制限9回聖女は贅沢がしたい
二作目で触れていた医療を学んで王族に嫁いだ聖女の話
いつも食べるものを、雨を凌げる場所を探して日々暮らしていた。物心ついた時にはそれが当たり前だったので違和感を覚えなかった。
だから、
「聖女ですね。貴方は」
と言われて、食事が当たり前のように食べられる環境も屋根の下で暮らす自分じゃ絶対手に入らないと諦めていた生活もいきなり手に入って戸惑った。
自分が聖女?というものだからこそそんな恩恵を手に出来たのだとすぐに理解した。
ふかふかの寝具で眠れる日々に幸せを感じていたが、聖女だといきなり言われて一か月後。
「こい……この方。回数が9回ですね」
舌打ちと共に水晶玉を持っていた男性が告げてきた。
悪意に常に晒されてきたからその水晶玉を持つ男性の声と同時に自分を丁重に扱ってきた人々から期待外れという負の感情が伝わってきて、
「9回しか使えないのね」
「崇めて損した」
などなどの言葉を常に悪意の中で逞しく生きてきたから自分がなった聖女?というのが彼らの期待を裏切るものだったのだと判断できた。
一か月間だけだが、味わった今までの生活では手に入らない贅沢。やり方を間違えたらすぐに奪われるのだと気付いたのは幸運だろう。
(冗談じゃない!! こんな生活手放してなるものか)
ならば、どうすればいい。
簡単だ。武器を集めればいい。
「ねえ、聖女?って、何をすればいいの? 教えてほしいんだけど」
9回しか価値のない聖女。それでも聖女だから丁重に扱わないといけないという針の筵状態というのだろうこの環境をスラム育ちの子供を舐めないでほしいとばかりに気付いていない素振りをして、武器(知識)を手に入れていくことにした。
知識を手に入れたことで聖女というのが人を治癒できる能力の持ち主であることも学んだし、それの回数が多ければ多いほど喜ばれることも学んだ。
ならば、自分に出来ることは、
(聖女の治癒能力を使わなくても治療できる限界まで治療できる術を身に着けて治癒能力をぎりぎりまで使わないで贅沢を満喫してやる!!)
だった。
「ユピナスさまの治癒を見てきたけど、相変わらず素晴らしかったわ」
「ほんと。治癒をするたびに光輝くところが神秘的で……」
「それに比べて……」
もはや隠す気ない話声を聞きながらも今日も治療院に行き、学んだ医学療法で医師たちと混ざって治療をしていく。
「サナさま。あの……」
わたしの傍で女官たちの会話を聞いていた医者が心配そうに案じてくれるが、全く気にしていないと態度で伝えると、それならいいのだが、とそれでも心配そうに気遣ってくれる。
最近、ユピナスという聖女が見つかったと神殿ではお祭り騒ぎになっている。治癒できる回数を確認したら99回……水晶玉に表示できる回数が二桁なのでその数になっているが、実際にはもっと多いようで、何度も治癒の力を使用していたが数は減っていないとありがたられていた。
「よそはよそ。でしょ」
足が弱って動けなくなっていた老人にマッサージをして、食事改善。リハビリなどなどをしたことで最近補助具を使えば歩けるようになったと報告を受けたのでその様子を見に行き異常が無いか確かめる。
力を出し惜しみしていると罵られることも多いが、治癒の恩恵を受けれるのは金持ちとか貴族だ。かつてのわたしのようなスラム育ちや貧しい者たちには当然恩恵などないので医者の手を借りる。
それだけでも喜んでいるのだ。聖女の力に頼るつもりはさらさらない。
(聖女だからと贅沢をさせてもらっているけどね)
転んで怪我をした子供の手当てをして、次はどんな患者かと治療薬が足りるかと確認しながらの日々に不満はない。
良い顔をしていない神殿や女官たちには鈍感だから全く気付いていないと相手をしないでくたくたになりながらも治療をしていく。
(ユピナスは聖女の力を持つけど貴族令嬢。スラム育ちのわたしとは顔合わせる機会が無いからね)
気にする必要が無いと常に思って気にしていなかった。
「あら、お帰りなさい。庶民の聖女もどきさん」
わたしは全く気にしていなかったけど、あっちはしっかり気にしていたのだろう。どこぞの貴族の治癒をした帰りとわたしが治療院から帰ってきたのが鉢合わせしてしまった。
「………………」
わたしは徒歩で帰ってきたがあっちは質の良さそうな馬車。こっちはやる気なさそうな護衛一人に対して、護衛とか従者とか侍女とか女官などを大勢引き連れた集団。同じ聖女の服でも質が違うのは遠目でしっかり判断できる。
相手にするのは面倒だなと思ったので頭を下げてすぐにその場を後にする。
「まあ、田舎者は礼儀も知らないのね」
後ろから馬鹿にするような声が聞こえるが、挑発のつもりだろうか。
王都のスラムで育ったから田舎者ではないが、田舎育ちよりも貧しい暮らしをしていたから田舎者に見られるのなら過大評価してくれているのだとありがたく判断して、身体を清め食事に向かう。
「気持ちいい……」
嫌がらせなのかお湯ではなく水がはってあるが、聖女になる前は身体も洗えない環境だったから洗えるだけでも喜ばしいことだし、聖女の治癒は制限はあるが、魔法は制限なく使えるので水をお湯に変えることも容易に出来るようになった。
食事もどうやら嫌がらせされているようだが、食べられるだけでもありがたいという環境育ちなので、食事が一品二品減らされているだけなら影響もない。
困るのは聖女付きの護衛がユピナス付きの護衛になりたかったようで何かあるたびに職務を放棄することだ。いや、職務を放棄するのは構わないが護衛がいないと外出を禁止されているからしっかり職務を全うしてほしいのだ。
ユピナスの護衛は常日頃から治癒をしてもらえるから羨ましいとか。
「掠り傷とか足首を痛めたとか筋肉痛程度で治癒をされるって」
回数制限が無いって羨ましいことですねとしか思えない。
こっちも贅沢をしたいから聖女として好き勝手させてもらっているのだ。周りの評判を気にしない。事実だし。
そんな日々を過ごして気が付くとそろそろ結婚を考える年齢になった。
ユピナスはいろんな男性と噂になっているが、いまだ本命がいないとか。実は王族が彼女との結婚を考えていて、水面下で動いているとかいろいろ話がある。
そんな話のついでのようにわたしの話もささやかれるけど、わたしの場合聖女の治癒を出し渋る貧乏性なみっともない聖女だから誰も欲しがらないわよねと話の最後に嘲笑と共に言われる。
まあ、わたしも結婚するつもりはない。
そんなこんなで治療院で医療をしていたら入り口で騒ぎが起きているのか大きな音とか怒鳴り声が聞こえてくる。
「何かあったの?」
通常なら聖女は騒ぎが起きた場所から遠ざけられるものだったが、相変わらずユピナスの護衛になりたがっていたわたしの護衛は仕事をしないで席を外している。わたしが騒ぎの元に向かうのを止めずに、今はどこにいるのだろうかと首を傾げたくなる。
「さっさと聖女を出せ。チェザーさまを治癒しろ!!」
近付くとそんな喚き声。見ると服は高級な品だったのだろうが、だいぶ汚れていて、原形を留めていない。
「聖女さまは神殿に……」
治療院の責任者が話を掛けているが、
「その聖女に断られたんだっ!! そしたら、治療院にもう一人いると聞いたんだっ!!」
立つのもやっとな男性。病気の影響で身体は痩せ細り、顔色が悪い。
ユピナスは治療回数は多いが彼女の治療をするのは貴族とか自分の護衛。後は……彼女と噂になった見目麗しい男性たちばかりだそうだ。
そんな男性ばかりを治療をしているからこの男性はユピナスの好みではなかったのだろう。
「わたしがその聖女です」
挨拶をしたと共にまじまじと男性を見る。
「野菜嫌いでしょう。その症状は」
「なぜ分かるんだ……野菜など食べなくても困らないだろう」
病人の男性がそんなことを言うので、
「困った結果が、今の症状だけど」
うん。治癒をしなくても大丈夫そうだ。
「白米とか小麦とかばかり食べている食生活だとなりやすい病気よ。個人差があるけど、野菜を取って生活すれば治るわよ」
「そんなの出来るわけないっ!! 聖女といいながら治癒をしないつもりかっ!!」
頭に響く声で叫ばれると安静にしている病人に迷惑だ。
本当は追い返したいけど、絶対食生活改善しないと思われるので、
「空いてるベッドない? 今から入院させるわ」
と宣言と共に有無を言わさずにベッドに縛り付けておく。
「なんだそんなもの。俺は喰わん!!」
喚いているのを完全に無視して、ニンジンの皮を使ったきんぴらを食べさせて。白米ではなく玄米。野菜中心の食事をさせる。
「何だこれ……上手いぞ……」
「野菜クッキー。これなら子供舌でも食べれるでしょう」
意地でも食べないと喚いていたのが嘘のように素直にこちらが出した食事を食べるようになった青年はどんどん顔色が良くなり、健康になってくる。
彼の部下は感動して涙ぐんでいるのが時折みられ、お礼を言われると共に入院費という名目でたくさんのお金と必要な物品が渡される。
タオルや布巾などいくらあっても足りないものが届けられるととても助かって、今まではタオルが少なくてできなかった清拭の回数が増えた。
後で部下の人から話を聞いたら、病気になったので青年の家族は治らないと諦めていたのだと、藁にでも縋るつもりで聖女を頼って、青年自身も跡継ぎだったが、自分はいないものとしてくれと手紙を送っての国交のない国だったのに強行日程で来たそうだ。
だけど、聖女にあっさり断られて、苛立ちをもう一人の聖女であるわたしに……ちなみにそのわたしの関しての説明は聖女と名乗って贅沢をしている問題児。と聞いていたからこそ態度が悪かったと謝罪してくれた。
「聖女サナ!! あんたのおかげでもう動かないと思った足が動くようになった!!」
治療院にいつものように通っていたら松葉杖を使って器用にこっちに向かってくる青年が、大きな声で呼びかけてくる。
ここに来た時には想像つかないくらいに元気になって、たぶん美形の部類だろう。動きの一つ一つが綺麗で聖女になってから淑女教育をされてきた立場とかすれば、たぶん身分が高い人なんだろうなと判断できる。
……たぶん、ユピナスが健康状態の青年を見たら自分から率先して治癒しただろうなと思えてくる感じだ。
「当然でしょ。貴方の足はただの脚気。好き嫌いが伴う贅沢病の一環だったんだから」
栄養が偏っていたので栄養さえきちんと取れば治る病気だ。聖女なんだから治癒をしてくれとばかりに来た青年とその部下らしき人に説教をしたのは半月前のことだからそれから回復が早かったのは若さと説教を素直に聞き入れたからだろう。
「ああ。それはそうだが、聖女が俺の嫌いな食材を美味しく調理してくれなかったら治らなかっただろう」
「そう。なら、今度調理法をまとめた紙を渡すから自国でも作ってもらったら」
怪我や病気を減らすのは規則正しい生活が必要だと思ったから試行錯誤をして作り上げた料理を褒められて内心むずむずしているが、それを顔に出さないように気を付ける。
試行錯誤して作った料理は私やユピナス……神殿関係者の残飯。野菜くずとか切れ端とか皮などで作ったのだ。
貴族とかからすれば食べれないもの。だけど、貧しい暮らしをしていた私からすれば貴重な食材だ。このわずかな食材でどれだけ飢えを満たせるかと必死に食い繋いだ。
そんな私の料理を貧乏人の侘しいものと陰口を叩く者も居る。
(皮肉な物よね。かつて私が食い繋いでいった残った食材を今は私が作っているなんて)
だから褒められるのはいろんな意味で複雑だ。
「我が国では、料理はただの糧であって、こんなふうに美味しいものだと思っていなかった。だから」
青年がこちらの手を掴んで必死に話しをするが、いきなり松葉杖を離したことでバランスを崩して倒れていく。
「チェザーさまっ!!」
部下が慌てて支えるので青年は倒れなかったけど、持っていた松葉杖が近くの病人の頭にぶつかる。
「怪我はっ⁉」
慌ててしゃがんで視線を合わせ、異常が無いか確かめる。
「す……すまない……」
青年が部下に支えられたまま膝をついて頭を下げようとする。
「気にせんでもええ。聖女さまのおかげで体調もいいからな。だけど、好きなこの前でええ恰好するなら場所を選ばんとな」
老人の病人のふざけた口調で広がる笑い声。
「病人のおもちゃになったわね」
わたしを巻き込まないでと頭が痛いと押さえつつ告げると、
「君のおかげだよ」
「はあぁ!? なんで、いきなり」
勝手に人のせいにしないでと文句を言おうとしたら。
「君のおかげで彼らは冗談も言えるし笑えてる」
真面目な顔でそんなことを言われた。
「聖女サナが居なかったらここの病人はただ死を待つだけだった」
松葉杖を突きながらそっと人が居ない場所に案内される。
「あの老人が前に話してくれたんだ。ここに来るには家族にも見捨てられ、死ぬ未来しかなかった者達とわずかな賃金目当てで働くものだけだったと。病人が病人の世話をするのが当たり前だったのが、聖女サナが来てから変わったと」
「………………」
「死んでいくと思われた病人が元気になって病室を出ていく。お腹を空かせた子供が腹いっぱい食べれる。怪我だって診てもらえるってな」
「…………聖女の力で治していないのに」
「治癒の力だっけ。そんなの誰も期待していない。彼らが期待しているのは彼らと同じ視線で治療をしてくれる存在だよ」
そんな君がいいんだと言われて正直聖女をしているのは贅沢をしたいからだけなのにそんな勘違いされると困る。としか思えない。
わたしは贅沢したいのだ。
屋根の下で休み幸せも空腹の日々を過ごすのも嫌だから聖女としての役割を放棄して贅沢を謳歌している。
過大評価されても困る。
「………………」
どう答えていいのか分からないので、何も言わずにその場を立ち去る。
今までどこでサボっていたのか分からない護衛と合流して神殿に戻り、青年の……チェザーの言葉で逃げてしまった自分に困惑して悶々と考え込んでしまう。
こういう時、期待されていない聖女は気が楽だ。一人になりたいと言わなくても独りになれるのだからと聖女になる前からの習慣でつい椅子ではなく床に座ってぼんやりしていたら。
緊急事態発生の鐘が神殿に響き渡り、
「魔獣の大量発生がっ!!」
そんな報告が神殿に届けられた。
戦える者は防衛に。戦えない者は避難。そして、聖女であるわたしとユピナスは、
「酷い……」
大勢の怪我人がいる医療院に入るとすぐに血の臭いで咽そうになる。怪我人と病人を見慣れているわたしですら酷いありさまと思える状況で、ユピナスは青ざめて口元抑えてそこに立っていた。
「怪我人を重度から軽度に分かりやすくして、重症人から治療していく。ユピナス!!」
青ざめて中に入ろうとしないユピナスに向かって叫ぶ。
「あんたの方が治癒回数多いのだから緊急性の高い人たちは頼むわよ」
叫ぶと同時に今まで医療院で行った技術を持てる限りこの場にいる人たちの治療に当てる。
どれくらい時間が過ぎたのだろうか。
「……さま」
「聖女さま……」
「聖女。サナさまっ!!」
今まで名前で呼んだことなかった女官が叫ぶように声を掛けてきた。
「そろそろ休んでください。このままでは貴方さまが……聖女サナさまが……」
初めてみせられた私を気遣うような表情。今まで聖女と呼ばれることなかったのに。
「貴方たちの聖女は……ユピナスでしょ……」
口を開いたら自分の声が掠れているのに気づいた。そう言えば、水を飲んだのはいつだったか。
私の問い掛けに恥ずかしげに顔を赤らめて、
「申し訳ありませんっ!!」
何故か頭を下げられる。理解できないで首を傾げていたらふらっと立ち眩みを起こし掛けた。
聖女になる以前はよく感じた。空腹による立ち眩み。
「おっと」
松葉杖で支えられる。
「チェザー。さん……?」
「相変わらず無茶をするな」
「それは貴方もです。チェザーさま」
部下の人が頭が痛そうに後ろに控えて、いつでも支えるようにしている。
「ほら、食事」
食事と水をすすめられて、
「ほいっ」
椅子の上に横になるように促されて、そこで仮眠を取った。
(ああ、そう言えば、ユピナスはどこに行ったんだろうか……)
姿を見ていないような……。
それから数週間かけて騎士団や冒険者が集まって無事に鎮静化した。その間の様子は覚えていないが、医療行為をして仮眠をしての繰り返しで、意識も朦朧としていたのだが。
魔獣の討伐にチェザーさんとその部下の人も向かって行き、松葉杖が必要なくなったからとしっかり活躍したと聞いた。
そして、ユピナスの護衛も魔獣討伐に向かって、腕を欠損したと。
「聖女サナ」
落ち着いた頃わたしは王城に呼ばれた。
「聖女でありながら力を出し惜しみして、治癒をしなかったと報告が上がった」
「事実ですね」
治療をずっとし続けて、治癒はしていなかった。
「そんなものを聖女として認めるわけにはいかない。だが、怪我人の治療をしていたことは功績として認め、追放処分だけで留めよう」
王の言葉に数人こちらを見て楽しそうに愉悦じみた反応をするのは、確かユピナスが治癒してきた貴族の方々だろう。
王城を出ていくと、先の騒動の時から敬うような動きになった女官や護衛がそっと近づいてきて、
「ユピナスさまが、被害に怯えてろくな治癒が出来なったそうで……」
「それで悪評を広げられないように権力者にサナさまが治癒をしないで押し付けたと吹聴していたのです」
民よりも重鎮。人を選んで治癒してきた結果がこれか。
わたしの追放はすぐに正式な発表があったのだろう。今まで治療院で診てきた怪我人や病人が慌ててこちらに向かってくる。
「サナさま」
「そんなあんまりだ」
嘆く様を見て、私は贅沢をしたいから聖女の力を出し惜しみして、治療もどきをしていただけだ。慕われることをしていないと言いたかった。
ただの自分勝手な行いで、嘆かれるようなことは……。
だけど、そんなみんなの姿を見て、目に涙が溜まってくる。
(駄目)
涙はただ弱さを認める卑怯な手段だとスラム時代学んだ。涙は安っぽいもので自分を正当化させる道具だと聖女時代知らされた。
だから、涙は流さない。わたしは自分勝手なことをし続けてきたのだからそんなものを流す権利などない。別れを惜しまれるようなことは…………。
「聖女サナ」
一台の馬車が目の前に現れる。
「あっ……」
「やっと、実家に連絡がついて迎えに来てもらった。――で、相談なんだけど」
馬車から降りてくるのはチェザーさん。傍にはいつも振り回されていた部下の姿も。
「国外追放されたのなら我が国に来ませんか。――贅沢させるのはお約束します」
後半の部分は耳元にささやかれた。
「貴女を愛しています。私の妻になってください」
跪かれて皆に聞こえる声で告げられる。
「……私は追放された。聖女の務めを放棄したのですが」
「治癒ではなく、治療で多くの人を助けて来たではないですか」
前回も言われた。それは贅沢をしたいからで。
「贅沢をしたいと言いながら努力をし続けてきた姿を好きになったのです。誰が、贅沢したいからって医療行為を覚えますか。料理から健康改善を図ろうとしますか。――いい加減自分を褒めてやってもいいんじゃないか」
まあ、でも。
チェザーさんは笑う。
「その分、俺が褒めるんだけどな」
だから来いと言われて、勝手な人だなと思ったけど、それもいいかと手を取る。
上がる歓声。それが居心地悪かったので。視線を彷徨わせるとちらほらと気になる人たちの姿。
先の騒動で、目を失った人。
腕を失った人。
足を失った人などなど。
(大判振る舞いだ)
わたしの身体から白銀の光が現れると同時に目に付いた治療不可能の怪我人の身体を一瞬で治していく。
「じゃあね」
唖然としている人たちを放置して馬車に乗り込むと馬車はすぐに去って行く。
治癒したのはちょうど9人。
「これで聖女じゃなくなったわ」
聖女じゃなくなったらスラムの暮らしに戻るから嫌だったけど、もうどうでもいいか。どこか達成感を感じて笑うとそんなわたしを微笑ましそうに見つめるチェザーさんと目があった。
後日。ユピナスが治癒してきた護衛は腕は生えたが、リハビリに多くの時間が掛かって、私が後から治癒した人の方が回復が早かったそうだ。
『嘘よ……そんなはずは……』
わたしの方が治癒能力が高かったのか。別の理由かと検証するために同じような重傷を負った怪我人がユピナスの所に来たので治療したらその人はわたしが治癒した人と変わらなかったので、治癒は何度も同じ人に掛け続けていたら効果が落ちるという予測がされたとか。
まあ、聖女の力というのはまだまだ解明されていないことが多い。過去の文献を見ると回数制限はなく、聖女の生命力を引き換えにしていたという記録も残されているから。
それはともかく……。
「お忍びで来ていた皇太子だと聞いていませんよ……」
チェザーさんにジト目で文句を言うと。
「国交のない国だったからな。正体を知られるわけにはいかなかったんだ」
しれっと言い返されてますます目が鋭くなるのは仕方ないだろう。
確かに贅沢はさせてくれる。だけど、ただの貴族だと思っていたのに。
文句を言っているとどこか面白がるようにチェザーさんはこちらを見て、
「サナは公務も真面目だし、医療や食事の改善なども取り組んでいる。ただ贅沢したいだけならそれだけして何もしないで部下任せと言う人も多いのにな」
「働かざるもの食うべからず。そんなの落ち着かないだけでしょう!!」
何当たり前のことを言うのかと叱りつけるとチェザーさんは笑って、
「そんなサナだからすきになった」
と結婚してもまた口説いてくるのだった。
自分だけが贅沢でどうするの。という考えが根本にあるサナ。