14
心臓から全身へと広がっていく興奮は、治まる気がしない。
風にあおられて、波となった海水が押し寄せている。壁に打ち叩かれ、しぶきが顔にかかっても気にしなかった。潮のにおいが、鼻孔をくすぐり肺いっぱいに満ちていく。
「これが、海!」
初めて見た海だった。ゲームの中だが、全身で海が感じられた。青く透き通った水。空と海がひっくり返ってもわからないくらい青い。
「ここが僕の本拠地」
時間も限られているため、最初の町からここ、アレクサ大灯台・ファロスまではゲートを通ってきた。許可書か、いつか手に入るアイテムがあればゲートを通れると説明された。
ゲートをぬけて目に入ったのは、天にまで登る灯台と、無限に広がる海だった。大灯台にも目を奪われたが、念願の海に度肝を抜かれたのだった。
いつまでも見ていられる海に背中を向けて、目的のギルドと呼ばれる建物に向かう。
町の中に入っても、潮のかおりは途切れることがなかった。流れる人々も後を絶たない。
エイデンを始めて間もないけれど、僕はこのゲームに出会えて本当に良かった。人々の笑顔が輝いている。聞こえてくる声が明るく、跳びはねて踊っているようだった。ひとりの人も居れば、何人ものグループで歩いている人も居る。どこに向かって、何をするのだろう。僕もはやく、この町の一員となりたい。
地図の通りに足を進めていくと、白い服を着た軍団が目に留まった。十人は居るだろうか。綺麗に整えられた三列で、道の真ん中を歩いている。全員フードを被っていて顔はよく見えないけれど、男の人も女の人も居た。
「ついに今日か」
「あの宣言の日から、もうそんなに」
「かなり準備してたみたいだからな。もしかしたら、もしかするかもしれない」
僕だけでなく、まわりの人もいつの間にか足をとめて、白い軍団を遠目で見ている。ここでは有名な人たちなのかな。目で追い続けていると、白い軍団は目の前にきて、止まることなく進んでいった。
「あの人たち、今から最終攻略に向かうんだってよ」
体がビクンと跳ねた。後ろから、それに耳元でいきなり話しかけてきたのだ。顔を向けると、ほそっこい男の人だった。腰にはぶっとい剣がぶら下がっている。
「あぁ、ごめん、ごめん」
悪びれることもなく、彼は頭をかいていた。
「初心者? 新規勢かなぁ」
返事をしようとするも、彼の言葉はやまなかった。
「今からギルドに行くんでしょ? 案内してあげるよ! ようこそ、灯の町ファロスへ」
彼は、僕の手を取って歩きだした。
「あ、え、えっと」
「俺は、カイジュン、よろしくな」
「えっと、僕は、せい――。ギヴ、です」
「ギヴ、いい名前だね。いま本名言おうとしたでしょ。まぁあるあるだけどねぇ」
カイジュンと名乗った男は、僕の腕をどんどん引っ張り、人の間をすり抜けながら突き進む。地図を確認してもギルドに言っていることは間違いなさそうだ。不思議な人だが、だだの優しい人なのだろうか。けれども、僕はなすすべもなく付いていくことしかできなかった。
こんなに早く歩いたのは初めてだった。足に疲労が感じられる。カイジュンは指を高く上げて言った。
「あれがギルド。アレクサ大灯台・ファロスのギルド本部だよ。これから何度も顔を出すことになるだろうから、覚えておいて」
カイジュンの指が指し示す方に目をやると、この町の威厳を示しているような建造物が視界いっぱいを埋め尽くした。
「あれが、ギルド」
高さは、アレクサ大灯台ほどではないが、文句なしに高い。あんな扉、誰が開けられるのかと思えるほど大きな入り口がある。素材は石だろうか。カイジュンの背中を負いながら外壁に触れてみる。それは硬く、爪を立てればボロボロになってしまうだろう。
中は吹き抜けていた。上まで見えないほどに。叫べばどんな声が返ってくるのだろうと、想像をかき立てられる。
「そんなに人は居ないんだね」
「まぁ、ファロス自体、人気な町ではないからな。それに、朝が一番混むし。今はみんなクエストクリア目指したり、ダンジョン探索したりしてるんだろうさ」
カイジュンは足を止めて言った。
「ここで登録をどうぞ」
指示通り、椅子に座る。目の前には、女の人がにこやかに座っている。僕は、持っていた所属証明書をその人に手渡した。
「お預かりします」
女の人の茶色い髪が揺れる。僕が持っているのとは少し違う、キーボードを慣れた手つきで叩いていた。その細い手に、首に、瞳に、目が奪われる。茶色を基調とした、制服だろうか。体の形がわかるほどにぴったりサイズなのに、上品に見えた。胸元にはブローチが輝いていた。
「これは?」
指をさすと、キーボードを打つ手を止めずに答えてくれる。
「これは、アレクサ大灯台・ファロスのブローチです。この地でお仕えさせていただく者にだけ、このブローチを付ける権利が与えられるんですよ」
とても似合っていた。ブローチが喜んでそこにいるように見える。こんな気持ちを言葉にしようとしたとき、手続きが終わったようだった。
「ギヴ様、おめでとうございます。今日付で、アレクサ大灯台・ファロスの住人として認められました。こちらをお受け取りください」
渡されたのは、鞄だった。持ってみるとかなり重く、チャリチャリとコインが重なっている。
「これから、アレクサ大灯台・ファロスの説明もさせていただきますが、よろしいですか?」
どうしたものか……。これまで、ストーリーをかなりスキップしてきた。時間的にはまだ大丈夫だったが、早く遊びたい気もする。すると、後ろから「俺が教えてやるよ」とカイジュンが言ってくれた。頷いて「スキップで」と答える。
「承知いたしました。では、アレクサ大灯台・ファロスを存分にお楽しみください。そして、いつの日かファロスを攻略し、全世界を支配する王が誕生することを願っています」
目指すのは、各エリアにある最終ダンジョン。僕だったら、まずはアレクサ大灯台・ファロス。そこを攻略すると、真のスキルが与えられ、他のエリアのダンジョンを攻略する権利が与えられる。
「でも、エイデンって発売されてけっこう時間たってるんでしょ? もう攻略されてるんじゃないの?」
カイジュンは首を横に振った。
「今、攻略されたエリアはたったひとつ。ヘリオス巨象・ロドーだけ。他はまだなんだけど、これはエイデンのある仕様が原因なんだ」
「仕様?」
「あぁ、ここエイデンはな。一度死んだら、初期スキル以外のステータスが、三分の一にまで減ってしまうペナルティがあるんだ。だからみんな攻略には慎重を規すってわけ。そりゃあ、攻略もそう簡単にはできないよな」
少し先を歩いていたカイジュンが、踵を返して僕を見た。
「それより、お前のスキル、何だった」
ギルドで貰った鞄の中をまさぐると、カイジュンが言うステータスカードに触れた。出してみると、僕のギヴという名前の下に、ステータスやスキルといった項目があるらしい。カイジュンに言われないと、読めなかったのだが。
「なんて書いてあるの?」
カイジュンがスキルの欄を一瞥して言う。
「音視、だな」




