第五話-B 夢を見送る、その日まで
最終審査の翌日。
ひよりから届いたLINEは、たった一言だけだった。
「受かったよ」
その文字を見た瞬間、全身の力が抜けるのを感じた。
あいつの努力が実ったことが、誇らしかった。
でもそれと同じくらい、ひどく遠くへ行ってしまったような気がした。
——と、もうひとつ通知が届いた。
「……あとで、少しだけ会えないかな? 屋上で」
それは、昨日の“あの話”の続きをさせて、という意味だった。
◆◇◆
「……来てくれて、ありがと」
屋上に着くと、ひよりは手すりにもたれて空を見上げていた。
制服姿のまま、昨日よりもずっと落ち着いた表情で。
「おめでとう。すごいよ、ほんとに」
「……うん、ありがとう」
言葉は短くて、でもどこか本物だった。
「夢が叶った、って言えるのかな。
でも、たぶん——“ここからがスタート”ってやつだよね」
「そうだな」
俺はそう答えるのがやっとだった。
本当は、もっといろんな言葉を用意していたはずだったのに。
沈黙の中、ひよりがゆっくりとこちらに向き直る。
「……あの日のこと、覚えてる?」
「……ああ」
「じゃあ、返事……聞いてもいい?」
その瞬間、心臓が一瞬止まったような気がした。
昨日の告白。あのまっすぐな声が、まだ頭の中に残っている。
だけど、俺は——
「……ごめん。答えられない」
ひよりの目が、静かに揺れた。
「ひよりの夢が、ずっと本気だってこと、俺は知ってる。
だからこそ、その道に俺の感情を混ぜたくなかった。
“好き”だなんて言ったら、きっと、どこかでブレーキになってしまう気がして……」
「……うん。やっぱり、そう思ったんだ」
ひよりは少しだけ笑った。
寂しそうに、でもちゃんと納得したように。
「わたし、アイドルになるって決めたとき、覚悟してたの。
蓮は、きっと言ってくれないって。
だけどね、少しだけ、期待してたんだよ。……ばかでしょ」
「ばかじゃないよ」
その言葉に、彼女はほんの少し、目を伏せた。
「……じゃあ、行くね。
夢の続きを、ちゃんと掴んでくる。
それが、わたしの答え」
「……ああ。いってらっしゃい、ひより」
もう、あの手を取ることはできなかった。
それでも、最後まで彼女の背中を見送ると決めていた。
数ヶ月後、ひよりは本当にアイドルになった。
SNSで話題になり、テレビにも出るようになり、笑顔は全国の人に届いていた。
画面越しに見るひよりは、きらきらしていて、遠くて、眩しかった。
だけど俺は、拍手を送ることしかできない。
「好きって言ったら、きっと何かが変わってしまっていた」
「だから俺は、言わなかった。応援するって決めたから」
それが正しかったのかどうかなんて、今もわからない。
でも——
「俺の気持ちは、キミには絶対、バレちゃいけないって決めたんだ」
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