そう来ましたか?
世間は既に春。
ゴールデンウィーク直前という事もあり、ここ渋谷では、春らしいファッションに身を包み女性達がそこかしらから楽しそうな笑い声を発している。
清水さんが指定した場所は渋谷駅前、しかもペッ○ー君がオーダーもこなし、頼んだものも届けに来るという変わったお店だ。
いかにも清水さんらしいトリッキーなお店のチョイスだ。
事前に清水さんは遅れるという連絡があったから、先にオーダーをしておこう。
小腹もすいているし、パンケーキとコーヒーのセットにしようと思い、目の前にいるペッ○ー君の操作をしていたら聞きなれた緩やかなしゃべり方の女性に話掛けられる。
「なんか鈴木さんがペッ○ー君と戯れているのウケる。」
「いや、戯れているわけではないですが、早かったですね?」
「うん、なんか面倒な会議だったのだけど、打ち合わせが入っているっていって出て来ちゃった。あははっ」
うん、まー彼女を知っている人間からするとなんら不思議ではないが、重要な会議ではなかった事を祈る。
「それにしてもペッ○ー君がテーブルに常設ってシュールな店、良く知ってましたね?」
「そうー?なんか土曜昼のテレビで放送していたから結構有名なんじゃない?」
「俺は知らなかったですよ。なんかパンケーキが美味しそうだったんで、それにコーヒーのセットにしましたが、まだ送信ボタン押してないので、清水さんどうしますか?」
「あーちょっとまだ決められないから、先に押しちゃってよいですよ。」
そう言われたので早々に送信ボタンを押してしまった。
清水さんは「美味しそー」といい、メニューを凝視している。
「私今日、お昼食べてないから、私ここでご飯食べちゃうねー」
「どうぞどうぞ」
決まってこの後、頼むメニューを迷い始めるのはいつも通りの流れだ。
5分くらい何か迷い続けて、結果として割と普通なクリームパスタで落ち着いたようだ。
「ちょっとうちの会社のマネージャーが、ネチョッとしてるのよね。」
唐突に話が始めった。
「どういうことです?」
「この前、制作部の飲み会があったのね?それで嫌だったんだけど参加したの」
「うんうん」
基本清水さんが飲み会に参加するというのは前職の時にはあまり聞かなかった話だ。
「それで、できる限りそのネチョッとしているマネージャーの高山さんっていうんだけど、高山さんに近づかないようにしていたのね?」
とりあえず、ペッ○ー君が飲み物を運んできたので相槌を打ちながら、二人のドリンクを受け取る。
「そしたら、私何もいってないのに、僕は清水さんみたいにヒットを出したことがないですからねって言いだすの?そんな事言われても反応に困るじゃない?」
「まー確かに。その高山さんって何やってた人です?」
「最近だと、俺の嫁候補が3人いる?とか、サバイバルダンスとか?」
「結構売れてるじゃないですか?」
「まーねーでも正直ケリー程は売れてないわけですよ」
まー確かにDVDの年間トップセールスで、アニメ業界をその年席巻したといっても過言ではないケリーと比べると、生半可なヒットではそうなるだろう。
「まーそうなりますね。でもわざわざそんな話、飲みの場とはいえ、しますかね?」
「だからなんかネッチョリしてるって言うの。もーさーそれでも私からすると上司だからそんな事ないですとか言って欲しかったんじゃない?いわなかったけど。あははっ。」
プロデューサーの世界は結局ヒットを出したかである程度主従関係は決まるようなところはある。
何を上司から言われても「あなたそれでヒット出しましたか?」という考えになるのだろう。
「ほんと、次もヒット出して、とやかく言われないようにしないと!」
言葉はやや乱暴だが、まープロデューサー業界でいったら正論だろう。
結局ヒットを出しているものが正義だ。
「あー来た来たお腹空いたからもうー食べよう!」
俺たちの頼んでいたメニューが到着した。
「それで本日はその高山さんの話以外に何かあるんでしょ?」
「あるある、でもちょっとまずはご飯食べさせて。マジでお腹空いてる」
OKと話すと、再び話題はその飲み会の話になった。
クリエイター気取りででもクリエイターになれていないプロデューサーの話や、ケリーが大好きだから話を聞かせてくれという女子社員が早速会社の人間の悪口を言い始めた件や、いつも親身に話を聞いてくれる部長と、その人のイエスマンになっている副部長など、清水さんの毒舌交じりの会社紹介はしばらく続いた。
「まーなんというかLUXとも違ってなかなか個性豊か?ですかね。」
「うーん、個性豊かというか、でも年齢高い人が多いから比較的落ち着いてる人が多いかも。」
「そうなんですね」
「うん、まー私もババアだから人の事いえないけど」
「肯定も否定もしないですよ」
「あははっそうでしたね。お腹も一杯になったから鈴木さんに例の作品の進捗を伝えて意見を聞こうと思って」
来た、思いのほか早い進捗だ。
清水さんはバックから1枚の企画書を取り出す。
その企画書には『HSC(仮)』と書かれていた。
これってなんの略ですか?
「あーそれはハイスクールクワイアの略です」
なるほど、そういう事か。
パージをめくると、監督『渡哲平』代表作:京都事変、うつけくん
「え!?監督渡さんってこのHSCのですか?へー2作とも作風違うけど面白しろかったですね」
「でしょー私もこの人と組むの初めてなんだけど、作品的には評価高くて、この前会ったんだけど、結構しっかり作ってくれそうな感じはするんだよね。」
ここら辺のクリエイターの件は俺はまったくわからない、だが次のシリーズ構成を見て一気に不安になる。
シリーズ構成『城山くりえ』代表作:京都事変、LALALA、とろんととろろ
「ねーこのシリーズ校正の人って、あの原作を壊すで有名は・・・。」
そういったところで清水さんが被せるて来た。
眼が笑っていない。
「違うの、くりえさんは結構プロデューサーの意向をくんでくれる人でね、それで無茶なオーダーも結構受けちゃうのよ、だからそういった評価もされてるけど、鈴木さんも良かったって言った京都事変はこの二人の共作だかなねー。しかも今回の作品って結構コメディ要素強い予定なんだけど、くりえさんはアニメ脚本以外にバラエティの経験もあるから結構そこが心強いの。そもそもなんだけどね、シリーズ校正で作品って決まらないから、結局監督とかプロデューサーがしっかり本読みで直してくからね。」
「でも清水さんの”狐常”って最後、良く分からなかったですよ」
狐常は清水さんがLUX入る前に手掛けたスマッシュヒット作で、途中まで非常に面白いのだが最後ちょっと良く分からなくなってしまうで有名な作品だ。
「違うのあれは、私は超忙しい時に堀内監督が勝手に決めちゃったの、でも今回はそれはないから平気!」
「ふーん、そうなのか・・・・なんだろうちょっと不安は残るのだけど」
「この二人は私はそこまで不安じゃないの、問題はそれに対応できる制作会社があてがえるかで」
制作会社:ソフティ(仮) 代表作:鬼龍院聖子の一生シリーズ
「ソフティ・・・あまり聞いた事ないですが、鬼龍院シリーズは観たことあります。めちゃくちゃ雰囲気ありますよね」
「そうそう、ちょっと制作費高いんだけど、ソフティの社長もほぼ内諾してもらってるからいけるかなって」
「それでは清水さん的には割と最強布陣で臨めると?」
「うん、そのはず。」
「ちなみに委員会ってどこと組むんです?」
「今回あんまり募らないかもしれないわ。テレビ局と代理店、あと数社かなー。結構うちが中心となったうごくっぽいから」
アニメ製作委員会、平均すると5社程度でアニメを創るために集まる企業の集まりだが、今回はそれだけ清水さんの会社”ユーティリティ”も本気らしい。
「なるほど、いよいよ動く感じになってきましたね」
「うん、ちなみにLUXって委員会に入ります?」
「それは興味深いですね、いつもはプロデューサー主体で委員会組成が始めるので国内ライセンス主体で委員会に参加すうのは面白い」
「うん、まぁ鈴木さんならそういうかなって思って。まだわからないけど委員会も組成はできてないから鈴木さんが入りたいなら調整しますよ」
これもまたとないチャンスかもしれない。
普段は待ちの姿勢の部署だから、出資も行えるようにするのは面白い。
「是非前向きに考えさせてください」
「OKー。」
「ちなみに、今回ってオリジナルじゃないですか?キャラクター原案ってどうなります?」
「うんー製作会社決まったところでクリエイター集めてコンペかなって思ってる」
「今の時代、結構重要ですよ、有名漫画家にキャラクター原案頼むことでそもそも注目浴びる事もできるかもですし。」
少し清水さんの顔が曇る。
「うーん、ちょっと今回は面倒な人を入れたくないのよね」
「でも今回男子キャラ中心なので、目の肥えた女子には・・・」
「私は巷に溢れているような感じのキラキラしたデザインは無理かなー。」
なるほど、もちろん最終的にプロデューサーの判断になるが、そうだった清水さんはこういう考え方の持ち主だった。かなり時代に逆行する懸念も残る。
不安そうな俺の顔を見てか、
「平気平気。私、この企画自身があるから!」
そう言って彼女はこの話を切り上げた。
次は進捗があったら連絡するとの話になった。
そこからは、またたわいのない話が続くのだった。
思えば、この時から少しづつ歯車はくるっていたのかもしれない。
いや結果論でいったら確実に狂い始めていたのだった。
誰にもばれませんように。
声掛かったら消すの忍びないなー。
備忘録替わりでもあるので。