第一話 幼馴染との放課後
放課後の教室には、春の終わりの光が差し込んでいた。
窓際の席に残っていたのは、俺と、彼女だけ。
「……ねえ、ちょっと、聞いてよ」
その声に顔を上げると、目の前には、制服のまま勢いよく机に手をついた水瀬ひよりが立っていた。
頬をうっすら赤く染めて、でも目はキラキラしていて、何かを言いたくて仕方がない様子。
「ん? どうした」
俺、相馬 蓮は、何となく予想がつきながらも問い返す。
ひよりは少しだけもったいぶった沈黙のあと、目を細めてにんまりと笑った。
「——オーディション、一次通過した!」
思わず椅子から立ち上がりかけた。
「マジで!? やったじゃん!」
ひよりは胸の前でガッツポーズをつくって、はしゃいだ笑顔を見せる。
その瞬間、教室の夕陽が彼女の髪を照らして、どこか遠い人のように見えた。
「まだ書類選考だけだし、これからなんだけどね。でも、やっと“始まった”って感じがする」
それは、きっと彼女が長年ずっと思い描いてきた夢の入り口。
俺は、その夢をずっと近くで見てきた。
それこそ、小学生の頃からずっと。
「……すごいな。ほんとに、すごいよ」
気取らずそう口にすると、ひよりはちょっとだけ目を伏せた。
「へへ……ありがと。いちばんに伝えたかったんだ、蓮に」
「俺以外に言った?」
「んー……まだ誰にも。だから、ちゃんと褒めて?」
「偉い偉い。よくやったな、水瀬ひより」
「うわ、なんかそれっぽく言ってるけど、適当でしょ絶対!」
「いやいや、マジでマジで。すげえよ、お前は」
彼女は笑っていた。心から嬉しそうに。
その笑顔を見ていると、こっちまで嬉しくなる。
でも同時に、胸の奥のどこかが、じわっと苦しくなっていくのを感じていた。
(ああ、本当に夢に手が届く場所まで来たんだな)
そう思うたびに、自分の気持ちが置き去りになっていく感覚になる。
「ねえ、覚えてる? わたしが“アイドルになる”って言い出したときのこと」
「小学生のときじゃなかったか?」
「ぶっぶー。幼稚園の年長さんのとき!」
ひよりは人差し指を立てながら、懐かしそうに語る。
「リビングで一緒にテレビ見てたら、蓮がさ……“この子かわいいな”って言ったの。そしたらなんか悔しくて」
「あー……あったかも、そんなの」
笑いながら曖昧に相槌を打つ。でも、実はちゃんと覚えてる。
そのとき、画面の中にいたアイドルよりも、隣でムッとしてたひよりのほうが印象に残っていた。
「それで思ったんだ。蓮に“かわいい”って言ってもらえるくらい、すごい子になってやる!って」
「……それ、俺のせい?」
「まあね? だから責任取ってもらうから。夢、叶うまでちゃんと応援してよ」
「もちろん」
即答だった。
だって、そうするって決めていたから。
「俺は……ひよりの夢、絶対叶うって思ってるよ」
その言葉に、彼女の目が一瞬だけ揺れた気がした。
「……うん、ありがと」
でもそのあとは、いつものひよりに戻って、元気よく笑ってみせる。
「よーし! じゃあ次は二次審査! ダンスと歌、猛特訓だー!」
「はは、やっぱりそうなるよな……」
彼女はどんどん前に進んでいく。夢のほうへ、輝く場所へ。
それを後ろから見守るのが、今の俺の役目。
(俺は、たぶん言っちゃいけないんだ。この気持ちを)
心の奥で、何度も繰り返していた決意を、そっと胸の中でなぞる。
——だからキミには、絶対バレちゃいけない。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語を楽しんでいただけたなら、ぜひ【★評価】や【感想】をいただけると励みになります。
みなさんの一言が、次の執筆のエネルギーになります!
もし「続きが気になる」「このキャラ好きかも」なんて思っていただけたら、
その気持ち、ぽちっと★や一言感想にしてもらえると、とても嬉しいです。
それでは、また次話でお会いしましょう!