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光の在り処は闇の中  作者: 結野セキ


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 エイデンにログインするときは、いつもドキドキとワクワクが交差していた。だからこそ、エイデンでも雨が降るのだとわかった今日は、少し落ち込んでしまった。

 いつもマイホームの簡素なベッドで目が覚める。ベッドから起き上がり、四歩ほど部屋を歩いて外に出る。振り返っても、建物がそこにあるわけではない。不思議だ。海くんの妹さんみたいな家を買うには、どれほどのお金が必要なのだろう。

 カイジュンとの集合場所は昨日教えてもらった、居酒屋だった。カイジュン的には、ここらで酒と飯が一番美味しいらしい。

 店に入ると、すぐに声がかかる。


「おーい、こっちこっち」


 食事を楽しんでいる客の視線も動かしてしまうほどの大きな声だった。僕は思わず、すみません、すみませんと頭をペコペコしながら、カイジュンに近付いた。


「なーにヘコヘコしてるんだよー」


 カイジュンは僕の頭を軽く小突いた。テーブルにあったのは大きなコップで、中には白い泡が浮かんでいた。それをカイジュンは一気に流し込むと「ぷはぁ!」と叫んだ。


「俺、リアルでは酒が飲めないんだけど、ここのなら酔わないし頭もいたくないし、そもそもアルコールでもないから、そういう気分が味わえるんだよな」


 その目はキラキラしていて、羨ましくなるほどだった。

 お酒か……。興味はあった。父もたまにだが飲んでいるところを聞いたことがある。


「味は、似てるの?」

「あぁ、味もアルコールの感じも似せてきてるな。でも酒じゃない。ノンアル飲料ともまた違うだろうし、なんなんだろうな」


 一息に言い切って、あははと笑う。飲んでみたいとは思うけれど、あの頭痛に苛まれる可能性もゼロではない。今日はもっとゲームがしたいし、やめておこう。

 カイジュンと店を出て、まずは初心者用の狩り場とやらに向かうことになった。


「気を付けて」

「えっ?」


 店の門をくぐった瞬間、誰かとすれ違った。なにか声をかけられた気がするが気のせい?

 振り返っても、誰かはわからなかった。何人ものプレイヤーが居るし、たくさんの会話も聞こえてくる。もしかしたらその中のひとつが僕の耳に入ったのかもしれない。


「おーい、早く来いよー」


 だいぶ先に行ってしまっているカイジュンに呼ばれた。片手を上げて、歩く速度を上げた。

 カイジュンが連れてきてくれたのは、何の変哲もない草むらだった。町から数分の場所なのに、海のかおりはしなかった。


「あんまり人、居ないんだね」

「初心者用だからな。最近は新規勢も減ったんだよ」

 カイジュンは寂しそうに言う。


 昔、父が仕事仲間に誘われてゴルフに行ったことがある。その日は母の予定も入っていて、小さかった僕は父に付いていくことになった。僕は近くで見ていただけだけれど、緑のにおいがしたし、鳥の声も聞けて嫌いな場所じゃなかった。そこに、見ず知らずのおじさんが、僕にゴルフのクラブを握らせてくれた。目が見えなくなって間もなかった僕は、戸惑いながらもボールがコツンと当たる感触を好きになった。おじさんが言ったゴールまで、僕はボールをコツコツとし続けた。最後に、コロンという音と共にゴールに入ると僕はとても喜んでいたらしい。そうしたらおじさんは、そのボールを謝りながら僕にくれた。「孫に教えるのが夢だったんだ」という言葉は今でも覚えている。だからきっと、どこの世界にも教えるのが好きで、新しく挑戦する人を応援したい人は居るのだろうと思う。カイジュンもきっとそうなのだろう。

 カイジュンは武器一式を僕に渡してくれた。


「えっ、貰って良いの?」

「あぁ、使わないしな。それに最初はいろんな種類の武器を使うのが俺はいいと思う」


 受け取った武器をアイテムボックスで見てみる。そこには五種の武器たちが並んできた。


「これは剣。一番オーソドックスで、一番人気だな。進めていけばもっとカッコいいのもあるし、盾と併用する剣もあるな」


 剣はカイジュンに貰ったのではなく、もともと持っていたものだ。全員に配られるのだろう。


「次に短剣。言葉通り短い剣。取り回しが良くて、キビキビ動きたい人におすすめかな。物によっては二つ握れるものもあるぞ」


 カイジュンは、短剣を二本持つスタイルがお気に入りらしい。青く輝く剣を僕に見せてくれた。とてもカッコいいけれど、まだ歩くのに慣れが必要な僕にとっては、使いにくいかもしれない。


「次は斧だな。斧といっても形はいろいろある。斧に見えないものもな。攻撃力は抜群だけれど、パワーがいるし取り回しも難しい。初心者が選ぶ人はすくないな。俺は好きだけど」


 カイジュンが次に出してきたのは、弓だった。


「後は弓系統。ボーガンを使ってる人も見かけるな。毒を使ったり、火矢を使ったりとアレンジが可能だな。なんと言っても射程が長い」


 カイジュンは試しに一本打って見せてくれた。小気味よい音を響かせながら見えないところまで飛んでいく。飛んでいった場所に視線を送り、地面に刺さった音がした。


「次に、魔法系統。杖を――」

「僕、弓を使ってみたい」


 カイジュンの言葉を遮り、そう言った。自分のアイテムボックスから、カイジュンから受け取った弓を取り出して装備する。すると、矢の数も表示されるようになった。カイジュンがしていたのを真似しながら矢をセットした。

 その瞬間に思い出したのはスキルの存在だった。


「音視」


 呟くと、目の前の広がる世界が変わった。もともと見える世界に、数多の線が現れたのだ。それらの線は小刻みに揺れている。ランダムのように見える揺れは、大きな揺れも小さな揺れもあった。もうわけがわからなくて、尻もちをついてしまう。


「どうした」


 カイジュンが近づいてくる。線が波のように揺れた。


「これは、音の波……」


 一度目を閉じて、息を整えた。長く吸った息を目を開けて吐いてみると、見えない空気の流れを音の波で見ることができた。


「やっぱり」


 声に出してみても、線が揺れる。

 音視というスキルを理解できた気がした。音は空気を揺らして伝わると習った。その揺れを、目で認識できるようになるようだ。けれども、だ。音はそこら中に存在している。目に見えない風や呼吸にだって音が出る。草が揺れたり、人が歩いたりしても音がする。それらすべてを可視化すると、いま僕の目の前に見えている現象になってしまう。


「目が回って、気持ち悪い……」

「大丈夫か?」


 大丈夫じゃない。目を開けるのが怖いくらいに、頭がクラクラする。

 状況を把握しきれていないカイジュンが僕の背中をさすった。僕が目頭を押さえながら説明すると、カイジュンは「そういうことか」と納得した様子だ。


「エイデンには無数のスキルがあるから、使い方も変わるんだよ。ギヴの音視も使い方があるのかも。ほとんどは意識の問題だな」


 意識、そういわれたところで、そうですかとできるわけがない。見ることがしばらくできなかったのだ。もともと見えないものを、ゲームで見えるようになったからと言って、意識だけでコントロールなんてできやしない。

 目をぎゅっと閉じていた。せっかく見える世界に居るにもかかわらず。闇の中が落ち着くと思ってしまう。貰ったスキルを変えることはできないのか。使わずにゲームを楽しむことはできないのか。

 どこかもわからない草むらのど真ん中で情けなく蹲っていると、ほんの小さな足音が聞こえた。草が動き、土が踏まれる音。それは人間のものではないとすぐにわかった。四本の足で歩いている音とリズムだったからだ。たぶんモンスターなのだろう。距離はかなりある。あっちも僕たちのことには気付いていないらしく、歩く速さは変わらない。

 持っていた矢をぎゅっと握る。これが白杖だったら、目を閉じながらでも、歩いて逃げられるのに。


「白杖……」


 リアル世界で、白杖は僕の目であり足であり手だ。体の一部として、使えている。それって、意識を集中しているからなのではないか?白杖の感触ひとつで、段差なのか、障害物なのか、下り坂か上り坂か。見なくたって理解できる。けれども、一度にすべてを理解する必要はない。知りたいことを、理解したい情報を選んで白杖を使える。僕の得たスキルもそうはできないだろうか。


「音視を体の一部にして、知りたい情報だけに集中する」


 手始めに、僕は遠くから聞こえるモンスターの足音に集中した。他の音はいらない。カイジュンの声。風の音。自分の鼓動。すべて今は除外しろ。見るべき物だけを、見ればいい。

 ゆっくりと目を開けた。耳をモンスターだけに、目をその音へ。

 しっかり見据えると、僕に見える景色はまるっきり別の物になっていた。草原の上、少し先から二体のモンスター。音の波紋と耳が拾う音。その二つの情報を重ねたら、モンスターが目の前にいるかのようにわかる。モンスターの筋肉を動かす音がする。息づかいも聞こえる。

 僕は弓に矢をセットした。カイジュンがやって見せてくれたように。体を固定する。狙いを定める。息を吐く。大丈夫、目の前の音の正体に放つだけだ。

 瞬間、風を上下に切り裂く高い音が、僕の耳に届いた。


「おい、まじかよ……」


 カイジュンの呆気にとられたような声だけが、この場に残った。

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