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ヤンデレアイドルと恋人(プロデュース)契約♡

作者: 小隹雀
掲載日:2026/06/10

 アイドルのゴールは武道館だ。


 どれだけ歌が上手く、ダンスが上手く、顔が整っているからといって武道館に立ったアイドルと、そうでない人間では明確な差がある。

 このゴールテープを切ってしまえばその後の成功は約束されたもの。どんな実績よりもこれに勝るものはない。


 そのためにアイドルたちは日々、レッスンに励む。


 アイドルのゴールは武道館だということを否定するアイドルだっている。


 だが、そんなものは弱者の言い訳だ。


 アイドルを目指した人間は武道館に立つことを夢見てる。


 それは、事務所も同様に。

 自社のタレントを華々しい舞台に立たせたくない人間なんていないだろう。


 事務所側はそんな夢を達成するためにオーディションを開催し、そこを勝ち抜いたアイドルをプロデュースするのがセオリーだ。


 俺もそんなダイヤの原石を見つけるため、この事務所にやってきたのだが⋯⋯待っていたのは地道な路上スカウト。

 せっかくプロデューサーになれるというから新卒カードを切ったのに。


 俺は街行く女の子たちにひたすら声を掛け続けるのだが、


『そういうのいいんで』

『✕✕✕事務所? どこそれ?』

『⋯⋯』


 無視や罵詈雑言の嵐で、誰も興味を持ってくれない。


 それもそのはずだ。


 アイドルに興味があるのならば、既に行動を起こしている。


 今の時代、事務所の手を借りずともSNSで自らをプロデュースする環境が整っているし、俺ら弱小事務所が見つけた頃には大手が高待遇でスカウトしているのだろう。


 俺は思い描いていた理想に打ちひしがれる。


「⋯⋯⋯⋯」


 アイドルのゴールが武道館なんて嘘っぱちだ。


「俺、この仕事向いてなかったんだろうな」


 カフェでコーヒーを飲み、頭を冷やす。

 このまま会社に帰ったらなんて言われるのだろうか。辞めるにしても諸々手続きしなくちゃだし。


「代行に電話するか——」


 頭を上げ、カフェの外を見ると、薄紫色のロングヘアをした女子高校生が歩いているのが目に入った。


 俺はその少女に目を奪われる。


 色白な肌でスタイルも良く、顔立ちも良い美形。日に当たっている髪は銀色にも見える。

 レッドカーペットを歩いているような堂々とした佇まいで、大きく開いている瞳は真っ赤に染まっていた。


 あの子は、今まで声をかけてきた女の子とは一線を画している。

 俺はなぜあの子に特段目を惹かれるのだろうか。魔法でもかけられたように彼女に魅了されていた。


 まあ、あんなかわいい子、既に他の事務所に所属してるだろうし、俺には関係ない話だ。


 歩いている彼女と目が合う。


 すると、彼女はそのままカフェに入店し、一目散に俺の席へとやってくる。


「お兄さん、何か用ですか?」

「え⋯⋯話しかけてきたのは君の方じゃ——」

「何か用があるからじっと、私の方を見ていたのだと思いましたけど?」


 彼女は捕食者のように赤い瞳を光らせながら、俺の方を直視している。

 俺は唾を飲み込み、思い切って彼女に目的を話した。


「実は俺、アイドルのスカウトをしてて⋯⋯良かったら君をプロデュースさせてほしい!!」

「いいですよ」


 ダメ元のスカウトであったが、あっさり了承されてしまった。


「ず、随分即決だね⋯⋯?」

「だって、お兄さんがずっとスカウトしてたの見てましたし。誰彼構わず尻尾振って」


 俺、客観的にみたらそう見えてたの?


「でも、条件があります」

「条件?」


 この子を確実に手に入れたいけど、積めるお金なんて限られている。

 どうにか、交渉できないものか⋯⋯


「スカウトを私で最後にしてください」


 思ってもみなかった言葉に一瞬、脳の処理が止まった。


「それだけ⋯⋯?」

「です。無理そうですか?」

「いや、お安い御用だよ! 約束する!」

「だったら、なります。アイドルに」


 俺は書類をいくつか取り出し、彼女に他の条件なども本格的に説明する。


宝田大也(たからだだいや)さん⋯⋯」


 彼女は俺が手渡した名刺をまじまじと見ている。


「君の名前も教えてもらえないかな」

開錠心(かいじょうこころ)です」

「かいじょう⋯⋯?」

「漢字はこれです」


 心は学生証を取り出し、俺に見せる。随分変わった苗字だと思ったけど本名なのか。


「私、他の事務所でアイドルしてるんですけど大丈夫ですか? お兄さんの所行きたいからすぐ辞めますけど」

「そうだね。辞めてもらえたら特に問題ないと思うよ」


 やっぱり、アイドル経験者だったか。


 初プロデュースがこんな子なんて、俺は本当に付いている。

 この子は確実にアイドルとして成功する。


 ⋯⋯いや、そんな才能のある子を俺が囲ってしまって良いのだろうか。


「やっぱり、この話はなかったことにしてほしい」

「何でですか?」

「君みたいな才能の原石をこの事務所⋯⋯俺はプロデュースできる自信がない」


 俺の実績のために彼女の輝かしい未来を奪うことになってしまう。

 もっと大きく、後ろ盾のある事務所に所属するべきなんだ。


「君も見てたと思うんだけど、今日全てのスカウトが失敗してね。俺も事務所も力がないんだよ。だから——」

「私で力付けたらいいんじゃないですか?」

「え⋯⋯」

「お兄さんが私をプロデュースして、会社をおっきくしていけばいいんですよ」

「でも、それで失敗したら君の人生がめちゃくちゃに⋯⋯」

「それで人気になれなくても私のポテンシャルが元々ないって話だと思うんで」

「そんなことないよ!! こんなかわいいんだから確実にポテンシャルはある!!」

「⋯⋯だったら、尚更お兄さんがプロデュースしてよ」


 なぜそこまで俺に固執してくれてるのかはわからないが、彼女と一緒なら夢にまで届くかもしれない。


「わかった⋯⋯!」


 一時は退職も考えたけど、そんな悩みも吹っ飛ぶほどこれから忙しくなるんだろうな。

 だって、こんな子をプロデュースできるのだから。


「じゃあ、親御さんと話してもらって、了承を得たら書類のここにハンコを押してね」

「わかりました」


 心は渡された書類をまとめ、帰り支度に入る。


「それじゃ、契約成立ってことで」

「ああ! これから、よろしく頼むよ! 心さん!」


 覚悟を決めた俺は真っ直ぐ、真剣な眼差しで彼女に向き直る。


「君を立派なアイドルになれるよう俺がプロデュースしてみせるから!」

「はい⋯⋯」


 心は愛の告白でもされたかのように瞳を輝かせていた。


 カフェから出て彼女の後ろ姿を見送った後、俺は事務所に帰る。

 事務所に戻った後は、彼女に撮らせてもらえた写真を片手に交渉し、一旦は彼女をプロデュースする承諾をもらう。


 俺が家に帰れる時間になったのは、日が完全に沈んでいる頃だった。


 帰宅中も俺の頭は心でいっぱいだった。

 どうやって彼女を売り出していくべきなのだろうか。今は競合も多いが、ニーズに合致すれば一度は見てもらえる。

 だからこそ、最初が肝心だ。


 まあ⋯⋯まずは、彼女の実力を見てからだな。


 やっと家の玄関前まで帰ってこれた。


「それじゃ、風呂入って、飯食って、寝て⋯⋯」


 今日一日、動き回っていたため眠気が限界だった。

 俺はベッドに飛び込んだ瞬間、気を失った。


 目が覚めた俺はパジャマを着ている。

 あれ⋯⋯俺、いつの間に着替えて——


「おはようございます」


 その横で添い寝をしている少女の身体が視界に入った。

 開錠心が目をガン開きさせながら俺の方を見ている。


「心さん!?」


 一人暮らしの家に人、それも今日プロデュースすると決めたアイドルがいることは恐怖でしかなかった。


「何で、心さんが俺の家に!?」

「お兄さんが私との約束を守ってくれたかの確認に」


 この子、俺の後をずっとついてきてたのか。


「⋯⋯だとしても、何で家の中にまで入ってきてるんですか!?」

「鍵。閉めないと不用心ですよ」


 確かに、眠くて鍵を閉めなかったのは俺が悪いかもしれないけど、何で家にまで入ってきてるんだ⋯⋯


 鼻の中に美味しそうな匂いが入ってくる。匂いの正体は、テーブルの上に置かれているハンバーグであった。


「これは何ですか⋯⋯?」

「えー? 何か疲れてそうだったから作ったんだ」


 エプロン姿をした彼女は未成年にもかかわらず、新妻のようであった。


 未成年⋯⋯


 未成年?


 俺は未成年を家に上げてしまった。脳内では警察に手錠をかけられる未来まで容易に想像できた。


「すみません。帰ってください」


 ノータイムで土下座をする。


「えー? もう今更だよ。ほら」


 部屋に飾っている時計の針がちょうど12時を指した。

 俺、そんな長い時間寝てたのか。


「第一⋯⋯親御さんが心配しますよ!!」

「大丈夫大丈夫。前のグループにいた時も帰るの面倒くさくなって、事務所に泊まったことあるし」


 なんて自由人。


「⋯⋯てか、ここに泊まって行く気なんですか!?」

「そうだけど?」

「本当にそれだけは勘弁してください」

「えー? アイドルを野宿させるの?」

「ホテル取りますから!!」

「⋯⋯えっち」

「違いますからね!?」

「でも、今から取れるホテルなんて、そういう所ぐらいでしょ?」

「うう⋯⋯でも、本当にまずいんですよ! 未成年の女の子と成人男性が一つ屋根の下なんて⋯⋯」

「だからって、未成年の女の子を外に置き去りにするの?」

「うぐぐっ——」


 俺が逮捕されてしまえば、自社の社員が所属しているアイドルと問題を起こしたとして、事務所の信用だって失ってしまう。

 そしたら、天文学的な賠償を⋯⋯


 ⋯⋯そうだ!


 今だったら契約を正式に結んでいないし、白紙になるかもしれない。


「心さん、実はアイドルになるって話をなかっ——」

「そう言えば、これ。ハンコ押してきましたよ?」


 彼女の手元には俺が日中手渡した書類があった。


「終わった⋯⋯」


 頭を抱える。


 俺の人生、終わったかもしれない。


 実名報道されて、転職もできないんだ。いっそ、アイドルにでもなろうか。


「これから末永くよろしくお願いしますね。お兄さん」


 このことを会社にはなんて報告すれば良いのだろうか。

 頭を抱えながらもスマホを手に取る。


「は⋯⋯はあ!?」

「どうしたんですか? そんな大きい声だして」

「何ですかこれ!?」


 俺は自分のスマホの待受画面を指さす。

 そこには裸の俺とその後ろに連なってピースをしている心が、一緒に湯船に浸かっている画像が表示されている。


「一緒にお風呂入ったんだよ? 一人で移動させるの大変だったんだから感謝してね」

「あ、ありがとうございます⋯⋯って、なんで俺と一緒に風呂入ってるんですか!!!」

「今日、外暑かったじゃん? だから、汗を流したくて」

「だったら、一人で入ってくださいよ!!!」

「私が汗で凄いんだから、あれだけ動き回ってたお兄さんもすっきりしたら気持ちいいだろうなって」


 こんな物的証拠、職質されたら一発でお縄じゃないか?


「ただでさえ、一緒の家にいるのもまずいのに、風呂もなんて⋯⋯」

「でも、いいじゃん。私、同意の上だから」

「俺が同意してませんからね!?」

「ふふっ。お兄さんって面白いね」


 心は笑みをこぼしている。


「⋯⋯もしかして、俺のこと社会的に殺そうとしてます?」

「なんで? これから私のことをプロデュースしてくれる人を?」

「だって、こんな写真まで撮ってたり!!」

「それは、記念日だからだよ」

「記念日⋯⋯?」

「私がお兄さんと出会って、プロデュースしてくれるって言ってくれて⋯⋯」


 そうか。この子は舞い上がりすぎているだけなのか。

 だったら、だめなことを指導するのも俺の役目なのかもな。


「一緒に初お風呂入った記念日」

「そんなもの記念日にしないでください!!」


 だめだ。何考えてるのかさっぱりわからない。


「それよりも、食べないの?」


 心は机の上に置かれているハンバーグを指さす。


「いや、話はまだ⋯⋯」

「嫌いだった? ハンバーグ」

「いえ⋯⋯好きです」

「良かったっ」


 俺は観念して箸を持つ。


「いただきます」

「召し上がれ」


 口に入れたハンバーグは冷凍食品とかでもなく手作りであった。


「美味しい⋯⋯」


 人が作った手作り料理って、こんなにも美味しいものだったのか。


「これ、心さんが作ったんですか⋯⋯?」

「そうだよ」

「冷蔵庫に食材とかなかったと思うんですけど」

「近くのスーパーまで買い出しに行ったからね」


 心は俺に料理を振る舞うために、わざわざ買い物まで行ってくれた。


「⋯⋯なんで、心さんはそこまで俺に尽くしてくれるんですか?」

「なんでって、これからプロデュースしてくれる人をお世話するのは当然でしょ?」

「君はアイドルなんだから、マネージャーみたいに俺の世話をしなくていいんだからね?」


 お腹がいっぱいになったら全部どうでもよくなった。俺は空腹でイライラしていたのかもな。


 食休みをしている俺を横目に心は食器を片付ける。

 俺の家の間取りを熟知しているようで、動きがスムーズだ。


「そうだ。心さんを何人かのグループで売り出していこうと思ってるんだけど、どうかな?」

「いいね」

「でも、問題なのは誰を入れるかなんだよな⋯⋯」


 彼女と同等にかわいく、アイドルになれる子。

 ただでさえ、彼女を見つけられたのが奇跡なのだから、簡単には探せないだろう。


「だったら、私が元いたグループの人たちに声かける?」

「うーん⋯⋯ただでさえ、君を引き抜いてるのに」

「別に大丈夫じゃない?」


 心は俺に集合写真を見せる。


「おお、かわいいな」


 彼女はすぐにスマホの電源を切ってしまった。真っ暗な画面に俺の顔が映る。


「嘘。アイドルは一人でやってた」

「え? でも、今の写真は?」

「てか、引き抜きとか止めた方がいいよ」

「え? さっき、『大丈夫』って言ってたよね⋯⋯?」


 彼女の瞳が曇る。


「これも全部あいつらが悪いんだ」


 心はバールを持って玄関のドアノブに手をかける。


「ちょ、ちょっと待って!! それ持ってどこ行く気!?」

「決まってるじゃないですか。お兄さんに色目を使ったこいつらをこのまま放っておけないです」


 君が勝手に写真を見せてきたんだけどね!?

 てか、そのバールどこから持ってきたの??


「大丈夫!! その子たちと会う気はさらさらないから!!」

「そうですか⋯⋯」


 心は落ち着きを取り戻す。


「でも、お兄さんって誰彼構わず『かわいい』って言うんですね」

「それは⋯⋯あれだよ! 歌が上手かったら『上手い』って言うのと同じで、顔がかわいかったら『かわいい』って言わなければダメな職業だと思うんだよね。その目が腐ってなかったから君みたいな子をアイドルにスカウトしたわけだし」

「そ、そうなんだ⋯⋯」


 心は髪を触りながら視線をそらす。


 俺たちは洗面所で歯磨きを横並びでして、寝る準備を進める。


「だったら、人集めはどうしたらいいんだろうか⋯⋯」


 ベッドに寝っ転がった俺の隣に心が入り込んでくる。


「事務所でオーディションとかやったらいいんじゃないの?」

「入ったばっかりの俺にそんな権力なくてね⋯⋯」

「だったら、私が活躍してお兄さんを出世させないといけないね」


 やばい子をアイドルにスカウトしてしまった気がする。


 でも案外、こんな子が武道館に立つのかもしれないな。


 てか、本当に泊まっていく気なんだ。

 しかもお揃いのパジャマ?

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