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 俊斗くんと碧さんに手を振った。僕の両脇に居る両親も「ありがとうねぇ」と言っている。


「まだ越してきてすぐなのに、友達ができて嬉しいわね」

「若いって良いなぁ」


 父も母も、自分のことのように喜んでいた。

 帰りは、美味しいラーメン屋さんに寄って帰るのだという。景色の綺麗な山道があるらしく、そこを通ると父が意気込んでいた。

 僕の足取りは軽い。来るときよりも軽い。俊斗くんから良い情報を得られたのだった。

 さっき電気屋さんで聞いた、TRUTHというゲーム機は、今年発売された最新型のようだ。スペックや記憶容量、軽量化がなされているようだった。僕が電気屋さんで聞いた値段を二人に伝えると「しゃあ、海の家しか買えないな」と笑っていた。それが海くんの物と、姉と妹のもあると言っていたな。気付くのが遅くなったけれど、あそこの家族は生きている次元が違うのかもしれない。

 そして、今のモデルが出る前のTRUTH無印(俊斗くんがそう言っていた)でもエイデンはプレイできるそうだ。エイデン自体それほど新しいゲームでもないらしく、中古なら費用を抑えられるのではないかと教えてくれた。その場で碧さんが調べてくれて、物によっては、十万円以下で買えるという。それでも高いが、最新型に比べれば、安い方だ。

 思いもよらない希望が見えたようだった。両親の力を借りることなく、買えるかもしれない。あとは、両親の許可が得られるかどうか。


 父が見つけていたラーメン屋さんは、とんこつラーメンが美味しいらしい。入店ベルを奏でると、鼻につく、くせになりそうなにおいが襲ってきた。それでもなぜか、食欲をそそり体の内側からラーメン欲を引き出していた。

 テーブル席に着き、父がメニューを読み上げてくれる。おすすめナンバーワンは、やはりこだわりのとんこつラーメンで、セットメニューも勧めてくる。家からここまで来るには、一時間と少しかかっていたはずだ。次に来るのはずっと先になるかもしれなかった。せっかくだからと、とんこつラーメン餃子セットにしよう。

 こだわりのラーメン。母に寄れば、壁や天井にもこだわりの理由が書かれているという。師匠に教わろうと思ったときの理由。ラーメンに出会ったときのときめき。初めて作ったラーメンのまずさと悔しさ。師匠に教わった心得。初めてお客さんから貰った笑顔が忘れられない。母は楽しそうに読んでいた。

 ラーメンが僕の顔に湯気を当てた。一気に吸い込んで肺いっぱいにラーメンの熱気を満たす。母から箸とレンゲを受け取りスープをすくった。


「――美味しい」


 スープが主人公のような重厚感。それなのに、仲間の麺や肉の力を認め、尊重している。このラーメンだけでキャラクターが揃う小説を読んでいるようだ。

 麺を咀嚼し、ちょうどいいタイミングで飲みこんだ。豚骨のにおいが混じる吐息を、天井に向かって吐く。壁や天井に書かれた文字たちは、小説だったんだ。

 もっと食べたい、そう思ったときにラーメンを完食した。いつの間にかセットの餃子も消えていて、夢中になって食べてしまっていた。

 誰もが夢中になってしまうラーメン。きっとここの店主は、すべてを差し置いてラーメンを作ったのだろう。僕はこれまでそんな経験はしてこなかった。両親の言うことさえ聞いていればいいと思っていた。でも少し先に、夢中になれるものがある。後は道を選ぶだけ。僕も誰かを、笑顔にしてみたい。

 景色を両親の実況で楽しんでから、家に帰り着いた。時刻は三時半を過ぎている。少し疲れが出たのか、父も母も座ってお茶を飲んでいた。


「お父さん……」


 声は自分でも驚くほどすんなりと出た。とんこつがいい潤滑油になっているのかもしれない。ただし心臓は、いい油が入って、激しく動いていた。吹かせば吹かすほど、熱を持ち体温が上がっていく。


「ゲームは売ってたのか」


 話し出したのは、父がった。バレていたのかと怖くなるのと、予想だにしていなかった言葉とで呆気にとられる。


「誠一郎も大きくなったな」


 父の言いたいことがよくわからない。怒っているのか、ただ話しているのか。僕は返事ができないでいた。母はこの言葉を聞いているのか。

 沈黙が流れる。左手のスマートウォッチが震えて、四時を知らせた。そろそろ母が晩ご飯の用意を始めるころか。僕は、唇を舐めて湿らせた。いま話さないと、これからずっとこのままかもしれない。一度大きく息を吸い、吐いた勢いで言葉を繋ぐ。


「お父さん、僕どうしてもあのゲームがしたい。あのゲームなら僕は生きていける。もっと生きるのが楽しくなる。勉強もする、学校でもちゃんとする。誰にも迷惑かけないようにする。古い型の中古なら僕でも買える値段らしい。お金貯めて、自分で買うから、ゲームするの許してほしい」


 と言い切った。濡らした唇がカサカサになってひび割れそうだ。父からも母からも言葉はない。すごく長い時間に感じる間が開いた。


「今は楽しくないの?」


 母の声だった。震えていた。僕は大きく首を振る。


「そんなんじゃない! 楽しい、お父さんにもお母さんにも感謝してる。今日も楽しかった、明日もきっと楽しい!」

「じゃあ、なんで。目が悪くなるかもなんだよ? 体に何か影響があるかもしれないんだよ?」

「病院の先生にとめられたら素直にやめる。約束する。それに――」


 考えたら、首に力が入らなくなった。


「僕には未来がない……」

「――え? どういうこと?」


 母が問う。


「僕は、みんなみたいに働いたり、誰かを笑顔にしたりなんかできない。どう足掻こうと、楽させてもらう方だし、作ったものを使う側だし。ありがとうって言う側なんだよ。だからせめて、せめて、ゲームの中で何かしてみたい。それが仮想であっても、現実じゃなくても!」


 将来、仕事がないわけではない。生きていくことは困難だろうけど、生きていくことが許されていないわけではない。ゲームをしたところで、現実では何も変わらないだろう。でも、こんな僕も、希望を持ちたい。

 ゲームが何かに繫がるかもしれない。

 ゲームで誰かの笑顔を見られるかもしれない。

 僕にしかできないことが、ひとつでもあるかもしれない。

 そんな希望を叶えられなくてもいい。ただただ、見てみたいのだ。この目で。

 父がお茶を飲み干したのか、コップをこつんとテーブルに置いた。そして父は、笑っていた。


「ここまで言われるのは、初めてだな」


 父が咳をした。声の調子を整えて、言った。


「仕方ない。これまで頑張ってきたご褒美と、これから頑張る誠一郎への投資と思って、買ってもいいだろう」

「ちょっと、お父さん!」


 母がキッチンから大きな声を出した。心なしかすぐそばで聞こえ、身を乗り出しているのだろう。


「でも条件。学校のこととか、勉強も。それに家族の時間も。どれもゲームより優先順位は上だ。わかっているな?」

「うん!」

「また頭が痛くなるようなら、注射してもらうからな」


 父は冗談を混ぜてきた。もう機嫌は悪くないし、怒ってもいない。むしろ、親子がなんどもしてしまいそうな言い合いをしたからか、嬉しそうだ。


「うん!」

「よし、じゃあ、注文しとくな」

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