第4話 本番前夜の告白
最終審査の前夜。
いつもの放課後とは、どこか空気が違っていた。
夕焼けが落ちきる頃、公園のベンチに座っていたひよりは、制服のリボンを握りしめていた。
「……遅い。蓮、来てくれないかと思った」
俺が駆けつけると、ひよりは少し拗ねたように眉を寄せて、でもどこかホッとした顔を見せた。
「ごめん。急いだけど……ちょっと遅くなった」
「ううん、大丈夫。……来てくれて、ありがと」
ふたりきりの静かな公園。
この場所には、何度も来たはずなのに、今夜だけは空気が重たく感じる。
「……いよいよ、明日なんだね」
ひよりは空を見上げながらぽつりと呟く。
「長かったようで、あっという間だった。一次も、二次も、レッスンも、練習も……全部、今日で最後」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
「ほんと、よくここまで来たよな。……マジで、すごいと思う」
「……ありがと。蓮がいなかったら、たぶん途中で投げ出してた。厳しいし、口うるさいし、でも……いちばん信じてくれてた」
ひよりは言葉を止め、こちらに向き直る。
その目は真っ直ぐで、逃げ場のない光を宿していた。
「……だから、今日だけは、わたしもちゃんと向き合うって決めてきた」
その言葉に、俺の心臓が跳ねる。
「蓮、聞いて」
彼女は、いつもの笑顔をやめた。
強く、でも震える声で、言葉を紡いだ。
「わたし、ずっと、蓮が好きだった」
夕暮れの空が、静かに夜に溶けていく。
その中で、ひよりの告白だけが、時間を止めたように響いた。
「……ずっと昔から。最初は“かわいい”って言われたくて始めたけど、気づいたらそれ以上になってて……
蓮に褒められるたび、認められるたび、もっと頑張りたくなった。夢も恋も、全部、あんたのせいだったんだよ」
彼女はほんの少しだけ笑ってみせた。
「……ごめんね、こんな大事な前日に。ずるいよね、こんなこと言うの」
俺は何も言えなかった。
喉の奥で言葉がつかえて、何も出てこなかった。
本当は、俺もずっと言いたかった。
だけど、言ってしまったら、彼女の夢に“俺”という色がついてしまう気がして。
(この気持ちは、言っちゃいけない——ずっと、そう決めてたのに)
「……蓮?」
彼女の声が、静かに揺れる。
視線を合わせたまま、俺は心の中で葛藤していた。
この言葉を返すか、飲み込むか——
でも、今はまだ、選べなかった。
「……」
沈黙だけが、ふたりの間を満たす。
やがてひよりは、ゆっくりと立ち上がった。
「……わかった。答えは、すぐじゃなくていいよ」
強がるような声だった。
それでも、最後まで笑っていた。
「じゃあ、行ってくるね。わたしの夢の続きを、ちゃんと掴んでくるから」
「……ああ」
それだけしか返せなかった。
ひよりは軽く手を振って、夜の街へと歩き出していった。
その背中は、まっすぐで、どこまでも眩しかった。
その夜、俺は眠れなかった。
言えばよかったのか。
言わないほうがよかったのか。
正しい答えなんて、誰にもわからない。
でも明日、ひよりは夢を叶えるかもしれない。
そのとき、俺がどうするのか——
それは、これから選ぶことになる。
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それでは、また次話でお会いしましょう!