表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

『丸太令嬢』、婚約破棄のち王子に愛され聖女となる

作者: 瀬尾優梨

都々逸のようなタイトルになってしまった

 アミリアはエムズリー男爵家の娘として、穏やかな人生を送る――はずだった。

 二つ年下の弟が落馬事故により、脚の骨を折る大怪我を負うまでは。


「姉さん、本当にごめん。兵役が始まるまでに絶対、治すから……」

「馬鹿言わないで! あなたは大腿骨を折ったのよ。命に別状がないだけで十分幸運だったのだから、あと数ヶ月で完治するなんて無茶を言わないの!」


 ベッドに横たわる弟のコリーに、アミリアはぴしゃりと言い放つ。


 この国では、貴族の家に兵役が課される。あくまでも対象は「家」で、貴族として王家に誓う忠誠と領民を守る決意を示すためのものだ。そのため、一代につき一人が三年間の従軍経験をすればよいとされる。


 ここで選ばれやすいのは、跡取りでない次男坊だ。もし一人しか男児がいない場合は長男になるが、それでもという場合などはその家の名を背負う覚悟をした遠戚の者などでもよかった。


 エムズリー男爵家の子どもは、十七歳のアミリアともうすぐ十五歳になるコリーだけだ。

 コリーは十五歳になったら兵役に向かうと子どもの頃からやる気に満ちていたし、運動や剣術が得意で日々鍛錬を怠らなかった。


 ……そんなコリーが、大怪我を負った。

 数ヶ月後に控える兵役開始までに骨が治るとは思えない。


 コリーを兵役に出すと決めていたため、代役のことは全く考えていなかった。

 今、両親は必死になって方々に出向きコリーの代わりに兵役に出てもらえないかと頼んでいるそうだが、突然そんなことを言われてもと断られっぱなしだそうだ。


 コリーは自分が一番辛い立場なのに、両親や姉のことを思ってひどく落ち込んでいる。彼は本当に兵役に出るのを心待ちにしていたから、弱りきった弟の姿にアミリアの胸も痛む。


(このまま、代役が決まらないかもしれない。決まったとしても、途中で逃げられたりしたらうちの沽券にかかわる……)


 そうすれば、地道に着実に商売をして男爵位を得た祖父母や両親の努力が、水の泡になる。

 だからこそコリーは真っ青になって打ちひしがれているのだ。


(……それなら)


「コリー、私が行くわ」

「……えっ?」


 アミリアは、きょとんとする弟の手をしっかり握って宣言した。


「私があなたの代わりにエムズリー男爵家の代表として、兵役に出るわ!」






 両親もコリーも、アミリアの決断に反対した。だがアミリアは折れなかったし、「男爵家の未来のために、私が行くのが一番順当なはず」と説き伏せた。


 十五歳から十八歳まで兵役を課される中で、十七歳の令嬢であるアミリアは異質だ。代役の場合は多少年齢が過ぎていても許されるが、男の代わりに女が出るなんて前代未聞だ。


 とはいえ、令嬢の兵役が法律に違反しているわけではない。それにアミリアは弟ほどではないにしろ剣術を嗜んでいたし、乗馬もできる。

 それも貴婦人に多い横乗りのサイドサドルではなくて男性と同じように鞍に跨がり、太ももの力だけで体を支えて両手を自由にすることもできた。


 母親は、「あなたにはマーティーがいるでしょう!」と涙ながらに言ってきた。

 アミリアには、婚約者がいる。婚約者のマーティーは子爵令息で、三男坊のため家を継がないし兵役に出る必要もなかった。


 だがマーティーとの結婚は四年後と決まっていたので、三年の兵役を挟んでも大丈夫なはず。念のためにマーティーにも相談したが、「勝手にすればいい」と素っ気なく言われた。


(マーティーはもともと、私のことがそれほど好きではないものね)


 マーティーは細身で胸が大きな金髪の女性が好きらしく、馬に乗り領民と共に作業をしたりもするアミリアの体型も、ぱっとしない容姿も、くすんだ茶色の髪も全て気に入らないそうだ。


 だが家同士の繋がりのための婚姻だから、三年間で浮気をしたりはしないだろう。

 マーティーの両親もエムズリー男爵家の現状を知り、「気にせず行ってきなさい」と言ってくれた。






 かくしてアミリアは一族の未来を背負って、兵役に出た。


 腰までの長さだった髪はざっくりと切った上で団子にまとめ、弟が着る予定だった従軍服に袖を通す――が大きかったので、かなりサイズを詰めた。


 アミリアが派遣されたのは、王国南部の駐屯地だった。


(確かここには、第二王子殿下がいらっしゃるのよね)


 配属場所を告知された日、アミリアは「ルーファス殿下のいらっしゃる場所だ!」とついつい興奮してしまったものだ。


 第二王子ルーファスは、皆の憧れの騎士王子だ。年の離れた兄王太子を支えるべく、少年の頃から従軍し十年近く戦地で活動している。

 滅多に王都に帰ってこないものの、頑強な体を持つ麗しい王子だとは噂に聞いていた。


 アミリアは何の運命か、ルーファス王子のいる駐屯地に配属された。


「アミリア・エムズリーでございます! 弟の代わりに馳せ参じました!」


 他の十五歳の少年に交じって挨拶をすると、駐屯地の兵士たちは呆れたような笑い声を上げた。


「まさか、弟の代わりに女を寄こしたのか!?」

「おい、お嬢ちゃん。あんた、なにができるんだ?」

「あんたにゃ、土嚢を担ぐこともできないだろう!」

「剣って知ってるか?」


 駐屯地に滞在する兵士の多くは平民出身なので、げらげら笑いながらアミリアをからかってくる。

 周りを見るが、同じ兵役の貴族の少年たちはアミリアから視線をそらし、「僕は関係ありません」といわんばかりの顔をしていた。


(……馬鹿にしないでよ!)


「弟ほどではございませんが、剣の心得はあります! 馬にも乗れます! ですが戦うより、ご飯を作るほうが得意です! 得意料理は、煮込みシチューです!」


 胸を張ってアミリアが堂々と言うと、貴族のぼっちゃんたちはプッと噴き出した。

 だが逆に兵士たちは真顔になり、「煮込みシチューだと……?」とざわつき始め――


「……はは。どうやらおもしろい新人がいるようだな」

「殿下!?」


 兵士たちの間を縫って現れたのは、大柄な青年だった。


 艶のあるプラチナブロンドに、がっしりとした体。アミリアが見上げるほど大きいのに、容姿には気品があり紫色の目は優しく細められている。


(殿下!? それじゃあこの方が、ルーファス様……!?)


 噂に聞くのみだった――が噂以上に麗しい王子を前にアミリアだけでなく貴族のぼっちゃんたちもどよめく中、こちらにやってきたルーファスはアミリアを眺めて微笑んだ。


「女性の兵役貴族が来ると聞いて心配していたが……杞憂に終わりそうだ。うちの軍の者はいつでも、腹を空かしている。もしよかったら、あなたには厨房の手伝いをしてもらいたいな」

「……。……は、はい! 喜んで!」

「煮込みシチュー、楽しみにしているよ」


 緊張で裏返った返事をするアミリアに気さくに話しかけ、ルーファスはきびすを返した。


 ……この出来事がきっかけで、アミリアは即日で厨房係に命じられた。

 そしてそこで作る料理が大好評を博したのだった。






「アミリアちゃーん! おかわりくれ!」

「はいはい、今行きます!」

「アミリア! 酒、酒はあるか!」

「あるけど、もうあなたはだめです! 飲みすぎでーす!」


 がやがやと賑やかな食堂の喧噪にも負けず、アミリアは声を張り上げて大皿に載った料理を運んだり、溢れんばかりの麦酒が注がれたジョッキをどんとテーブルに置いたりする。


 アミリアがこの駐屯地に派遣されて、早三年。

 二十歳になったアミリアは食堂で元気に働いていた。


 初日にアミリアを馬鹿にしてきた兵士たちだが、アミリア特製の煮込みシチューをご披露するなり態度を百八十度変えた。


 兵士たちはとにかくよく食べて、よく飲む。男爵令嬢とはいえ領民の炊き出しなども手伝っていたアミリアは素朴でありながら栄養満点の料理を作るのが得意で、あっという間に兵士たちの胃袋を掴んだ。


 普通なら女性の従軍者なんてどんな危険があるかわからないが、「アミリアちゃんに手を出したら、餓死する」と言われるようになり、そのおかげでアミリアはこの三年間で一度も不埒な扱いを受けたことがない。


 ちなみに、最初はアミリアを遠巻きにしていた他の兵役貴族の少年たちのほとんどは、既に姿を消している。

 三年間の従軍経験を課されるが、実は最低でも一年所属して契約違反金を払いさえすれば退役できるため、根性のないおぼっちゃんたちは早々に音を上げて金にものを言わせて逃げていったのだ。


 だがアミリアはこの駐屯地ですっかり居場所を手に入れ、兵士のおじさんたちからは「シチューの天使」とかわいがられ、食堂のおばさんたちからは娘のように見守ってもらえるようになった。


 それに――


「いい匂いがしている」

「殿下!」

「こんばんは、アミリア。私も酒が飲みたいな」


 食堂の喧噪の中やってきたのは、ルーファス。

 椅子に座った彼から注文を受けたアミリアがすぐさま麦酒をジョッキに注いで持っていくと、「ありがとう」と柔らかな笑みを返してもらった。


 今年で二十四歳になったルーファスは、王子でありながら一般兵たちと寝食を共にすることを厭わない。

 人生の半分ほどが従軍期間である彼にとって、きらびやかな王都よりこのむさ苦しい駐屯地のほうが落ち着くのだという。


「そういえば、アミリア。あなたの兵役はもうすぐ終わるのだったか」


 麦酒を飲んでいたルーファスに問われたので、おつまみを出したアミリアはうなずいた。


「はい、来月には王都に帰ります。そろそろ結婚の話も進めないといけないので」

「確かあなたは、ドノヴァン子爵家の三男と婚約しているのだったな。相手もきっと、あなたに三年も会えなくて寂しがっているだろう」

「そうだと嬉しいです」


 アミリアはそう言うものの、正直マーティーがなにを考えているかはわからない。

 この三年間で、家族やドノヴァン子爵夫妻などからは手紙が来るものの、マーティーからは一通も届いていないのだ。


(この忙しくも楽しい生活も、あと少しで終わりね……)


 そう思うと寂しいが、自分は弟の代役としてきちんと役目を果たせたのだと思うととても誇らしかった。


 アミリアがそう言うと、ルーファスの笑みが深くなった。


「あなたは、とても素晴らしい淑女だ。……ちなみに私も、あなたに半年ほど遅れて王都に帰る予定だ」

「まあ、そうなのですね」

「そろそろ結婚相手を探せと、両親や兄から言われているのでな。そうしたら、夜会などであなたに会う機会もあるだろう。そのときに再会できるのを楽しみにしているよ」


(……そっか。殿下はまだ、婚約者がいないのよね)


 ルーファスは十二歳で従軍を始めてからほとんど、王都に戻っていない。だからまだ婚約者もいないのだ。


 だがこんなに立派な美丈夫なのだから、王都に戻れば大勢の令嬢たちが押しかけてくるだろう。

 いずれ王弟となる彼には妻を選ぶ権利があるのだから、きっととても素敵な人を妃に迎える。


 その頃にはアミリアも、マーティーと結婚しているのだろうが――


「はい。これっきりではありませんものね。あと一ヶ月、悔いの残らないようにします!」

「ああ、そうしてくれ。……私も、あなたが作るシチューを思い残すことなく味わえるようにしよう」


 二人はそう言って、笑いあった。


 ……今は同じ軍に身を置いているといえど、王子と男爵令嬢。

 たとえアミリアが結婚しても子爵家三男の妻でしかない。


 だからきっと、王都に帰ったらそれっきりだ。「そのときに再会」したとしてももう、こうして言葉を交わすことはできないだろう。


(私がこの三年間を楽しく過ごせたのは、あなたのおかげです、殿下)


 いずれ終わりを迎えるからこそ、アミリアはこの穏やかな時間を享受したいと思えた。






 アミリアの三年間の任期が終わり、荷物をまとめて王都に帰ることになった。


 残念ながら出立の日のルーファスは駐屯地を留守にしており、別れの挨拶などはできなかった……が、これでいいと思う。


 王都に帰ったら、アミリアは王子とは縁のない男爵令嬢に戻る。

 そして、マーティーと結婚する。


 自分は婚約者のいる身の上なのだし、アミリアはルーファスに恋情などを抱いたことはない。

 もちろん、格好よくて素敵だとは思うが、それだけだ。マーティーへの誠意を、忘れたことはない。


 そうしてアミリアは号泣する兵士や食堂のおばさんたちに見送られ、胸を張って王都に帰った――のだが。






「……アミリア、なんだその見苦しい体は」

「えっ?」

「おまえみたいな丸太と結婚するなんて、絶対に嫌だ! 婚約破棄だ、アミリア!」


 王都に帰って、初めて出席した夜会にて。


 今日のためにめいっぱい着飾ったアミリアを見るなりマーティーが叫んだため、アミリアは会場のど真ん中で呆然としてしまった。


 兵役から帰ってきたアミリアを、家族は涙ながらに抱きしめてくれた。特に、まだ歩行用の杖が必要なコリーは大泣きで、弟をなだめるのに苦労したものだ。


 そうして両親は、「パーティーを楽しんでおいで」と言って、アミリアを夜会に送り出してくれた。

 年頃の令息令嬢たちが集まって楽しくおしゃべりをしたり踊ったりする会で、せっかくだしここで着飾ってマーティーと再会してはどうかと言われたのだ。


 アミリアも乗り気でおしゃれをして夜会会場に着き、マーティーとの待ち合わせ場所に向かい――こちらを見るなり鬼の形相になったマーティーから、とんでもないことを言われた。


(……ま、丸太?)


「マーティー、あの、一体……」

「周りを見ろ! おまえ、よくそんなおぞましい見た目でうろつけるな! ああ、もう、僕の視界に入るな! 丸太はあっちに行け!」


 マーティーはわめきながら、どこかに走っていった。

 そこで初めてアミリアは周りを見て……令嬢たちが皆、とても細いことに気づいた。


 もともとこの国では、細身で胸が大きな女性が魅力的だと言われていた。そしてアミリアが王都を離れていた三年間で、その美意識は急成長していたようだ。


 令嬢たちはいずれも、将来が心配になるほど細い。しかも今の流行は体のラインにぴったり寄り添うようなドレスなので、青白い腕や折れそうなほど細い腰のラインが丸わかりだ。

 あまりにも血色が悪くて骨張っているからか、顔の化粧を濃いめにしている女性も多かった。


 ……そしてアミリアは、自分の体型を改めて見つめた。


 もともと骨太で太ももが大きめだったが、兵役中に大鍋をかき混ぜ大皿を運び時には兵士たちと一緒に馬に乗ったりもしたため、大変肉付きのいい体になっていた。


 ……そういえばこのドレスを採寸する際、針子がちょっと困った顔をしていたものだ。あれは、今の流行からするとアミリアが太すぎたからなのかもしれない。


 といっても、ぶくぶくに太っているわけではない。

 アミリアとしてはあくまでも健康的な肉付きで、両親や弟も「アミリアの立ち姿がとてもきれい」と言ってくれたので、なにも問題ないと思っていたのに……。


「……丸太?」

「やだ、あの令嬢、あんなに太って……」

「本当に丸太みたいだな……」

「丸太令嬢、なんてどうかしら?」


 ひそひそ、こそこそ。


 周りから投げかけられる容赦ない言葉に、ざっとアミリアの顔から血の気が引き――すぐさま、痛いほどの熱を放った。

 どくどくと心臓が鳴り、体中からぶわりと汗が噴き出て、胃の下あたりがぎゅうっと絞られたかのように苦しくなる。


 恥ずかしい。

 悔しい。

 みっともない。


「っ……!」


 アミリアはたまらず駆けだし、夜会会場から逃げ去った。


 そんな彼女の背中にも、呆れたような笑い声は突き刺さっていた。






 あの夜会から、アミリアは屋敷から出られなくなった。


 マーティーの両親であるドノヴァン子爵夫妻からは詫びの手紙があったが、あの日の出来事をアミリアから聞かされた両親と弟は激怒した。

 そして両家の相談の末に婚約は破談となり、ドノヴァン子爵夫妻がどうしてもと言うので多額の慰謝料を受け取ることになった。


 だがそれでも、アミリアの胸に突き刺さった棘が抜けることはなかった。


 丸太、とマーティーに呼ばれたことはもちろん悔しい。

 だがそれ以上に……アミリアのことをなにも知らない周りの者たちにも丸太呼ばわりされたこと、自分は他の者から見ても丸太だと思われるような見目であるというのが、アミリアの矜持を傷つけた。


「姉さんはなにも悪くないよ。姉さんは昔から、とってもきれいだ」


 閉じこもるアミリアを抱きしめて、コリーが悔しそうに言う。


 普段はどちらかというとツンとした言動の多いコリーだが、こうなったのは自分の怪我のせいだと思っているからか一生懸命アミリアに愛情を伝え、なにも悪くないと言ってくれる。


「ごめん、姉さん。僕が……僕が怪我なんてしなければ……」

「大丈夫よ、コリー。私は確かに三年間で、ちょっと太っちゃったけど……多分、マーティーとはそもそも縁がなかったの」


 弟を悲しませるのは本望ではないので、アミリアはコリーの背中を優しく撫でた。


「それに、ドノヴァン子爵夫妻からいただいたお金で、コリーは手術を受けられるようになったわ。よかった、って思っちゃいましょう?」

「姉さん……!」

「大丈夫。……私は大丈夫よ、コリー」


 声に怒りをにじませたコリーを、アミリアは慰めるように撫でる。


 両親もコリーも、アミリアが丸太だなんてこれっぽっちも思っていない。

 でも両親は「あの日、アミリアを夜会に行かせなければ……」と後悔しているらしいし、コリーも自分のせいだと思い詰めてしまう。


 だからアミリアは屋敷に閉じこもりつつも、家族の前では笑顔を貫いた。


 ……そうすることしか、できなかった。






 アミリアが屋敷にこもるようになって半年経った頃、ルーファスが王都に帰ってきたという知らせが入った。


(……そういえば、半年遅れくらいで王都に帰るとおっしゃっていたわね)


 自室で編み物をしていたアミリアは、メイドが持ってきてくれた情報を聞いて過去に思いを馳せた。


 ルーファスも十二年間に及ぶ従軍期間を終え、第二王子として父や兄を支える方向に舵を切った。

 さっそく王国中の未婚の令嬢たちが城に押しかけ、我こそ第二王子妃にふさわしいとアピールしているとか。


(……ルーファス殿下に会う可能性も、もうゼロになったわね)


 あのときからもう二度とルーファスと親しく話なんてできないとわかっていたが、アミリアはもう社交界に出ることすらできなくなった。

 もう少し屋敷で静かに過ごしてから、爵位を継ぐ弟の邪魔にならないように療養地に行こうかと考えている。


(そういえば、マーティーもどこかに追い出されたのだったかしら)


 ドノヴァン子爵夫妻は誠実な人で、三男の非礼を心底詫びていた。

 マーティーは両親になんだかんだ言ったそうだが一喝され、婚約者を病ませるような者を息子と思いたくないと言われて王都から追い出されたらしい。


(……あの頃に、戻りたいな)


 ふうっとため息をついて、三年間の騒がしくも楽しかった従軍期間中のことを思い出しながら、アミリアは手元の編み物に集中したのだった。






 ルーファスが帰還したという知らせが入った、約一ヶ月後。


 アミリアは、王城の応接間にいた。


「アミリア・エムズリー男爵令嬢に、ルーファス第二王子殿下との婚姻についてご一考いただきたい」


 真っ青になって固まるアミリアにそう言うのは、なんだか偉そうな格好をした初老の男性。


 屋敷に立派な馬車がやってきて「アミリア嬢に用事があります」と言われ、あれよあれよという間に王城に連れてこられた。


 そうして応接間に通されるものの緊張と困惑で固まっていたアミリアだが、男性に言われていよいよぽかんとしてしまった。


(……婚姻? 私と……誰のって?)


「あ、あの……」

「シモンズ。急ぎたい気持ちはわかるが、きちんと説明せねばなるまい」


 混乱するアミリアだったが、応接間のドアが開いて背の高い青年が入ってきた。


 プラチナブロンドに、優しげな紫色の目。

 半年ぶりに見るその人は、アミリアを見て微笑んだ。


「久しぶりだね、アミリア。……いきなり連れてこられて混乱しているだろう。すまなかった」

「い、いえ、あの、滅相もございません、殿下! お久しぶりでございますっ……」

「ははっ、久しぶりにあなたの声を聞けて嬉しいよ」


 ルーファスはそう言って、初老の男性の隣に座る。

 従軍していた頃は騎士服を着ていた彼も、今は王子らしい立派な正装姿だ。それはみとれるほど素敵だ――が。


(少し、お顔の色が悪い……?)


 駐屯地にいる頃は兵士たちと一緒にシチューをかっ込み麦酒を煽っていたルーファスだったのに、今は少し疲れたような表情をしているのが気になった。


「……アミリア、少し痩せたな」


 それなのにルーファスのほうが心配そうに言ったので、アミリアは慌てて首を横に振る。


「いえっ、そんなことはありません。大丈夫です」

「……。……いろいろ、話したいことと相談したいことがあるんだ」


 ルーファスはそう前置きをしてから、話し始めた。






 先月、ルーファスは王都に帰ってきた。


 これまで王都の話は聞いていたものの、もう何年も王都に足を踏み入れていない。故郷がどのようになっているのか、ルーファスは楽しみにしていた。


 そうして先日、第二王子の帰還を祝う夜会が開かれた。

 それにはまだ婚約者のいないルーファスの花嫁探しという側面もあったため、王国中の未婚令嬢が集まったのだが――


 ルーファスは、驚いた。


 花嫁候補として紹介された令嬢は誰も彼も、痩せ細っていた。

 痩身が美とされる今の王都だが、長らく軍に身を置いていたルーファスにとっての令嬢たちの姿は、戦場で見かけた餓死者の遺体を彷彿とさせた。


 どんなにきれいに着飾っていても、骨と皮だけのような令嬢たちを美しいと思えなかった。ルーファスにはその夜会が、亡者の葬列のように見えた。


 もう少し健康的な体格の令嬢はいないのかと言っても、紹介されるのはがりがりに痩せた女性ばかり。

 令嬢たちを見ているとどうにも栄養失調の患者の姿が思い出されるので、ルーファスは夜会から逃げ帰ったという。


 ……それとは別件に、王家はある問題を抱えていた。


 アミリアが兵役を終えるより少し前に、ルーファスの兄嫁である王太子妃が第一子を出産した。

 だが王太子妃もまた例に漏れず細い女性で、妊娠期から体調が優れない日が多かった。


 そもそも兄夫妻はなかなか子に恵まれず、やっと息子が生まれたもののあまりにも小さかったし、王太子妃も産褥で生死の境をさまよったという。


 幸いにも、生まれた王子も王太子妃も一命は取り留めた。だが王子はずっと要注意状態で医師がつきっきりだし、王太子妃もまだベッドから起き上がれないという。


 ……これはまずい、と国王夫妻や王太子は考えた。


 今の王国では、令嬢は細ければ細いほどいいという風潮になっている。

 だが痩身の王太子妃は出産で死にかけたし、ここ数年の王国内での出生数が著しく減っている。そして、若い令嬢の病死率も上がっているという。


 医師たちは早い段階でこの問題の原因を突き止めていたものの、「流行」には勝てなかった。

 だが王太子妃の難産をきっかけに王家は、この問題を国を挙げて解決しなければと考えるようになった。


 医師は、「女性はもっと丸い体でいい」と喧伝したい。

 王家はルーファスによい縁談を見つけてほしいものの、本人は細い女性に対して及び腰になっている。


 ……この二つの問題を同時に解決する秘策が、ルーファスを健康体型の女性と結婚させるというものだった。


 そうすればルーファスは納得のいく結婚ができるし、王国内の「流行」を変えるきっかけにもなる。

 さらにルーファスと妻の間にたくさん子が生まれれば、もう言うことなしだ。


 そうして検討の結果、ルーファスの妃候補として最有力なのがエムズリー男爵令嬢であるアミリアだった。


 アミリアには現在婚約者がおらず、三年間の従軍経験によって健康で体力もあると証明されている。

 さらに彼女はルーファスと面識があり、ルーファスもアミリアのことをとても好ましい令嬢だと考えているのだという。






(……えっ? 好ましい令嬢……?)


 呆然と話を聞いていたアミリアがぎょっとすると、ルーファスは苦く微笑んだ。


「従軍している頃から、あなたのことは素敵だと思っていた。もちろん、あなたには婚約者がいるのだから横恋慕なんてできないと、自制していた」

「……で、でも、私……社交界で、丸太って……」


 口にするのも苦しくなりつつもアミリアが言うと、ルーファスは眉根を寄せた。


「……ああ、そのような口さがない者たちがいるとは知っている。だが、私からするとあなたは健康そのものだ」

「……」

「私の言葉が信じられないか? 長く婚約していた男に吐かれた暴言を、気にするのは仕方ないだろう。……だが私はあなたほど明るくて健康的な人を、これまで見たことがない」

「……そういえば殿下は従軍中、洗濯をされるアミリア嬢を盗み見て脚にみとれたとか――」

「待てっ、シモンズ! そ、それをアミリアの前で言うな!」


 それまでは真摯な眼差しをしているルーファスだったが、隣の男性のぼやきを聞いた途端に焦り始めた。


(……洗濯?)


 確かにアミリアは従軍中、いろいろな仕事をしており洗濯婦と一緒に洗濯をやったこともあった。

 大判のシーツなどは天気のいい日に庭に大きなたらいを出し、そこに水を張って踏んで洗った。そのときはスカートをまくり上げて素足になり、皆で水をかけあいながら踏み洗いをしていたのだが――


「……見られていたのですか?」

「ちがっ……! い、いや、違わなくは……ない……」


 ルーファスはそれまでの勢いはどこへやら、低く唸ってうつむいてしまった。


「……わざとではないんだ。だが、スカートをまくって裸足になって踏み洗いをするあなたを見て……あ、脚がとてもきれいだと思って……」

「……」


 アミリアは、自分の太ももに視線を落とす。


 それこそ丸太のように太くて、筋肉も脂肪もついた脚。今王都で流行っているドレスだと体のラインが丸わかりで、とてもでは見せられない太ももとふくらはぎ。


 なるほど、令嬢たちの体を見て栄養失調だと思ってしまうルーファスからすると、アミリアの脚は非常に健康的で魅力的なのだろう。


「……そう、でしたか」

「あのな、アミリア。あれは本当に事故で、わざとでは――」

「そう言いつつも殿下は、アミリア様の脚に魅了されているでしょうに」

「もう黙れシモンズ!」


 真っ赤になって叫ぶルーファスだが初老のシモンズはどこ吹く風で、アミリアのほうを見てきた。


「ということで、アミリア嬢に関して大変不名誉な噂が流れているようですが、殿下は全く気にされていません。それに殿下はご覧のとおり大柄で、ご自分の体重の半分もないようなご令嬢を妻にするどころか、触れることにさえ恐れていらっしゃいます。ですのでアミリア嬢を奥方にされると、殿下もとても安心できると思います」


 確かに、細すぎる令嬢だと筋肉質なルーファスが軽くぶつかっただけで骨折しそうだ。

 その点、アミリアなら彼の体重の半分くらいはある……はずだ。


(私が、殿下と……)


 アミリアはそっと、ルーファスを窺い見る。


 三年前、兵士たちに馬鹿にされるアミリアに声をかけてくれたあの日から、ルーファスはアミリアにとっての「特別」だった。

 恋ではなくて、心からの感謝と信頼を寄せられる人。たとえ別れたとしても、幸せを願いたいと思える人だった。


 そんな人に、「素敵だ」と思ってもらえている。

 ……きっかけが盗み見られた脚だったとしても、別にそこまで気にならない。


 アミリアの丸太のような体を、ルーファスは素敵だと言ってくれる。

 アミリアのことを明るくて健康的だと言ってくれる。


 ……そんなの、嬉しいに決まっている。


 でも。


「……ありがとうございます、殿下。でも私では、身分が違いすぎます」

「身分なんて、なにも問題ない。あなたが貴族の娘であるなら十分だし、私の両親も兄夫婦も、あなたのような人が王家に来てくれたら嬉しいと言っている」

「で、ですが、私は丸太で……」

「私はあなたの体が好きだ。……そのことをこれから何度でも伝えるし、あなたに心ない言葉を吐く者は殲滅する」


 ルーファスが真顔で言い、シモンズが「殿下ならやりかねませんね」とぼやいている。


(……私の体が、好き)


 そっと、自分の胸に触れる。


 丸太令嬢と呼ばれる自分の体が、嫌だった。

 嫌だけれど、家族の前で暗い顔をしてはいけないと自分に言い聞かせていた。


 ……でも、大丈夫だ。


 マーティーより、他のそのへんの人より、よほどよくアミリアのことを知っているルーファスが、真っ直ぐな目で「好きだ」と言ってくれるのだから。


 今すぐには無理だとしても……きっといずれ、「私は、自分のこの体が好きなのよ」と言える日が来るだろう。


「……嬉しいです、殿下」

「アミリア。で、では……」

「……私のような者で、殿下の妻が務まるかわかりません。でも……精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」


 アミリアがそう言って頭を下げると、ルーファスは「やった!」と弾んだ声を上げて席を立ち、アミリアの隣に座って両手を握った。


「ありがとう! ……ああ、ふわふわの手だ。ずっと触っていたくなる……」

「で、殿下……」

「……では私は、こちらの話を陛下と妃殿下にお伝えして参ります」


 気を利かせたシモンズが立ち上がり、アミリアを見て微笑んだ。


「……アミリア嬢――いえ、アミリア様。ルーファス殿下は愛情深くて誠実なお方です。そして我々もまた、アミリア様に心から感謝して誠心誠意お仕えすることを約束します」

「……はい。ありがとうございます、シモンズ様」

「ありがとう、シモンズ。では私はかわいい婚約者と語らいの時間を取りたいので、さっさと報告に行ってくれ」

「はいはい、殿下のご命令のままに……」


 飄々とした感じでシモンズが出ていくと、部屋に二人きりになる。

 どき、どき、というアミリアの心臓の音は、ルーファスにも伝わっているのではないだろうか。


(……不思議。男の人と二人きりなのに、すごく安心する……)


「……幸せだな。あの日、駐屯地で出会ったかわいい人とこうして恋人になれる日が来るなんて……まだ信じられない」


 ルーファスが夢見心地で言うので、アミリアも微笑んだ。


「はい。私も……幸せです」

「そうか。……嬉しいな」

「ええ」

「……そ、それで、だな」

「はい」

「結婚したら、結婚したらでいいからっ……いずれ、あなたの脚を触らせてもらえないだろうか?」


 ルーファスが照れながらも真剣な顔で言うので、


「……別に、今でもいいですよ?」

「なっ!?」


 アミリアはあっさりと答えて、驚愕するルーファスに向かって微笑みかけた。


「誰も見ていませんし、私のことをあなたにもっと知ってもらいたいですから」

「っ……ありがとうっ、アミリア! 愛している!」


 ルーファスは大歓喜して、アミリアを力強く抱きしめた。


(……本当にこの方、私の脚が好きなのね)


 なんだか不思議な感じがするが、自分の体を愛してもらえるのはとても嬉しいことなので、アミリアはふふっと笑ってルーファスの背中に腕を回したのだった。




 ……その日、婚約者の脚を存分に堪能した後のルーファスは、王都に帰ってきてから一番いい表情をしていたという。






 かくして丸太令嬢ことアミリア・エムズリーは、第二王子ルーファスと婚約した。


 このことにあれこれ言う者は多かったが、ルーファスはアミリアとの約束を守って彼女を死守した。

 さらに国王夫妻は「こんなかわいいお嬢さんが息子の奥さんになるなんて」と喜び、療養中の王太子妃も「わたくし、妹がほしかったの」とアミリアのことをとても気に入ってくれた。


 医師たちも健康そのものなアミリアのことを大歓迎し、なにを思ったのか南の駐屯地にいた兵士たちが「是非、第二王子夫妻付きの兵士に!」「アミリアちゃんは、俺たちが守る!」と押しかけてきた。

 むさ苦しいが、アミリアもルーファスも彼らのことを喜んで受け入れた。


 こうして王家をはじめとした多くの人からの支持を受けたアミリアは、無事にルーファスと結婚した。


 結婚後も陰湿な嫌がらせが続いていたある日、夜会でアミリアを敵視する細身の令嬢が「王子妃になれない不良品め!」と皆の前で父親から殴られた。

 それを見たアミリアは令嬢に駆け寄り、「もう大丈夫ですよ」と言ってひょいと抱え、医者のもとまで運んであげた。


 アミリアに庇われお姫様抱っこされた令嬢はこれを機にすっかり改心し、しかも「アミリア妃ファンクラブ」なるものを立ち上げた。

 そして「アミリア様のような格好いい淑女になろう」という風潮が始まり、徐々に令嬢たちの体重が増えたことに医者たちは歓喜した。


 それを聞いたルーファスは、「私の妃は、守られてばかりではないのだな」と、とても誇らしげな顔をしていたという。




 ルーファスからの愛情を一身に受けたアミリアは、生涯で五人の子どもを産み育てた。

 そんな王子妃の名は、出生数激減と若い女性の死亡率上昇によりお先真っ暗とされた王国を建て直した聖女として、書物に記されることになる。


 だがアミリア本人は、夫や子どもたちと一緒においしいものをたくさん食べ、夫と並んで馬を走らせ、子どもたちのことをなによりも愛する、ごく普通の女性として幸せに過ごしていたという。

お読みくださりありがとうございました!

感想や下の☆からの評価などいただけたら嬉しいです♪



何事もほどほどが一番です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
流行って恐ろしい。 コルセットの締めすぎで骨や内臓が変形した例は多数あるそうですし、生まれたばかりの子供にもコルセットをさせたために骨が正しく育たず、自力でまっすぐ立てないとかも。 華奢な姿にはあこが…
 後世、聖女と讃えられる『元男爵令嬢』が、正しく聖女な二つ名に名前負けしないまともな女性だった珍しい案件。  王子様の率直で素直な表現、嫌いじゃないです(笑)受け入れる彼女の懐の深さ凄い。  ヤベェ流…
連載版読んでみたいです!なんか楽しそうな感じな風景が目に見えたので!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ