第7話:ヴァルシェン王国
中央平野の独立を選んだ以上、次に必要なのは「国際的な承認」だった。
ムナリス王国は必ず侵攻してくる。そのとき、孤立無援のままではいかに要塞を築こうとも持ちこたえられない。周辺諸国を巻き込み、少なくとも「攻め込む理由を躊躇させる」外交的基盤が必要だった。
最初に選んだのは、北方のヴァルシェン王国。
古くから強大な軍事国家として知られ、領土を巡って大陸北方の最強国家アストレア連邦と幾度となく衝突してきた国だ。国境山岳地帯に要塞を築き、重装歩兵と弓兵を主力とする堅実な軍制を誇る。
「彼らにとって中央平野は、アストレア連邦を牽制するための最前線となり得る」
そう読んだオレは、アリシアと共に使節団を組み、ヴァルシェンの都を訪れた。
ヴァルシェンの王都は厚い石壁に囲まれ、槍の穂先が並ぶ城門をくぐると、重苦しい空気が肌を刺した。
軍都という言葉がそのまま具現化したような場所だ。市場ですら兵站基地を思わせ、武具や干し肉が並び、行き交う人々も皆、どこか軍人めいた硬さを纏っていた。それは常時北方のアストレア連邦と戦闘が発生する環境故だろう。
謁見の間に通されたオレは、厳めしい顔の壮年の王と対座した。
王の両脇には武官たちが控え、その鋭い視線はまるで刃のようだった。
「貴殿が中央平野の守り手、辺境伯コウヤとやらか」
王の声は低く、威圧感に満ちていた。
「炎龍を討伐したと聞く。まずはその勇気を称えよう」
「ありがたく頂戴する」オレは深く一礼した。
「しかし勇気だけで国は守れません。我々は今、ムナリス王国の圧力に晒されている。独立を守るためには、貴国との協力が不可欠だ」
王の眉がわずかに動いた。
「協力、だと?」
オレは机上に広げられた地図を指差した。
「中央平野がムナリスの手に落ちれば、次に狙われるのは常時アストレア連邦と紛争状態が続く貴国にとって、不都合極まりない状況が現出する。ムナリスがアストレアと組むような状況が全く無いとは断言出来ないだろう。だが、我々がここに独立を保てば、貴国にとっても強固な緩衝地帯となり、アストレア連邦への牽制にもなるでしょう」
武官たちの間にざわめきが走った。確かに理屈は明快だ。
「だが、なぜ我らが見ず知らずの新興勢力を信用せねばならん」王は冷ややかに言った。「同盟を結ぶほどの義理はない」
オレは静かに首を振った。
「攻守同盟を望むわけではありません。必要なのは協商です。——互いに交易を認め、相互不侵略を確認し合う。それだけで十分に意味がある」
王は目を細めた。
「協商条約、か……」
「はい。ムナリスに対して“中央平野は国際的に認められた存在だ”と示す。それだけで、彼らは侵攻の正当性を失う」
沈黙が流れた。
やがて王は重々しく頷いた。
「よかろう。我らヴァルシェンは中央平野との協商条約を結ぶ。相互不侵略と交易の自由を認めよう。ただし——攻守同盟は結ばぬ。ムナリスと直接に矛を交えるつもりはない」
オレは深く頭を下げた。
「感謝する。協商こそが、我々にとって最初の一歩だ」
アリシアが横で小さく微笑み、囁いた。
「……これで中央平野は“孤立”じゃなくなったね」
こうして中央平野は、初めて他国との協商条約を獲得した。
それは同盟ではない。だが国際社会における「存在の承認」という意味で、確かな一歩だった。