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第3話:豊穣化がもたらす希望

 炎龍が消えたことで、大地は目覚めたかのように息を吹き返した。

 黒く焼け焦げた土地からは若芽が芽吹き、春風にそよぐ草の匂いが辺りに満ちる。かつて「死の高山」と呼ばれた場所は、いまや「希望の沃野」となりつつあった。


 湖畔には新たな集落が築かれ、漁網が張られ、小舟が往来を始めていた。水は清く、魚影も濃い。湖面に浮かぶ朝日が街並みを照らすと、人々は手を止めて見入り、「生きている」と実感するかのように祈りを捧げた。


 その湖のほとりに、巨大な市場取引所を建設する計画が進められていた。

 柱材を切り出す音、石を削る音が絶え間なく響く。傭兵団の荒くれ者ですら、金を得ようと汗を流し、建築に加わっていた。


 「これが完成すれば、各国の商人がここに集うだろうな」

 マクシムが肩を組んできた。戦場しか知らなかった男の顔に、初めて未来への期待が浮かんでいた。


 実際、周辺諸国からは早くも商人が流れ込んできていた。

 ヴァルシェンの毛織物商人、リュミナリエの香辛料商人、カルドミアの砂漠塩の行商。異なる言語が飛び交い、取引の声と値切り合いの喧騒が市場予定地を覆っていた。

 「一度戦で焼けた土地だからこそ、これだけの人が集まる。誰もが“最初の旗”を立てようと必死なんだ」オレはそう感じた。


 だが、摩擦も同時に生まれる。

 「俺たちが先に住み着いたのに、後から来た商人どもが好き勝手に仕切りやがる」

 「傭兵に守らせた街なんて信用できない!」

 怒声や揉み合いが頻発した。だがその混沌こそ、新しい共同体が生まれる証でもあった。


 アリシアは市場の中央に立ち、子どもたちに囲まれていた。

 「ほら、この石に線を引いてごらんなさい」

 白い石灰で地面に円を描き、子どもたちに「ここが市場の中心になるんだよ」と笑顔で教える。

 その光景を見て、オレは胸が熱くなった。彼女はただ、元AIとしての高い能力に基づき人々に対して適切に助言するだけでなく、人々の「未来を信じる心」を支えている。


 「奇跡は終わった。でも、これからは人の手で未来を作るんだ」

 オレは湖畔を歩きながら、集う群衆にそう語った。

 「この地を“誰かのもの”にさせはしない。ここにいる皆の力で、新しい明日を築く。オレはそのために……必要であれば戦う事も辞さない!」


 人々は歓声を上げ、拍手が波のように広がった。

 それは単なる指導者への称賛ではなく、自分たちが未来を手にできるという実感への喝采だった。


 だが、オレは知っている。

 この熱気は永遠には続かない。

 交易が始まれば利権を巡る争いが生まれる。市場が繁栄すれば、必ず他国の野心を呼び込む。

 「未来を描くこと」と「未来を守ること」は、全く別の戦いだ。


 その夜、湖面に映る月を見ながら、オレはアリシアと並んで腰を下ろした。

 「……この熱気を、どうやって守ればいいんだろうな」

 「守るだけじゃ足りないよ」アリシアは首を振った。

 「変わり続ける人の営みを導くこと、それがコウくんの役目だと思う」

 「導く、か。……オレは、そんなに立派な人間じゃない」

 「でも、あなたは、言ってみればもう一度は死んだ立場でしょう? だからこそ、誰よりも“生きることの意味”も知ってる筈」


 彼女の言葉に、オレは黙って頷いた。

 湖畔に響く建築音は、夜になっても止まなかった。人々が未来を求める限り、この大地は眠らない。


 こうして中央平野は、希望と欲望と混沌を呑み込みながら、新たな秩序の胎動を始めた。


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