第二報 憧れの人は今
僕とののかちゃんは駅前の喫茶店に入った。
「宏君、久しぶりだね。」
「うん、10年ぶりかな。」
「全然変わらなくてすぐわかったよ。」
「僕は全然わからなかったよ。でも、知っている人が居てよかったよ。僕さ、今日急に4月から大学変わるなんて言われてどうしようかと思ってたよ。」
「あはは、そうだね。私も林田先生が引退するなんて知らなかったよ。林田先生も水木先生も、研究内容は似たような感じだから大丈夫そうだけど。それにしても急すぎるよね、私たちのボス。」
「本当だよ。」
僕たちは、近況やお互いの研究室の状況などを報告し合った。
「私はね、修士終わったら就職するつもりなんだ。4月から就活だから、あまり研究室には居れないかも。」
「そうなんだ…それはちょっと心細いな。」
「宏君ならすぐに馴染めるよ。みんなイイコだから。」
「そうかな。僕拒まれているようにしか見えなかったけど。」
「そんなことないって!」
いや、あれはどうみても拒絶だった。
「みんな同じような研究してるんだから、研究で話し合えば大丈夫だよ。」
研究で話し合う…ほんとそれしかないか。僕だって遊びに来ているわけではないんだから。
「それでね、宏君、ちょっと話したいことがあって…みやちゃんのこと。」
みやちゃん。西野みやさん。ののかちゃんのお姉さんだ。
みやさんは僕が引っ越す直前の小4の時には中学2年生だった。頭が良くて有名な私立中に通っていて、長い黒髪をたなびかせて歩く姿は僕の憧れ、初恋だった。
「みやちゃんね、今、欅坂女子大に通ってるんだけど…」
「えっみやさんって卒業してないの?僕の4つくらい上だよね?」
「そうなんだけど実は…大学受験で失敗しちゃってからやる気がなくなっちゃったみたいで…今大学4年生で、一応林田研究室に所属してるんだ。」
「えっそうなの!?でも今日居なかったよね??」
「うん、みやちゃん、今年度も全然学校来てなくて…今年も留年しちゃって…」
「留年繰り返してるの?」
「うん。でももう来年8年生だから、卒業しないとやばくて。」
「そうだよ、今年卒業できないと放校じゃん!単位は大丈夫なの?」
「一応ちょっとずつ取ってるみたいで、あとは卒業研究だけなんだけど…。卒業研究するには研究室に出てきてもらわないといけないから…」
「そ、そうだね…」
あのみやさんがこんなことになっているなんて衝撃だった。
「本当はね、私が無理やり車に乗せて学校に連れていければいいんだけど、就活も始まっちゃうし。」
「そうだね…。」
「今、パパとママは九州に転勤になったから、私、みやちゃんと二人暮らししてるんだ。」
「そっか、ご両親はこの事知らないの?」
「パパも大学の頃は留年とかしてたみたいだから大したことないと思ってるんだよね。でもさすがに今年卒業できなかったら東京のアパートを引き払ってパパとママの所に行かないといけないみたい。」
「なるほど、じゃあ今年こそ卒業しないとやばいんだ。」
「うん、そうなんだよ。だからね、宏君、一回みやちゃんに会ってほしいの。」
「えっ僕が?」
「うん。宏君、みやちゃんに懐いてたでしょ?あの頃の輝かしいみやちゃんを思い出してもらえたらなーと思って。」
「僕の事なんて覚えてるかな?」
「覚えてるよ、宏君。宏君、有名だったんだよ?」
「えっ」
「家の前でみやちゃんに好きだーーー!結婚してくれーーー!って叫んでたよね?」
「!!!」
「宏君、みやちゃんに砂金取りで取った砂金を使って指輪作ってみやちゃんにあげてたよね?」
「そ、それは…」
「みやちゃん、宏君にもらったラブレター全部とってあるよ。」
「やめろーーー!!!」
僕の小学生時代の甘酸っぱい初恋の黒歴史だ。それを掘り返すのはずるいだろう。
「じゃあ、みやちゃんに会ってくれるよね?」
「わかったわかった。行くから。」
「やった!じゃあこれから行くよ!」
「えっ今から??」
喫茶店で早速会計を済まし、僕はののかちゃんについて西野家へ向かった。
西野家は大学から数駅、そこから商店街を抜けて歩いて15分ほどの住宅街にある。
僕が昔住んでいた場所だ。
「懐かしいね、変わらない。」
「でしょ?このあたり、何にも変わらないよ。」
閑静な住宅街、よくある二階建ての家。西野家もそんな家のひとつだ。
「さ、入って入って。」
僕はののかちゃんに引っ張られるように家に入った。
「おじゃまします…。」
家の中は静かだ。
「みやさん、いないんじゃない?」
「みやちゃんがこの時間に出かけてるはずないと思うんだよねー。夜のアニメの時間だから。」
「えっお邪魔していいの?」
「大丈夫大丈夫!」
ののかちゃんは元気にリビングのドアを開けた。
「みやちゃん!お客さんだよ!」
リビングは暗く、TVが輝いており、ソファーには毛布にくるまった何かがポテチをつまんでいるのが見える。
「みやちゃん、またヘッドホンしてる。ほら!お客さんだよ!」
「!!!」
ののかちゃんは素早く毛布からヘッドホンを取り出した。
「ちょっとののちゃん!」
「ほらみやちゃん、お客さん!」
毛布にくるまれた顔がこちらを見る。
「ヒィ!男!」
「あ、こんにちは。」
「ののちゃんの彼氏!!!」
「違うってば。」
「こんな!突然!!連絡!して!!」
「連絡してもこの時間ソシャゲとアニメの実況で忙しくて見ないじゃない。」
「そうだけど!!」
「お久しぶりです、みやさん。」
「誰!知らない!」
「みやちゃん、昔お向かいに住んでた宏君だよ。」
「!!ヒロ坊!」
「はい、覚えていてもらえて光栄です。」
「何々笑いに来たの!?ヒキニートでドン引きしちゃった?」
「いや、そういう訳ではなく…」
「ね、みやちゃん!来年からね、宏くん私たちの研究室に配属になったんだよ。」
「なんで!女子大なのに!?」
「それには深いわけがあるんだけど、とにかく!宏君いるから4月からは大学行くよ!」
「嫌じゃ!」
「嫌じゃない!!次留年したらおしまいだよ?」
「やーやー!歩くのやだー、電車やーやーなの!」
「なんと!4月から宏君が車で迎えに来てくれるそうです。」
「…なら大学行ってもいい。」
「なにそれ!僕初めて聞いたよののかちゃん!」
「いいでしょ、どうせ通り道なんだから。」
「そうだけど…。」
「なら決まりね!4月から朝迎えに来てね!」
「僕、朝は研究室でコーヒーを飲みながら論文を読みたいタイプなんだけど、朝早いけど大丈夫そう?」
「バカにしないで!朝起きるくらい大丈夫だから!」
「わかりました。…じゃあ4月1日、8時にお迎えに行きますね。」
「4月1日は私も一緒だから私も乗せていってもらうね♪2日から就活のセミナーが入ってるから、みやちゃんのことよろしくね★」
「うーん、なんだかなし崩しにとんでもないことが決まった気がする。」
「ちゃんとお礼はするからね♪」
ののかちゃんは僕にウインクした。
「ところでみやちゃん、いつまで毛布被ってるの?」
「人様に見せられる顔じゃない…」
みやちゃんは毛布をかぶったままリビングを出て自室あるの2階へ行ってしまった。
「ということで、4月からよろしくね、宏くん♪」
「なんかののかちゃん、すごいたくましくなったね、強引だよ…」
「いいからいいから♪みやちゃんが卒業出来たら、プレゼント、あげるから♪」
「もういいよ…わかったから…」
「あっママから電話だ!宏君またね!」
ののかちゃんに強引に家を出された。嵐のような時間だった。
「みやさん、ののかちゃん、変わりすぎだろ…」
ため息をつきつつ、西野家を離れ、僕は帰路についた。