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第4話:使者の来訪

 湖畔の市場が日に日に形を成しつつあったある朝、広場にざわめきが走った。

 「……ムナリス王国の旗だ!」

 遠方から進軍してきた一団は、深紅の外套を纏った騎兵を先頭にしていた。馬の蹄が石畳を叩き、鉄の響きが街に広がる。背後には、黄金の双頭鷲を象った旗が風にはためき、その威圧感は群衆の胸を押し潰すようだった。


 使者は豪奢な馬車に乗り、護衛兵たちは槍を揃えて広場に整列した。

 民衆は期待と不安の入り混じった眼差しでその光景を見つめていた。

 「炎龍を討伐した功を讃えるために来たのだろうか……?」

 「いや、王国がこんな辺境に祝辞だけを送り込むはずがない」


 オレはアリシアと共に広場へ出た。周囲にはマクシムやリオナ、ファルクら評議会の面々も控えている。


 馬車の扉が開き、甲冑を纏った壮年の男が姿を現した。

 「中央平野の守り手、北方の辺境伯コウヤ殿」

 声はよく通り、わざと広場全体に響くように張り上げられていた。

 「まずは、王国陛下よりの勅命を伝える。——炎龍を討伐し、この平野を解放した功績、まことに天晴である」


 群衆がざわめき、歓声が上がった。

 だが、その言葉の後に続いた文句が、場の空気を一変させる。


 「よって、ここに宣言する。この広大なる中央平野は、すべてムナリス王国の正当なる領土に帰属する。辺境伯コウヤ殿、汝は忠義を示し、この地を陛下へ速やかに献上せよ」


 一瞬、時間が止まったように思えた。

 歓声は凍りつき、群衆の顔から血の気が引いていく。

 「献上……だと……?」

 「せっかくの未来が、また奪われるのか……?」

 人々のささやきは恐怖と憤りを混ぜ合わせ、広場をざわつかせた。


 使者はなおも言葉を続けた。

 「陛下は寛大であられる。コウヤ殿には、辺境伯としての地位を引き続き与え、王国の臣下として新領土を治めることを許すであろう。これは最大の恩寵にほかならぬ」


 アリシアが小さく吐息を漏らしたのを、オレは横で聞いた。

 「……最初から、こう来ると分かっていた」

 「ええ」彼女は頷く。「でも、こうも露骨だと、民の心は一気に揺れるよ」


 オレは一歩前に出て、群衆と使者を交互に見渡した。

 「王国の勅命、しかと受け取った」

 オレは静かに言った。

 「だが、この地の未来をどうするかは、新たに設置されている評議会と共に熟考した上で、改めて返答させてもらおう」


 広場にざわめきが広がった。即座に「はい」とは言わなかった。だが「拒否」もしなかった。その一言で、民はほんの少しの安堵を覚え、使者は不快げに眉をひそめた。


 「評議会……だと?」

 使者は吐き捨てるように繰り返した。「一介の流民や傭兵に、王国の領土の行方を決めさせると申すのか」

 「この平野は、炎龍が支配していた土地だ」オレは答えた。

 「炎龍を討伐し、高山地帯を平野に変え、ここに命を賭けて住み着いた我々にこそ、未来を決める権利があるのは当然ではないか!」


 使者の目が怒りに揺れた。だが同時に、民衆の中から小さな歓声が上がった。

 「……そうだ! オレたちの土地だ!」

 「誰にも奪わせるな!」


 それはまだ弱々しい声だった。だが確かに、中央平野の民の中に「独立」の火が灯った瞬間でもあった。


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