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光の在り処は闇の中  作者: 結野セキ


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 父の「とりあえず三十分だけだぞ」という声を最後に、僕は手首に装着した装置のボタンを長く押した。どことなく緊張している自分がいる。またこの世界に入れるんだ。これから経験するゲームへの期待感が、僕の心臓を強く打ち鳴らした。

 どこか渦のような場所に入っていく音がして、目を開いた。


「あれ?」


 海くんの家でゲームをしたときは、すぐに見えていた。なのにいま目の前に広がるのは、まるでトンネルの中にいるような薄明かりだけだった。


「どうして」


 汗がにじんだ。あれだけお願いしたのに。もし見えなかったらどうしよう。音声が流れ始める。


「ようこそ。初めてのユーザーはユーザー登録をしてください」


 何も見えない。どうしたらよいのか。どこを操作すれば……。


「登録……、登録……」

「ユーザー登録。指示に従って、次の操作をしてください」


 機械的な声ではなかった。人間の声で、僕を落ち着かせてくれる。


「まずは視界の調整です。表示されるマークのピントが合うようにしてください」


 指示があり、目を凝らしてみる。そこにはうすぼんやりと、プラスのマークがあるようだった。そして、視界の端には、エレベーターの上か下かを選択するようなボタンがあり、右手で触れてみる。

 下、下、下。

 しばらく押すが、ぼやけていく一方で、今度は上を連続で押した。


「見える! 見えてきた!」


 しだいに、視界がはっきりしていくようだった。プラスのマークが、ぴったり重なり、マーク以外の景色も見えた。嬉しいのやら、安心やらで息切れをしてしまう。

 次に、視野の調整、色覚の調整が入った。すると、トンネルみたいな世界が、綺麗なライトアップされた世界へと変化した。

 聴覚、身体、触覚、嗅覚の設定も終わり、アカウント登録が始まる。だがここでまた躓いた。アナウンス説明が無くなったのだ。目の前には、文字が並んでいる。ひらがなは読めたが、漢字が読めない。想定していなかった事態だった。

 読めない漢字やカタカナの指示の下には箱があり、その下にキーボードが設置されている。何かを入力するのだろうが、何を書くのか。しかし、ここを突破しないとゲームはできない。時間だって限られている。守ると父との約束を初回で破ってしまっては、没収だってされかねない。

 ひとまず適当に文字を入れていく。

 初めは難なく突破できた。だが次から先に進めない。アルファベット、漢字、数字、カタカナ。どれを入れても拒否される。視界の左上には、時間が表示されている。入ったのが八時ちょうど。もう十五分が経過していた。悩んでいる暇はなかった。一度ゲームから出て、海くんに電話してみよう。そう決めてからの行動は迅速に遂行していく。あの時に電話番号を聞いて良かったと心から思う。


「もしもし、海くん」

「おぉ、どうした。その後、順調か」

「そのことなんだけど。漢字が読めなくて、アカウント登録ができないんだ。何を入れればいいのかわからなくて」

「あぁ、なるほどな。ちょっと待って。いま調べてやる」


 数十秒、数分が惜しい。

「お待たせ。最初は名前だな。次に、メールアドレスとパスワード。誠一郎のタブレットあるだろ。それのメールアドレス入れれば、リンク送られてくるから、そこ飛べば完了だ」

「わかった! やってみる」


 お礼を言うのも忘れたと、部屋に入ってから気が付いた。明日、直接言おう。

 すぐにゲームに戻って、海くんに教えてもらったとおりに入力していく。すると、またアナウンスが始まった。


「これですべての登録が完了しました。お疲れさまでした。これから、プロモーションビデオの再生が始まります。スキップしたい場合は、スキップと言ってください。次に――」

「スキップ!!!」


 目が覚めると、ベッドの上で。体を起こすと、目の前に鏡があった。鏡の横に、雲みたいなマークがある。触れてみる。


「自分の姿を見てみよう」


 鏡に映る自分の姿。白いシャツに紺色の半ズボン。腰には何かのケースがつけられていて、触ってみると短い剣が取り出せた。

 部屋を歩いてみる。移り変わる景色。狭い部屋でぐるぐる回る。耳からは、そのに居る人の声が、鮮明に聞こえた。

 頰に冷たい何かを感じた。目からこぼれる液体が、とめどなく流れ続ける。見える、見える、見える。

 視界の端にある現実世界の時間は、残り時間を三分と近いさせてくる。冒険をするまでは行けなかった。でも、十分に僕の心は満たされた。


「最後に」


 と、僕は部屋の窓を開けた。何か、食べ物のにおいが部屋いっぱいに満ちていった。活気という名の音を、体全身で感じた。人が動いている。走っている。笑ったり、焦ったりしている。人の感情が、この目で見てとれる。

「こんなにも、人が動いているなんて。僕はそんなことも忘れていたなんて」

 窓を閉めて、ゲームの世界に背を向けた。

 見えない世界が僕の世界だ。けれど、そんな暗闇の世界でも、小さな光があれば歩いて行ける。

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