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「あの、すいません」

「すいません」

「誰か、いませんか?」


 お店に迷惑をかけない程度の声を出し、体をぐるぐるしていたら、自分が今どの方向を向いているのかわからなくなってくる。それでも僕は、声をかけ続けた。


「どうしたの?」


 子供の声がした。声質は小学生くらいで、たぶん男の子だ。


「あ、えっと。店員さん、近くに居ないかな」

「僕が呼んできてあげる!」


 男の子は僕から離れていく。走っていることがわかる足音が、小さくなっていった。なぜか急に心細くなり、肩をすくませた。でも男の子は、すぐに帰ってきてくれて、足音から店員さんが居るとわかった。


「お待たせしました。どうかなさいましたか?」

「ありがとうございます」


 今のお礼は、呼んできてくれた男の子に言ったのか、急いできてくれた店員さんに言ったのか、僕もわからない。

 それでも僕には時間がない。できるだけ早く帰らないと両親に怪しまれてしまう。荒れた息を落ち着かせてから僕は話し出す。


「あの、ここって、電気屋さんですよね」

「はい、そうです。なにかお探しですか?」


 予想が的中した。店内に流れている音楽が、家電量販店だと教えてくれたのだ。僕は興奮を表に出さないように顔を制御し、店員さんに訴える。


「ゲームを、ゲームを探しています。名前はわからないんですが、頭と手首に機械を付けて、ゲームの中に入れるゲームです。友達と、エイデンという作品を遊んで、それで」

「あぁ、それは、TRUTHというゲーム機ですね。当店でも取り扱っていますが、今のところ予約販売のみとなっています。今日予約されますと、だいたい一か月か二か月お待ちいただくことになります」

「それって、一式買うと、いくらくらいするんですか?」

「いくつかモデルがありますが、スタンダードなモデルですと、18万2800円からとなっています」


 次の言葉が出なかった。両親に許しを貰うとか、そういう話ではなかった。許可があったとて、僕が買える値段ではない。血の気が引いて、足に力を込めないと立っていられない。


「あの、大丈夫ですか?」


 はっとして、店員さんにお礼を言った。今すぐに買う訳ではないのに、丁寧に対応してくれて嬉しかった。

 両親が待つユトリコーヒーの場所を聞き、僕は歩きだした。来る時よりも足取りは重い。

 何かできると思った。あの場所なら、なんでもできると思いあがっていた。僕には、あの世界に行く資格もないのだ。


「遅かったね」

「うん、混んでて」


 机の上に置いてある、カフェモカを口に含む。さめたというより、冷たかった。僕の心も、小さなカップの中で温め直されることはなさそうだ。

 パンケーキを母に切ってもらい、口に運ぶ。生クリームがこれでもかというほど乗っていて、とても美味しい。溶けた生クリームが、パンケーキに沁み込んで、甘さが二倍にも三倍にも感じる。口の中で絞るように噛むと、糖分と油分が混じった液体が喉を通る。


「美味しい?」


 母が訊いてくる。機嫌はそこまで悪くないように聞こえる。バレてはいなさそうだ。


「うん。ふわふわで美味しいよ」

「良かったわね」


 母が笑っている。きっと父も笑っている。その顔を僕は見られないけれど、こうやって三人で生きていけるだけで幸せなことなのではないのか。ゲームもあったらすごく嬉しい。友達もたくさんいたら楽しい。恋人がいたらどんな毎日が送れるのか、わからないけれど。

 仲の良い両親に、大切にされているだけで、僕はきっと、ものすごく幸せなんだ。

 最後の欠片を飲みこんで、顔を上げる。


「ありがとう」


 ユトリコーヒーを出て、三階に上がった。ここは雑貨屋さんや服屋さんが多いらしい。音からしても、階下よりも落ち着いている印象だった。

 母は好みの服に出会うと店に入るようになり、父も自室に置けそうな物を見つけては妄想にふけっている。けれど二人とも実際に買うことは少ない。物が増えるとそのぶん僕の安全スペースが減ると考えているからだ。そんなに我慢しなくても、と思っているが、この家族ではこれが当たり前のようになっている。


「あれ、もしかして誠一郎?」


 どこもかしこも明るいからか、目頭が痛くなってきてベンチで休んでいたときだった。聞き覚えのある声が近づいてくる。この声は誰だったか。教室で聞いたのは確かだ。


「俺だよ、俊斗。碧もいるぜ」


 そうだ。思い出した。初日に名前を教えてくれた二人だった。


「どうした? ひとりか?」

「ううん。親と一緒。ちょっと疲れちゃって」

「そうだったのか。今日は人多いもんな」


 やはり今日はいつもよりも多いのか。今度は空いているときにゆっくり来たいものだ。


「さっき、電気屋にいなかったか? 後姿見て、もしかして、と思ったんだ」


 心臓がドキリとする。見られていたのか。


「うん。ちょっとね」


 あんな姿を見られてしまって、恥ずかしかった。表情には出ていなかっただろうか。いま思えば、店員さんやあの男の子にも変な人だと思われなかっただろうかと心配になってくる。もっといい方法があったのでないか。ネットを使って調べられたのではないか。考えれば考えるほど、いやな感情が溜まっていく。


「どうしたん? そんなにしんどいのか?」


 俊斗くんが僕の肩に手を置いた。


「親、呼んでこようか?」


 僕は首を横に振った。自分の感情に付き合わせては申し訳ない。


「大丈夫、ありがとう。二人は何でここに?」


 一瞬の沈黙があってから、碧さんの声がする。


「映画、映画を見にきたの。私たち、幼馴染でね、気軽にどこでも行けるから楽なんだよね」

「そうだったんだ。家が近いの?」

「そうそう。幼稚園から一緒で、腐れ縁ってやつかな」


 俊斗くんが、会話を切るように続ける。


「いや、勘違いしてくれるなよ誠一郎。こいつがの誘いがしつこくて、俺はしぶしぶ付き合ってやってるだけ。今日の映画だって、俺、全然興味ない作品だった」

「ちょっと、こいつって言わないで」


 そこかよ、と心の中で突っ込む。


「仲いいんだね」


 また沈黙が流れ「悪くはないかな」と返ってきた。


「そう言えば、海の家、行ったんだって?」

「そうなの? いいなぁ、焼きそば出た?」


 二人の疑問符が、僕の頭の上で浮かんでいる。うみの家? 焼きそば? なんの話だろう。

 よっぽど変な顔をしていたのかもしれない。二人が笑いながら謝ってくる。


「ごめんごめん。海の家って、うみの家って呼ばれてるんだよ。うみの家って言ったら焼きそばとか、かき氷とかだろ? だから、海の家に行ったら、焼きそば食べた? とか言ったりするの。こうやって解説すると、くだらんけどな」


 なるほど、そういうことかと理解した。


「焼きそばは出なかったけど、エイデンってゲームはさせてもらった」

「あぁー!」


 碧さんが言う。


「私もしたことある! すっごいよね、あのゲーム」

「何それ、俺したことないんだけど」


 碧さんの興奮冷めやらぬ声が、次々と耳に届いた。普段からこの世界の景色を見ている人でも感動するのだ。僕の心が動くのも無理はないと思った。お父さんやお母さんもあのゲームをしてみれば、考えが変わるのかな。


「あぁ、あの新しいやつか。俺、古いの持ってたけど結局、売っちゃったんだよな」

「えぇ、もったいない」


 僕は顔を上げる。新しい? 古い? 売った……。


「俊斗くん。その話、聞かせて!」

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