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「松浦さんは、ゲームとかする?」
金曜日、五時限目が終わると、すぐに教室移動となった。僕たちの教室も委員会活動で使われるからだ。
僕と松浦さんも、図書委員として赴くこととなった。場所は図書室。初めて入る場所だ。松浦さんに導かれながら、階段を登る。
「んー、たまにね。お兄ちゃんの、借りたりして」
松浦さんの声は小さく、騒がしい場所ではもみ消されてしまう。けれど、僕だけは、どんな場所でもどんな環境でも声が聞けた。
松浦さんもゲームするんだ。海くんたちとしたエイデンっていうゲームはしたことあるのかな。
「それより、鳥山くん。頭痛は、もう、大丈夫なの?」
松浦さんの歩幅が小さくなったように感じる。
「うん。昨日一日休んだから大丈夫だよ」
海くんの家でゲームが終わり、海くんのお父さんに車で送ってもらった。遊んでくれた二人に手を振り、家に入った瞬間、脳みそが絞られてるのかと思ってしまうほどの痛みに襲われたのだ。玄関で歩けなくなってしまい、母の手を借り、やっとの思いで横になれた。痛みは徐々に引いていったものの、朝になっても完全にはなくならず、学校を休んだ。心配性の母と病院に行ったが、異常は見つからなかった。
「ゲームをしたんです。友達と。ゲームの中に入れるっていう。そこでは目が見えて」
「なるほどね。脳がかなり疲労してしまったのかもしれない。するなとは言わないけれど、ほどほどにね」
医者にゲームは禁止だと言われたらどうしようかと不安だった。またやりたかったし、自分のが欲しいとさえ思っているのに。
チャイムと同時に委員会が始まる。前には先生ではなく、男女の生徒が居るようだ。
「委員長を務めさせていただきます、三年一組の隅田潤と言います」
「副委員長の三年一組、加藤愛理です。よろしくお願いします」
委員長と副委員長だったのか。声からして、すごく真面目そうな人だ。制服も着崩さず、眼鏡をかけていて、いつも文庫本を抱えていそうな。想像をそれまで膨らませてから、偏見か、と考えを消した。
「図書委員に入ってくれてありがとうございます。読書がされない昨今ではありますが、この図書室の本を一冊でも多く手に取ってもらえるように、努力していきたいと思います。その一冊が、誰かの心を動かし、本業界を動かすかもしれません。では、ひとりずつ自己紹介をお願いします。三年生から」
一番右側の席から自己紹介が始まった。数えていると、三年生が長も含めて四人。二年生が八人。一年生が四人だった。部活か委員会か、どちらかを選べるからか、学年によってバラバラなのか。
「じゃあ、最後。そこの君」
いつになったら僕の番が、と思っていたところで、松浦さんに肩を突かれた。合図を理解し気を引き締める。
「一年三組、鳥山誠一郎です。お気づきかと思いますが、僕は目が見えません。読書はオーディブルで楽しんでいます。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、できることは精一杯しますので、どうぞよろしくお願いします」
パチパチとなんの変哲もない拍手をされた。
「ありがとう。では――」
何事もなかったように、次の議題へと移っていった。嬉しいような、さみしいような。こんなことを思うなんて、我ながら面倒な性格だなと思う。
図書委員の仕事は、主に図書室で行われる。貸し出しの受付はもちろん、本棚と本の管理。新しい本の陳列。そして、毎朝の新聞管理。見えなくても、練習し慣れれば何とかなりそうだ。
次に委員長の司会のもと、シフトが組まれていった。基本、同じクラスの松浦さんと一緒なので安心だ。
一か月間のシフトが黒板へと書かれていく。書いているのは加藤さんだろうか。ほとんどの教室がホワイトボードか、デジタルディスプレイなのに対し、図書室だけは黒板だ。心地の良いチョークが当たる音。コツコツと、音だけでも字が綺麗だとわかる。どんな顔をしているのだろう。
顔……?
思わずクスリと笑ってしまう。目が見えない世界で生きてきた長い時間。話している人がどんな顔だなんて考えたこともなかった。それなのに、ゲームの中で友達の顔を見てから、現実でも顔を気にするようになってしまった。良いことなのかそうでないのかはわからないけれど、一度のゲームで自分が変わってしまったことは事実だろう。
「では、シフトはこれで確定とさせていただきます。体調不良や、事情でやむおえない場合、個人で交代の手配をお願いします。しばらく、メモや写真を撮る時間を設けます」
はたしてどうやって覚えよう。念のためタブレットで写真を撮っておこうかと、鞄から取り出す。
「いいよ、鳥山くん。シフトの日は、私が、覚えておくから」
そうしてくれるとありがたい。その方が確実で、すっぽかすリスクが減りそうだ。無音の時間がしばらく続き、残りの時間、業務の具体的な方法を教えてもらった。
静かだった学校全体に、音が増えていくと感じる。徐々に委員会活動が終わっていったのだろう。僕たちも大体の業務を覚え、挨拶をして学校を後にする。
「鳥山くんの、家って、どこに、あるの?」
「えっとー……」
内ポケットに入れてあるカードケースを取り出した。そこには、緊急連絡先や、住所、かかりつけの病院の情報が乗っている。それを見せると、松浦さんは「あぁ」と声を出す。
「同じ、方角だね。今日は、迎え、あるの?」
僕は首を横に振った。
「今日は歩いて帰ろうかと思って」
「一緒、していい?」
胸の中に、なにかじんわりとしたものが沸き上がってくるのを感じた。
「え、良いの? 遠回りになったりしない?」
「大丈夫。鳥山くんひとりじゃ危ないし」
「そっ……か」
少し考えてから、答える。
「じゃあ、お願いします」