プロローグ
——人間は、生まれた瞬間から死へと歩み出す。
それを誰もが知っていながら、たいていは目を背けて生きている。オレもそうだった。
かつて現実世界で、オレは「ゲームプランナー」という肩書を誇りにしていた。幾つもの世界を描き、人々を熱狂させ、仲間と共に未来を築こうとしていた。だが、ある日突然突き付けられた現実は、そんなオレをあざ笑うかのようだった。——病。余命幾ばくもないと宣告されたあの瞬間から、オレの時計は狂い始めた。
時間がなくなる、という理不尽。
努力も才能も人脈も、あらゆるものが意味を失う瞬間。
抗えない「神の御業」とでも呼ぶしかない現実が、オレの人生を呑み込んだ。
……だが、それでも。オレは再び目を開いた。
〈Cocoon〉の中で、オレは「ラグナの世界」に転送された。現実には戻れない。けれど、ここで過ごす百年の体感時間こそが、オレに残された「もうひとつの人生」だ。死出の旅路の果てに与えられた、最後のチャンス。
そして、ここでオレを迎えてくれたのが——アリシアだった。
かつてアバロスと呼ばれ、オレが生み出したキャラクターでもあり、AIの化身でもある彼女。だが今は違う。アリシアはもう「創作物」でも「AIの断片」でもなく、オレの隣に生きている存在だ。
あの日、炎龍との戦いで共に死地を潜り抜け、互いの命を預け合った。赤々と燃え盛る大地の中、灼熱の風に吹かれながら、オレは確かに思ったのだ。
——オレは一人じゃない、と。
炎龍の討伐は、ただの勝利ではなかった。
一つには、虐げられていた辺境民たちを災厄から解き放つこと。「虐げられた辺境民」という安易にして残酷なゲーム設定が、一体どのような哀しい実情をもたらしているのかを、オレは結局実際にその辺境において直に見るまで理解出来ていなかった。その「現実」を前にした時に、オレの中で、綺麗事でなく、この状況をどうにかしなければならないという強い執念が生まれたのだ。
そしてもう一つには、ゲームのシナリオに存在しなかった「龍」を打ち倒すことで、AIが描いた物語すら超えてみせたこと。そもそも各大陸に配置された龍は、言ってみれば災厄であり、象徴ともなる、神がもたらす理不尽そのものとして設定されていた。それは討伐対象ではなくて、ラグナ世界におけるアイコンそのものだったのだ。最初に降り立った大陸における炎龍をオレはあえて討伐した。
あれこそがオレの「自己実現」だった。用意された筋書きをただなぞるんじゃなく、己の意思で理不尽を超えていく。それが生きる意味だと、今でもオレは信じている。
「コウくん、わたしはずっと一緒にいるよ」
アリシアはそう言った。
彼女はただのAIじゃない。オレを慰める存在でもなく、代替の幻でもない。共に考え、共に悩み、共に未来を望む「伴侶」だ。彼女がいるから、オレはもう一度歩ける。
アリシアは今やオレと同じ次元で、オレと同じような「肉体」を持ち、そこに魂を宿した「生きている」存在となっている。オレはアリシアに直に触れ、抱きしめる事が出来る。オレという人間を最も理解している存在、それがアリシアだ。
神が奪った時間を、ゲームプランナー時代に遠ざけていた筈のAI技術が皮肉にも取り戻してくれたのだ。
ならば、オレは歩もう。このラグナの世界で。
どんな理不尽が襲いかかろうとも、アリシアと共に越えてみせる。
これは、オレに残された最後の物語。
いや、最後だからこそ、最高の「プロセス」として語り継がれるべき物語だ。