)
「その男は『勇者ソラ』。世界を救った勇者なんじゃが……魔王を討伐してからというもの使命ロスで塞いでおってのぉ。ソラにとってもこの召喚はいい機会と言うわけじゃ。」
黒猫は宙を見つめながらそう語ってみせる。
(使命……ロス……)
「ほれ、これが神の力で作ったソラの証明書一式。」
黒猫は賽銭箱の上に器用に証明書を並べた。
「ひいっ……!さらっと偽造してる!?」
「人聞きの悪い……こんな異世界に証明書もないまま放り込んではソラだって困るじゃろう。」
「それはそうだけど……!」
「住所は一旦神主の家にしとるがの、泊まる場所は用意しとらんからお主がなんとかしてあげなさい。……ほほ、これでもし本当に世界に通用するアイドルが産まれたら?その収益をこの神社に賽銭として投げるのじゃぞ。」
(まさかそれが狙い!?)
黒猫は言いたいことだけ言い切ると、本殿の屋根に飛び乗ってから姿を消してしまう。
私はこの勇者と二人残されてしまった。
「あー……ソラ君?」
「ゴミカスです!」
「いや呼びにくいから!一旦ソラ君ね!……ちょっと困ったことになっちゃったけど、このままここにいても仕方ないし……私の実家に来ない?」
言うと、ソラ君はにっこり笑って「どこまででもお供いたします!」と返事した。
……
「と!いうことですのでどうか、うちのアイドルとして住み込みで雇って貰えないでしょうか!」
微かに煙草の香りがする父の部屋で、私は一連の出来事を話してから深く頭を下げる。
ソラ君も私のことをちらりと見てから真似して頭を下げていた。
「ちょっと……陽菜が何言ってんのかわかんなかった。」
父は動揺しているようで、煙草を前後逆に咥えている。
「じゃあもう1回!えっとね、神社で祈ったら空からこの人が降ってきて――!」
「それは聞いた!気になってたんだけど、そこのえぐいイケメンが持ってるそれって本物の剣?」
父が尋ねると、ソラ君は得意気に剣を抜き「はい!聖剣エクスカリバーです!」と言い放つ。
「うわ!銃刀法違反!」
「あー!違うの、これはその……精巧なおもちゃだよ!あはは……!でもほら、見てこのビジュアル!この人なら……!本当に天下狙えるって思わない!?」
言うと、父はソラ君の顔を見て唸る。
「確かに……声も綺麗だし、俺の長い芸能人生の中でもこのレベルはそうそう見なかったな。君、それでメイクも何もしてないんでしょ?」
「してません!」
「なら、整えたら更に映えそうだ。……ただねぇ、本当に異世界人ならこの世界に馴染んでからじゃないと働かせるの怖くない?普通に心配。」
(確かに……!)
「では、修行してこの世界に慣れます!」
ソラ君が威勢よく言うと、父が「その間家はどうすんの?」と尋ねた。
「野宿なら慣れております!山にでも篭れば生活できましょう!」
「もうこの時点で適応できてないんだけども。」
ソラ君の証明書類に目をやる。23歳……成人はしているようだが、異世界から召喚された人を外に放り出すのは気が引けてしまう。
それにエクスカリバーとかいう剣を持った状態で彷徨かせるのも危険だ。
「それなら暫く家においでよ!私が呼んじゃったんだもん、お姉ちゃんだと思っていつでも頼って!」
それを聞いて父が早口に「うちに置いてやるから娘の家には絶対入るなよ。」と吐き捨てた。
……
「暫くは研究生としてこの世界に順応してもらうことから始めることになりましたっ!まずはこの世界での過ごし方を学ぼうね!」
朝、私は実家に赴くと、ソラ君を連れ出す。
まずは父の言う通り、働くとかレッスンとかよりも先に生活のしかたを教えてあげる必要があった。
「まず、この世界には多様な交通機関があるの。電車とかバスとかだね。今日はそれの乗り方を覚えよう。」
私がソラ君をバス停に導くと、彼は行き交う車を興味深そうに眺めている。
「あの色とりどりの獣は何ですか?ゲズルモズルに似てますが。」
「それが何か知らないけども。あれは生き物じゃなくって車っていう機械……えーと、からくり?だよ。とっても早く走れるの!だから移動も楽で……」
言いかけた所で、ソラ君は「俺よりもですか。」と口を挟む。
「え?な、何が?」
「確かにあのクルマとやらは速いですが……俺には適うまい。」
そう言うやいなや、ソラ君は私を抱えてものすごい速さで走り始める。
「うわ!?ちょっと!」
「俺、競走で馬にもゲズルモズルにも負けたことがないんです!だから、パーティの馬代わりでした……!女神、あんなからくりよりも俺の方がきっと有用ですよ!今からそれをお見せします!」
(馬代わり!?勇者だったんだよね!?)
「わかっ……わかった!一旦わかったからあの黒い道通ってもらっていい!?」
ソラ君は私を抱えたまま、事務所までの道を爆走した。
息も絶え絶えに事務所の中に入ると、私はそのままふらりと座り込む。
「大丈夫ですか!?」
「ソラ君が凄いのは分かったんだけど……この世界の人は車みたいなスピードで走らないし、人を馬代わりにはしないの。だから次から車で移動しようね……?」
魂が抜けた状態で言うと、ソラ君は「女神、俺はあなたの役に立ちたくて……!頑張りますから、どうか見捨てないでください!」と縋る。
私は「女神じゃなくて陽菜ね!役に立つとかより先に、この世界の暮らし方をちゃんと知って欲しいの。必要なことをこなしてもらうのはそれからだよ。」と伝えた。
ソラ君はそれを聞いて、少し安心したような表情を浮かべている。
(なんか……必死だな。使命ロスとかなんとか言ってたし、余程人の役に立つのが好きなのかしら。)
不思議に思いつつも、ソラ君の日本研修を進めていく。
バスや電車の乗り方、買い物のしかた、etc……
あっという間に日は落ち、私は事務所の会議室でソラ君にスマートフォンの使い方を教えていた。
「そうそう、そこを押すと遠く離れてても私と話せるから。」
「なんという……!この板は便利ですね、買い物までこなせるとは。」
ソラ君は意外にも吸収が早く、スルスルと記憶してくれる。
心配していたよりは早く順応してくれるかもしれないと期待した時、エントランスの扉がギィと開く。
「あ、お父さんかな?」
エントランスまで駆け足で向かうと、そこには髪を黒く染めた琥珀君がいた。
「……!」
「んだよ、幽霊見たような顔してさ。……書類取りに来たんだけど。頼んでたやつ届いてる?」
「ま、まだ来てないよ!届いたら連絡したのに。」
「るせーな。早く縁切りたくてスキップ交じりに来ただけだわ。」
「なら、郵送するよ。ここまで来るの大変でしょ?」
琥珀君は眉をひそめ、「いいっつってんだろ。ほんと可愛くない。」と呟く。
「どうなんだよ、俺が抜けた後は?あんたもちょっとは休めた?仕事が無さすぎて暇だったりして!どうしてもってんなら俺も戻って――」
「陽菜様、客人ですか?」
琥珀君が何か言おうとした時、ソラ君がこちらの様子を見に来てしまう。
「……誰?あの金髪。」
琥珀君は訝しげにソラ君を睨んでいた。
(うわ、ちょっとよくない雰囲気……!)
「ソラ君、私は大丈夫だから客間に戻っ……」
「俺はゴミカス。陽菜様の夢を叶える為に遣わされた……アイドルです。」
私の嫌な予感は的中し、ソラ君はマイナス100点の自己紹介をしてしまう。
(あーもう……!せめて名前くらいちゃんと名乗ってくれたらなあ……!)
琥珀君はそれを聞いて震え出し、「へえ、もう代わり見つけてたんだ。」と呟く。
「え!?あ、ああ……代わりというか、私の新しい担当だけど……」
それを聞くなり琥珀君はソラ君にメンチを切り
「おいお前!アイドル様なら知ってるよなぁ……夏に行われる『イケメンアイドル甲子園』、略して『貴公子園』!男性アイドルが集まる大型イベントだ!そこで俺と勝負しな。」
と啖呵を切った。
「はい!?」
現在4月の初旬。ここから夏までにソラ君に世界の色々を教え、貴公子園に出すなんて無理な話だ。
「僭越ながら……貴殿と戦う理由がないように思います。その決闘には乗れません。」
ソラ君は思いのほか冷静に答えてみせる。
「どちらにしろ、貴公子園に勝たなきゃトップアイドル様にはなれねーぜ?その女の目標は『星みたいに輝く世界一のアイドル』だかんな。いつか挑まなきゃならん通過点だ。……逃げんのかよ?」
琥珀君は眉間に皺を寄せ、ソラ君を挑発した。
「一理あるか……」
「それにあんたさ、今年いくつ?」
「え?いく……つ?」
(もしかして年齢の概念が無い?証明書類にはなんて書いてあったっけ?……そうだ!)
23歳……イケメンアイドル甲子園に挑める最後の年齢だ。
「よお、マネージャーの反応的に?あんた今年がラストチャンスっぽいな。なら尚更出るだけでも出ておいた方がいーんじゃないの?」
ソラ君はこちらを見る。
「……確かに貴公子園は大きなイベントだけど、動画サイトとかでいくらでもチャンスは作れる!乗る必要ないよ。」
そう助言すると、ソラ君はふっと笑って「分かりました。」とだけ答えた。
安心して胸を撫で下ろしていた時、「いいでしょう。私も出ます、その……つけ麺アイドルコロシアムとやらに!」とソラ君が宣言する。
「あれ!?」
「大分間違えてるけど……言ったな?逃げんじゃねえぞ。」
琥珀君はそう言って満足げに事務所を去った。
(ど、どうしよう……!とんでもないことになった……!)
「だめだよソラ君!あなたは1年かけてこの世界のこと学んでからデビューするべき!あんな口約束無視していい、貴公子園に出場することは許可しないからね!」
「何故ですか?コロシアムならかなり経験しています。実は私みなしごでして……生活の為にやむなくコロシアムの戦士をしていた時期があったのです。そして戦いを勝ち抜いて来ました、誰が相手でも負けません。」
「いやコロシアムじゃないし、背景が思ったよりも重い……!そうじゃなくてね、アイドルは武力じゃ戦わないの!歌ったり踊ったりで戦うんだよ。」
「なんと!私に舞や歌の経験はありません。」
「そうでしょ!?」
「……無いですが、出ます。チャンスは掴んでこそ、そうでしょう?」
ソラ君がそう言ったと同時に、再びエントランスのドアが開いて父が入ってくる。
「なんだかよく分からないけど、貴公子園に出るか出ないかって話?」
玄関先にまで聞こえていたのか、父が呟いた。
「そ、そうなの!おと……社長も早いと思いますよね!?」
父は来客用のソファにドカッと座り、
「いいんじゃないの?貴公子園が人気な理由は、参加するデメリットが少ないから。やるだけやって名前を売るのは悪いことじゃない。
それに思うんだけど、ソラ君の浮世離れ感って、薄れすぎない方がウケると思うんだよね。」と言う。
「だ、だから早いうちに出してしまおうと!?」
「勿論、最低限の常識叩き込んでからになるけど。……やれる?」
父の問いに、ソラ君は「はい!やれます!」と即答する。
社長とタレントがやる気な以上、私はそれをバックアップするしかない。
「分かりました……善処、します。」
夏までに仕上げるともなれば、やることは沢山ある。
常識を叩き込むこともそうだが、1番初めにやるべきは……
「はい、もう一度!」
琥珀君が来た翌日、事務所内の小さなレッスンルームで、私はソラ君を指導していた。
「も、もう無理です……お許しを……」
ソラ君はへにゃりと頭を垂れて懇願する。
「ダメ!君が貴公子園に出たいって言ったんでしょ!もう一度自己紹介っ!」
「ゴミカスです!」
「違うったら!」
そう、ソラ君の1番に直さなければならない部分はこの嘘みたいに低い自己肯定感だ。
貴公子園の流れは、自己PR動画をファンが投票し、そこからダンスや歌を披露しまた投票で勝ち抜け。最後にはテレビ番組でパフォーマンス競う。
わざわざ貴公子園を見に来る層というのは、新たなアイドルを見つけたいコアな人たち。
つまり、父の言う通り型にハマりすぎない方がウケる可能性がある。
しかしいくら多様性を受け入れる貴公子園であっても、自己紹介もまともにできなくてはまず名前を覚えてもらうということすら叶わない。
「困ったなぁ……どうやったらちゃんと自己紹介できるんだろう……」
「言ったでしょう、『ソラ』は光の神の名なのです。俺が名乗ることすらおこがましい……!」
ソラ君がそう言ったところで、私はハッとした。
「なら、名前を変えちゃうのは?アイドルは偽名を使う人も多いんだよ。証明書だと外国人っぽい名前だったけど……『星名宙』とかどうかな?」
「ホシナが頭に付いた以外変わっていませんが。」
「ううん!文字と意味が違うの!ほら、宙は日本語でえっと……ほら、あれ!」
私は窓まで歩いてから空を指さした。ソラさんはそれを見て、「天空、ですか?」と呟く。
「そう!天空って意味があるの!あの空に浮かぶ星みたいになったらいいなって意味を込めた名前だよ!」
言うと、ソラ君は少しだけ目を見開いた後に「受け取りました。……陽菜様から貰った名、大切にします。」と言って私の手を握った。
「え!?あ、ああ……!じゃあもう1回!自己紹介してみて!」
私に促され、ソラ君は満面の笑みを浮かべてから
「俺は星名宙!……トップアイドルになる者です!」と宣言する。
(ちょっと壮大だけど……彼には丁度いいかも。)
やっと宙君は「勇者ゴミカス」ではなくなった。
これから少しずつ、アイドルとして成長していこう!
……と、思っていたのだが。
「天才だよ!あんな逸材どこから見つけてきたの!?1度見たら振り覚えちゃうし、何度踊っても息が乱れない……!」
ダンススタジオのコーチが興奮気味に言う。
「強いて言うならちょっと力任せかな。ターンは力づく、指先も硬い。でも魅せるってとこならもう十分な領域!」
(分かってはいたけど、ダンスの才能はかなりあったみたいね。)
「宙君、いいよ!すっごくいい!力の抜き方覚えたら高音も詰まらなくなった。
来週にはもう貴公子園で戦うどころかトップ8狙えるレベルになると思う。」
(歌も運動の一環、歌手は歌う前ストレッチを入念にするなんて話も聞く。体を使うことなら教えられればすぐ上達する、か。)
ちょっとずつ、なんてものではない。宙君のポテンシャルは凄まじく、破竹の勢いで成長していった。
「俺は星名宙。トップアイドルになる男!好きな食べ物はパン、嫌いな食べ物は泥と雑草です!」
懸念していたファン投票も順調だ。
超絶美青年から繰り出される、そのとんでもない自己紹介に界隈は騒然。なんと得票数3位で通過した。
琥珀君の得票数は2位。彼にはファンもいるから、こちらが0からスタートしたことを考慮すれば勝負は互角だ。
(相手が強敵だろうと関係ない!琥珀君には申し訳ないけども、全力で行くから!)
「宙君向けのプロデュースを考えたよ!今とても順調だから、波に乗らないと!」
事務所の会議室にて、父と宙君の前でホワイトボードを軽く叩く。
「プロデュース……ね。宙君ってそういうの必要なのかな。」
父が気怠げに言う。
「必要ない……というか、宙君は素の方が絶対ウケがいいです。
でも、事務所側の売り出し方として固めるのは大事でしょう?要は宙君を矯正するのではなく、こういうアイドルなんですよって見せ方を工夫したいわけです。」
説明すると、父は「なるほど」と小さく呟いた。
「琥珀君は移籍後、少し方向性を変えました。」
『佐藤琥珀です。俺だけ見ててくれないと……拗ねちゃうかもよ?』
私はスマートフォンで琥珀君の自己アピール映像を流す。
「見ての通り、従来の俺様キャラに少し危ういダウナー要素を入れてきてる。これが焦がしキャラメル男子と呼ばれファンにも好評みたいなんです。」
「焦がしキャラメル……ハバネロソースの間違いだろ。」
「対する宙君の目指すべきは真逆。湿度のない爽やか男子として向かい討ちます。
そこで必要になるのは、いかに宙君の異世界人感を誤魔化せるか、です。」
「飛びすぎると引かれるからね。浮世離れするにしても、現実に有り得そうな程度に収めるのは必須だ。」
「そこで、宙君の出す情報を絞ることで対策しようと考えました。宙君、練習の通り答えてね!ハーフっぽいけど、出身は?」
「申し訳ない、あまり出生を公にできず……海の見える城下町で産まれました。」
「休日はどう過ごしてる?」
「主に乗馬、弓、奉仕活動等をして過ごしております。」
「おお!なんか、異国から来た貴族っぽい!……多分馬に乗ってモンスター倒してるのを言い換えただけだけど……」
「これなら浮世離れしたイケメンっていうイメージも守れるし、宙君は嘘をつかなくて済む。どうですか社長?私も中々やるでしょう!」
「……ああ、成長したね。まだ課題もあるよ、宿題を出そう。陽菜はもう少しだけ、『タレントの人となり』を見ること。」
父は煙草に火を点けながら、そう言い放つ。
「ひととなり……」
「どうやってこの人をプロデュースして、守るのか。これは元々君の得意分野。
じゃあ次は、もっと深い感情を見るんだ。常にタレントの行動に「なぜ?」のフィルターを通せ。
例えば……琥珀君がどうして陽菜を可愛くないと言うのか、みたいなところだね。」
(琥珀君が……私を可愛くないと言った理由?私がバカ真面目だからじゃないのかな。)
会議は終わり、私はSNSを通じて宙君のPRを進めていった。
レッスンの成果もかなり出てきており、コーチ陣から「優勝を目指せる」と太鼓判を押される程に成長している。
(順風満帆!本当に夢が叶うかも……!宙君なら、世界一のアイドルになれる!)
ダンス審査と歌審査の収録当日。スタジオまで趣き、私は宙君を元気に送り出した。
「宙君凄い!こんなに早く成長出来ると思ってなかったよ……!大丈夫、何かあったら私が君を守るから!」
意気揚々と言う私に対し、宙君の顔は少しだけ曇っている。
「……精一杯やります。それが、俺の使命ですから。」
宙君は力なく言って、スタジオへと向かった。
(元気……ない?どうして……宙君にとっても使命を達成するのが喜びなんじゃないの?そこまで無理もさせてないはずなのに。)
「よお、送迎か?」
悩んでいた私の背後から、声が聞こえて振り返る。そこには高そうな服を着た琥珀君がいた。
「あ……うん。でもなんか、元気がなさそうで……」
「フゥン、どうせお前の『私が守ってあげゆ!』みたいな圧で疲れてんじゃねーの?」
「……そんな、辞めたくなるほど……圧だった?私……」
思わず呟いてから、ハッと我に帰る。
(やば!元タレントに何言ってんのよ!)
「ごめん忘れて!」と言って焦る私に対し、琥珀君は口元を押さえながらにやけていて、嬉しそうだった。
(あれ?)
「んだなぁ〜!やっっと気付いたかちんちくりんマネージャー!俺様の気持ちが分かって少しは戻って来て欲しいと頭を下げたくなったか!?」
私の頭を掴みわしわしと撫でくりまわしながら、琥珀君はご機嫌に言う。
「……言えないよ。せっかく、そんないい服着れるくらい順調なのに。」
答えると……琥珀君は手を離し「あー、本当に可愛くない。」と吐き捨てた。
(あ、あのネックレスまた着けてる。)
私の視線に気付いたのか、琥珀君は
「これ、妹からのプレゼント。ペアなの知らなかったから外したくなくてさ。……悪かったな、そんだけは。」と口にしてから去っていった。
そうだ、琥珀君には妹さんがいる。
琥珀君は北海道の実家を楽させたくて、東京で働きたいと飛び出してきたのだ。
(謝らなきゃいけないの、私の方だよ。せめて……『誰から貰ったの?』くらい、怖がらずに聞けたら良かった。)
琥珀君の背中見送りながら考える。きっと、見落としたのはこれだけじゃないのだろう。
人は誰だって弱みを抱えて生きる。聞けば話してくれるほど単純でもない心の傷が、勇者にもあるはずだ。
考えろ、宙君があんなに元気がなかった理由。まず、彼はどういう人?
出生はみなしご、コロシアムで戦士をしてて……そこからある日突然勇者という使命を与えられ、その間もパーティの馬代わりを買って出ていた……
彼の核は、「役に立つこと」、「有用であること」。
だから使命に依存する。……そして……
「!」
私は気付いてからすぐ、宙君のメッセージに【終わったら話したい。】と連絡を入れた。
……
(おかしい……!既読すら付かないなんて。)
時刻は夕方の19時。待てども暮らせど、宙君から連絡が来ることはない。
こんな事態は宙君が来てから2ヶ月の間一度もなかった。
追い連絡をしようとしたその時、琥珀君から【イケメンゲット!サシ飲み中。王子を奪還しに来なさい。】というメッセージと共に写真と位置情報が送られてくる。
(なぁっ!?)
私はすぐに2人のいる場所へと急ぐ。
すると、高級バーの一角で宙君が潰れており、琥珀君が背中をさすっていた。
「ちょっと!?大丈夫!?」
宙君に駆け寄る私に、琥珀君はバツが悪そうに「ごめん、ここまで弱いとは思ってなかった。」と謝罪する。
「な、何が目的で宙君をバーになんか……!」
「ん……そりゃお前、引き抜きの誘いだよ、俺様とアイドルやろうぜってな!」
「引き抜き!?酷い!いくら私が嫌だったからって、そんな当てつけみたいなことしなくても……!」
私が言いかけると、琥珀君は「バカ、声デケェっての。」と一喝した。
「あ……ごめん。」
「こいつ、家まで運んでやっからそれでチャラな?ほれ行くぞ。」
琥珀君はさっさと支払いを済ませ席を立つ。
それから宙君をひょいとおぶり、付いて来るよう促した。
私は急いで琥珀君を追う。その時ふと、琥珀君の座っていたカウンターにコーヒーが置いてあるのが目に入った。
(あれ……飲んでたんじゃないの?)
「カルーアミルク1本でお休みとはな。こいつちゃんと守っとけよマネージャー様、いつか悪い女に騙されるかも。」
タクシーで宙君を実家まで運んでから、眠っている宙君をベッドに寝かしてくれる琥珀君。
「気をつける。……でも意外だな。琥珀君、20歳になったらお酒飲みまくると思ってたのにそうでもないんだ。」
「……まだひと口も飲んでないけど。最初はあんたと飲みたいと思ってたし。
ほら、あんたが言ったんじゃん?20歳になったら一緒に飲んであげるって……」
「へ」
いくら記憶を辿っても、この短いマネージャー人生でそんな言葉を発した覚えはない。
「ほら!俺と初めて会った日に。」
琥珀君の言葉で私はやっと思い出す。琥珀君との出会いは確か、街中だった。
―――
――
『お姉さん綺麗だね!どっか食事しにいかない!?』
街を歩いていると、高校生くらいの男の子が声をかけてくる。
『ごめん、私疲れてるから。』
淡白に交わそうとするものの、彼は諦めない。
『何で!?もしかして俺が貧乏くさいから?やっぱり東京の人って、オシャレなバーとか行くんかよ?したっけさ、まだ酒飲んだことないけど……高いカクテルとか奢るから!一緒に……』
私はそこで足を止める。彼は明らかに成人していない。
赤の他人ではあったが、いたいけな青少年を導くのも大人の役目だと思い、口を開いた。
『君ねえ!お酒は20歳になってから!どんな綺麗なお姉さんに飲めって言われても絶対飲んじゃ駄目だよ!君が成人したら飲んであげる!
……あれ……?待って!君かっこいいね!?アイドルとか興味あるかな!?』
―――
――
全てを思い出し、頭を抱える。
そうだ、確かに言った!だから彼は辞めると言った日にもバーで飲みたいと言っていたのか……!
「……ごめん、思い出した。」
「じゃあ今から……!」
「バーは行かない!……缶チューハイでいい?近くのコンビニに買いに行こう。あ、アルコール度数3パーセント以上のは買っちゃだめだよ。」
財布を片手に言うと、意外にも琥珀君は素直に聞き入れた。
実家の居間を借りて、2人で缶チューハイを開けてから乾杯する。
琥珀君は少しずつ、恐る恐るお酒を口に入れた。
「どう?人生初のお酒は。」
「わかんね、思ったより普通のジュースだわ。」
「もしかしたら強いのかもよ?良かったじゃない、騙される心配もなくて。」
私が言いながらお酒に口を付けると、琥珀君は少し黙り込んでから「ねえ、あいつ結構凄いよ。宙だっけ?同じスタジオだったけど……歌もダンスも上手かった。」と呟く。
「そうでしょ?ポテンシャル最強なんだから!」
「……でも、なんか、なんやっけな……また昔に戻るのがこわいやらなんやら……言ってたさ。」
「昔に……?」
「あいつすぐ潰れちったからよく分かんねえ。どう?俺様……やはり手放すには惜しいらろ。」
だんだん呂律が回らなくなっていき、琥珀君の顔は真っ赤になっていく。
(まさか……この子もめちゃくちゃ弱い!?)
「こ、琥珀君!お酒はもうやめときな!水持ってくるからちょっと待ってて!」
私は慌てて琥珀君に水を飲ませる。そこでタイミングがいいのか悪いのか、父が帰宅した。
「え……何これ?」
青い顔で言う父に事情を説明すると、父はため息をついて「俺が送ってくから、車に乗せるぞ。」と言う。
私は琥珀君を支えながら、父の車に優しく乗せた。
「琥珀君、あの……多分宙君の悩みを聞こうとしてくれたのかな?ありがとね。」
そう言って扉を閉めようとした時、
「好き……」と琥珀君が呟いたのを聞いてしまい、いたたまれずに扉を閉めた。
(い、今の私に言ったんじゃないよね!?違うよね!)
そう言い聞かせていた時、運転席に乗り込んだ父が突然「陽菜、星って何で光ってるんだと思う?」と尋ねてくる。
「え……えっと、太陽に照らされてるんじゃないっけ。」
答えると、父は「アイドルも一人では輝けない。誰かが照らし、磨かないと……ね。」と言ってから車を出した。
(星は……1人じゃ、輝けない……)
私は父に了承を得てその日実家に泊まらせてもらうことにする。
夜、私が居間で作業をしていると、ゴソゴソと物音がした後にふらつきながら宙君が起き上がってきた。
「宙君!大丈夫?潰れてたみたいだったけど……」
宙君を座らせてから、水を与える。
すると宙君は次第に意識を取り戻していく。
「すみません……昔から酒は苦手でして、魔王軍の女幹部の罠にはまったことも……仲間がすぐに助けてくれましたが。」
(ああ、もう既に悪い女に騙されてた。)
「しかし女神、あなたに誓います……琥珀殿は俺の悩みを聞いてくれただけに過ぎません。」
「分かってるよ、大丈夫。……その悩み、私にも話してくれる?」
「貴方様の耳を汚す程のことでは……」
「じゃ、当ててあげる。……私の夢が叶うのが、怖かったんでしょ?」
尋ねると、宙君の肩が微かに揺れた。
「やっぱり。使命ロスとか言ってたくらいだもん!私の夢を叶えた後……昔の、名前がなくて、コロシアムで戦ってた頃に戻るのが嫌だったんだね?」
「……お見通しですか、我が女神よ。」
「私は女神じゃないけど!多分そうなのかなと思ってました。」
「……大丈夫だよ。」そう呟いて、宙君の手を握った。
彼の手は酔いからか恐怖からか、震えている。
「宙君はね、私の役目を終えても……宙君のまま。むしろね、それを分岐点にして欲しいんだ。」
「分岐点……?」
「そう。アイドルになって、お金も選択肢も増えたらさ?誰かに言われたことじゃなくて、宙君のやりたいこと、いーっぱいできるんだよ。
だから、私の夢に付き合ってる間はそれを探す時間にしてね。
沢山世界を知って、見て、『星名宙』としての夢を叶えるんだ……分かった?」
言い切った瞬間、宙君は私を抱きしめた。
突然力強く抱擁され、私は潰れたカエルのような声を漏らす。
「陽菜様、やはりあなたは俺の女神です。……こんな俺に……人としての喜びを与えようとしてくださるのですから。」
宙君の声は掠れていて、肩にじわりと熱いものが落ちた。
(……勇者も、泣いたりするんだ。)
私はそう思いながら、彼の背中を撫でる。
そして、宙君が夢を見つけられるようにと祈っていた。
――願い続ければ、きっと叶うと信じて。
数日後、宙君はダンスと歌の審査を1位で通過した。
2位の琥珀君とは大差を付けての勝利となる。
琥珀君はこの程度で折れる男ではない、絶対に猛練習して追いつくだろう。
私はそれを予期して、宙君と猛特訓していた。
「宙君の弱点は指先の表現や硬さ!バレエの動きを取り入れるよ!流れる水のように動いて!」
ダンススタジオにて、声に力を込める。
テレビ出演を兼ねる最終審査までに、絶対に宙君を仕上げると決めていた。
「はいっ!陽菜様!」
宙君はへばることなく嬉しそうに付いてきてくれる。
これならば、優勝も夢ではないだろう。
「そうだ、陽菜様。」
宙君は休憩中、不意にそう呟いた。
「どうしたの?何か困りごと?」
「俺の夢、見つかりました。……陽菜様の夢を叶えて、結ばれて……あなたを幸せにします、人生を賭けて。」
私と後ろで聞いていたダンスコーチの顔が一瞬で燃える。
私は大きく息を吸い込み、
「そういうのはここで言わないで!」と叫んだのだった。




