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少しばかりまずいことになったかもしれないと、頭を抱えた。昨日からうすうす気が付いてはいたものの、認めたくはなくて気のせいだと決めつけていた。一晩寝れば、少し休めば、そう思っていた。
「頭、いってぇ……」
頭痛に顔をしかめながらも、両親にバレてしまってはゲームをとめられてしまう。ひとまず学校には行かないと。気を引き締めて、キッチンに向かった。
「顔色、悪いけど、大丈夫?」
玄関を出て、松浦さんがいつものおはようの前にそう訊いてきた。僕は「えっ」と足を止める。
「そんなふうに見える?」
「うん、熱は……、ないみたいだけど」
松浦さんの小さな手が、僕のおでこに揺れた。
松浦さんでも気が付けた僕の変化。両親が気付かないわけがない。なんで、何も言わなかったのだろう……。とあいっても、家を出られた。後は学校で無難に過ごし、今日は早めに寝た方が良さそうだ。
登校し、体を動かしたためか、頭の痛さは治まるどころか、痛みが増していった。三時限目を終えるころには、限界に足しいていた。じっと座っているのもしんどくなり、耳に入るすべての音を消したいくらいだ。
「誠くん、保健室、連れていって、あげようか? 休んだほうがいいよ」
松浦さんがたまらず声をかけてきた。僕が頷くと、急ぎ足で、保健室に誘導してくれた。
けれどもタイミング悪く、ベッドに空きがなかったようだった。先生も見当たらない。
「職員室見てくるから座ってて!」
近くの椅子に僕を座らせた松浦さんは、すぐにドアを開けて出ていった。
一息に言葉を言う松浦さんが珍しい。頭は痛いのに、そんなふうに冷静に考えていた。
保健室は静かだった。それだけで、幾分かましになったように思える。時計の針の音さえ聞こえないが、少し耳をそばだてると、ベッドで横になっている誰かの息が聞こえた。消毒のにおいが微かに鼻をつく中、腕を伸ばしてみると、座っているのが長椅子であることがわかった。手で確認しながら、体を横に倒していく。おそらく三人くらいが掛けられる椅子なのだろう。足は当然はみ出るが、重たい頭を椅子に預けることができた。もうこれで良いと思った。自分の腕でアイマスクをして、闇に入っていく。
そういえば昨日はいろいろあったな、と思い出しかけたそのときに、保健室にだれかが入ってきた。それは二人のようで、先生と松浦さんだろう。意識を現実世界に戻そうか、このまましばらく闇の中にいようか迷う。ただ、腕を動かそうにも、声を出そうにも気力がわかない。ここが邪魔だと言われれば、なんとか体を叩き起こすが、このままで良いのなら動きたくない。
すぐに答えをくれたかのように、僕の体の上に毛布が掛けられた。
「私、戻るから。先生には、言っておくから」
そんな松浦さんの声を最後に、僕は暗闇に落ちていった。
昨日、初めて弓でモンスターを射抜いたとき、アイテムがたくさん貰えた。初回はたくさん貰えるのだとカイジュンが教えてくれた。
もうそろそろ時間だった。カイジュンにこれまでのお礼を伝えたとき、これまでとは違うカイジュンが現れた。
カイジュンの得意武器は短剣。日本の剣を両手に持ち、襲い掛かってきた。僕は訳がわからなくて、似たすら逃げ回った。だけど、エイデンを始めて数日の僕は、ベテランのカイジュンに勝てるはずもなかった。鋭い刃物がかすった肌は、痛くはないが熱を持ち動かしにくくなっていく。
「お願い、やめて!」
尻もちをついた僕が叫んでも、カイジュンは止まらなかった。カイジュンが武器の説明をしてくれたその通りに、すばしっこく目で追うのがやっとだった。走る速さも、反応の速度も、敵いっこない。
そんなとき、頭によぎったのが、「気を付けて」の言葉だった。あの言葉はこのことだったのか? カイジュンはこの世界で何かしら有名だったのではないか。もしそうなら、僕に抗う方法なんてない。
カイジュンを見ると、唇の片方を上げて笑っていた。そして言ったのだ、僕を襲う目的を。
「初心者が貰える初回アイテム。これが結構貴重でな。もちろん手に入らないって訳じゃない。ただ、時間がかかるんだ。だから俺はこうして、初心者から貰ってるってわけ」
カイジュンは心底楽しそうだった。
「すまんな。まぁ、いろいろと伝授してやった礼だったってくらいに思ってくれよ。もう会うこともないと思うけどな」
カイジュンが剣を構えた。カイジュンのスキルは何なのだろう。今まさに死んでしまうというのに、そんなことが頭に浮かんだ。
「緩殺」
カイジュンの言ったそれが、スキル名だと理解するのに、それほどかからなかった。
目を見開いた。耳の穴をかっぽじった。見ろ、カイジュンの音を。聞け、カイジュンの動きを。
「音視」
目の前のカイジュンに一点集中する。音はカイジュンからしか聞こえなくなる。音の波が、目に届いた。カイジュンの筋肉の動き、血液の流れまで見えるような気がした。足は左で踏み込んでくる。体をひねるようにして、剣を振るのか。カイジュンの動きよりも先に、音が僕に届いていた。
僕は矢を一本出して、地面に突き刺した。腰が抜け、尻もちを付いていた僕に、一点の重心ができる。腕に力を込めて一本の矢に、体を引き寄せる。腕は固定し、足で思いきり地面をける。跳ね上がる体のバランスを腕の力だけでとる。足元に、カイジュンの剣が空振る音がした。だが、矢は途中で折れ、僕はまた地面に転がる。でもカイジュンとの距離は取れた。カイジュンからもらった矢は三本。残りはあと一本だ。どうする、どうする。
弓を出している暇はない。カイジュンならこんな距離、空いていないに等しい。僕は必死に考えた。これまでカイジュンに教えてもらったものはなんだ。貰った武器は何がある。この世界にきて、自分がしてきたことを振り返った。何かないか、なにか使えるアイディアは。
アイテムボックスを開いた。そこにはカイジュンから貰った、初心者でも使える、武器が一通りそろっている。そして、さっきモンスターを倒したときにでたアイテムも。それらを手に入れたとき、また使うときにはどうやっていたか。
僕の頭に確証のない、いい案が浮かんだ。できるかどうかはわからないけれど、やられないために実行するしかなかった。そのために、音を見る。
カイジュンはすでに距離をつめようとしていた。足に力が入っていて、もうあとほんの一瞬で最高速度に達しようとしている。足は前に、腕は剣を振る音が見えていた。軌道も見える。今度は左手の剣で僕を狙っている。
「まだ」
「まだ」
「まだ」
アイテムボックスに目をやった。わずかなタイミングで、僕は盾を出した。
「いま!」
僕とカイジュンとの間に、盾が現れた。出した僕だって、この盾を扱うことは到底できない。でも、弓も矢も、倒したときに出てくるアイテムも、僕の目の前に現れていた。それなら、手に持つことはできなくても、目の前に盾が出現してくれるのではないかと思ったが。上手くいってくれた。
カイジュンは、盾に体全身を打ち付けた。視界一面に激しい音の波が広がっていく。僕はその盾をおもいっきり蹴り飛ばす。その反動を使って、さらにカイジュンとの距離を取った僕は、落ち着いて弓を引いた。空気を切りさく音を立てながらまっすぐに飛ぶ矢は、カイジュンの脳天を貫いた。




