第6話:独立の決断
使者一行が去ったその日の夕刻、オレは評議会の招集を命じた。
会場となる木造会堂には既に多くの視線が集まっており、窓の外には詰めかけた民衆が肩を寄せ合って様子を窺っていた。彼らにとって、この会合の行方が自分たちの未来を決定づけると分かっていたからだ。
長机の上に地図を広げ、オレは議長席に座った。
右手にアリシア、左手にマクシム。リオナとファルクも加わり、農夫代表も腰を下ろしていた。
板壁の隙間から差し込む夕陽が、会議の空気を赤く染めている。
最初に口を開いたのはマクシムだった。
「王国の勅命は明確だ。我らに従属を迫り、平野を取り上げる。……このままでは遅かれ早かれ戦だ」
低い声が板壁を震わせる。兵士としての彼は、現実から目を逸らさない。
「戦……」農夫代表が呻くように呟いた。「だが、戦えば誰が畑を耕す? また飢えが来るんじゃないのか」
リオナがうなずき、静かな声で言葉を継いだ。
「医療の備えも不十分です。今、戦争になれば、病と飢えが兵士よりも多くの命を奪うでしょう」
「しかし——」マクシムが拳を握りしめる。「従えば未来は失われる。民の希望は潰えるぞ!」
空気が張り詰めた。
ファルクが椅子から身を乗り出し、机を叩いた。
「オレたちはもう、王国の民じゃない! 流浪の末にここへ辿り着いたんだ。炎龍の支配から解き放たれたこの土地を、また鎖に繋がせる気か!」
その叫びに窓の外からどよめきが起こった。民の中には涙ぐむ者もいる。
オレは黙って彼らを見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「……どの言葉も正しい。戦えば命が失われ、従えば未来が消える。オレたちはそのどちらも選びたくない」
アリシアが頷き、穏やかに言葉を添える。
「だからこそ“独立”が答えになるのです。誰の従属でもなく、自らの選択で未来を紡ぐこと。それがこの評議会の役割でしょう」
静寂が落ちた。
マクシムは腕を組み、しばらく黙考した後、重々しく頷いた。
「……ならば備えを固めよう。軍備を整え、要塞を築く。守り抜けば、王国とて簡単には手を出せまい」
リオナもため息をつき、しかし瞳には決意を宿していた。
「戦は望まない。でも、民の未来を守るためなら……私も協力するわ」
農夫代表は震える手で机を叩いた。
「ならば畑を耕そう。戦が来るなら腹を満たさねば立ち向かえない。民は皆、腹に決意を込めて働くだろう」
ファルクは大きく頷き、拳を握り締めた。
「独立だ! この土地はオレたちのものだ!」
窓の外から、抑えきれない歓声が沸き起こった。
それは弱々しい声ではなかった。確かな「民意」として膨れ上がり、会堂を震わせた。
オレは机に広げた地図を見下ろした。
王国の領域、周辺国の国境線、そして中央平野に築かれつつある町の印。
——独立の道を選んだ以上、次に必要なのは“守る力”だ。
「よし。ならば決めよう」
オレは顔を上げ、全員を見渡した。
「我らはムナリス王国に従わず、中央平野の独立を維持する。そのための防衛体制をただちに構築する」
マクシムが力強く頷いた。
リオナは苦渋の表情ながらも同意し、農夫代表は唇を噛み締めながら「やるしかない」と呟いた。
アリシアは静かにオレを見つめ、ただひとこと言った。
「これが、あなたたち自身で選んだ“真実”です」
その言葉に、会堂は揺れるような拍手と歓声に包まれた。
——中央平野は、いま確かに「独立」への第一歩を踏み出したのだ。