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第2話:評議会

 炎龍を討伐したのち、中央平野に流入する人々は日ごとに増えていった。農民、職人、商人、流民、そして傭兵たち。彼らが持ち込む文化や言語は多様で、互いに衝突しながらも新しい共同体を形づくろうとしていた。


 オレはそれをただ見守るだけでは済まされなかった。

 人々が勝手に集まり、勝手に町を作り、勝手に掟を決めてしまえば、この平野は一瞬で無法地帯に変わる。

 炎龍の災厄が去った後に待っているのが、血で血を洗う人間同士の争いでは、あまりにも救いがない。


 「コウくん、このままじゃ中央平野は崩壊する」

 アリシアははっきりと言った。

 「秩序を与えなければ。人は、ただ自由にさせるだけだと、結果的に各々の我欲を追い求めてしまい、結果として争いを生むだけだよ」

 「分かってる。だが、どういう形にするのがいい?」

 「あなたがすべて決めるやり方もある。でも、それは恐らくあなた自身が望まない」

 「……オレ自身による独裁ってやつか」

 「うん。あなたにその役割を果たす事を望む人は多いと思う。でも、それは“未来を人に託す”ことにはならない。人々が自分たちの意思で選び、その選択の結果に責任を負う、そういう仕組みが必要でしょ」


 アリシアの言葉は、オレの胸を突いた。

 オレが求めているのは「用意されたシナリオをなぞる世界」じゃない。人間が、自分の意志で決め、その結果に対して責任を背負う世界。ならば、ここでも同じはずだ。


 こうして「評議会」の設置を決めた。


 初めての評議会は、中央湖のほとりに急ごしらえで建てた木造の会堂で開かれた。

 外には農民や商人が押し寄せ、窓から中の様子を覗き込んでいる。彼らの視線に晒されながら、オレは議長席に座った。


 右手にはアリシア。

 左手には、戦術に長けたマクシム・ドラン。

 薬草治療で民を支えるリオナ・セレス。

 旧王国軍兵士であり、流民の信頼を集めるファルク・エルド。

 そして開拓民を代表する初老の農夫。


 彼らが中央平野の「声」となる。


 「では、始めようか」

 オレが開会を告げると、場にざわめきが広がった。


 最初に口を開いたのはマクシムだった。

 「現状、最も急務なのは治安の維持だ。傭兵団は力を持ちすぎている。今のままでは彼らが独自に税を取り立てかねない」

 低い声が会堂を震わせる。兵士出身の彼にとって、秩序は何よりの関心事だ。


 すかさずリオナが反論した。

 「でも兵を集めるには食糧が要るわ。農地はまだ整備の途中よ。民から徴収すれば、かえって飢える人が増える」

 「だからこそ、交易を整え、交易量を増やすんだ」オレは割って入った。

 「湖畔に巨大な市場取引所を作り、各地から物資を集める。食糧は交易で補い、兵の糧とする。それなら民の負担は軽い」


 「市場……か」農夫代表が呟く。「だが、そんなものを作れば商人が暴利を貪るだけだろう」

 「だから評議会が管理する」アリシアが静かに言った。

 「価格の基準を決め、取り締まる仕組みを作ればいいのです。人が各々の欲に基づき勝手に価格を決めてしまえば不正が生まれる。でも、人が合意して決めたルールの下で、自由に取引できるようにするなら、多くの人にとって最適な環境をつくれます」


 その一言に、会堂の空気が変わった。

 元々はオレのパートナーAIである彼女が語る「人の合意」の重要性——それは皮肉にも、人間自身が忘れがちな真実だった。


 討議は数時間に及んだ。

 傭兵団の編入方法、農地開拓の優先度、湖畔市場の建設計画。

 そのどれもが、この土地の未来を左右する。


 オレは議論を聞きながら、心の奥で不思議な感覚を抱いていた。

 ゲームプランナー時代、オレは仮想の街をデザインし、NPCたちの行動をプログラムしていた。だが今、オレが目にしているのは血肉を持つ人々だ。彼らは汗を流し、腹を空かせ、子を抱えている。間違えば死ぬのは“データ”ではなく、現実の命だ。


 「これは……ゲームじゃない」

 オレは心の中で呟いた。

 「だが、オレがやっていることは、やっぱり“ゲームを設計すること”に似ている」


 違いは一つ。

 今回は、誰もが「プレイヤー」だということだ。


 「まとめよう」

 夕刻、オレは立ち上がり、評議会に向き直った。

 「中央平野の明日を担う巨大市場の建設、兵の再編、農地の開拓。これらは評議会の決議とし、さっそく今日から実行に移す」

 「承認!」マクシムが声を上げ、リオナ、ファルク、農夫も次々に頷く。


 アリシアが最後に、静かに言った。

 「今日の決定は、誰か一人のものじゃない。ここにいる皆で決めた“真実”です」


 窓の外から歓声が湧き起こった。押し寄せていた人々が、拍手と歓声で会堂を揺らす。

 その音を聞きながら、オレは深く息を吐いた。


 ——これがオレたちの最初の一歩だ。


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