9. "白服"は悪い奴か?
赤い輪から出ると、そこは洞窟みたいなジメジメした場所だった。ほの暗くて赤黒い空間の中は先がよく見えない。二羽と一人は互いにどこかを触れていなければ、てんでバラバラになってしまうだろう。ハナオカの肩にはカラス、着物の裾を掴むのはウサギである。一歩一歩前へ進んでいこうとするが、果たしてそれが本当に"前"なのかは分からない。
一体どこへ続いているのだろうか?
「もう帰りましょうよ。ここは何だか変ですよ」
ウサギのひそひそ声がやけに響く。
「うん」
ハナオカも戻ろうと思うのだが、なぜか足が止まらない。後ろを振り返るのが恐ろしいのである。出口がなくなった可能性を知ることが。
「ハナオカ様?」
ウサギがハナオカを見上げる。暗くて表情は見えない。
突然、ゴワンゴワンゴワンゴワンという腹の奥底を振動させるような重く低い機械音が空間に響き渡った。
「ひょっ!!
ハナオカ様、ハナオカ様! 早くここから出ましょうよ!
何だかひどくイヤーな予感がするんです」
「……うん、おれもそう思う」とカラス。カラスの足の爪がハナオカの肩にギュッと突き刺さる。
「痛いぞ、カラス! 爪が食い込んでるぞ、そんなに怖がるな(ハナオカ)」
「やいっ、怖がり屋のカラス! 臆病めぇ!(ウサギ)」
「そんなに引っ張ったら服がちぎれるぞ、ウサギ!(ハナオカ)」
「お前もだろうが(カラス)」
「ふんっ!(ウサギ)」
突然、前方から火の玉みたいな光がたくさん、ものすごいスピードで向かってきた!
「ヒエーッ!!!」
三人は慌てて後ろ(?)へ方向転換して走り出したが、火の玉の方が断然早く、三人の横目から遥か前方へ流れ去っていった。
「何だ?」
今度は大きすぎる岩が目の前に迫ってきたではないか。そして、耳がギンギンするような鋭い声が聞こえた。
「着陸を開始します。クルーは安全ベルトを着用して下さい」
女の人の冷たくて鋭い言葉だ。
「ちゃくりく?(ウサギ)」
「あんぜんべると?(カラス)」
二羽は互いに顔を見合わせた。途端に足元がガクガクし始め、ゴゴゴゴ、ガガガガと、ものすごい音がし始めた。
ウイン! ウイン! ウイン!
激しいサイレンが鳴り出し、赤い光がくるくる回り始めた。
なんだ! なんだ! なんだ!
「キケン! キケン! 衝突します! 速度を低下させて下さい!」
さっき見えた岩がもっと大きく見えた。
奥に誰かがいる。話し声が聞こえたからだ。よく見ると白い服を着た者たちが何体かいるのが見えた。
「どうしたらいいですか?!」
「焦るな!
……うん?
第3エンジンがまだローになってないぞ、タナカ! 全ブレーキを最大に逆噴射MAXだ、スズキ!」
「はいっ!!」
何か緊急事態が起こったらしく、白服たちは焦っている模様だ。
ハナオカは突然走り出した。そして、赤く点滅するボタンを押したのだ。なぜ彼がとっさにそのような行動を取ったのかは彼自身も分からなかった。
体が勝手に動いたのだった。
「自動運転解除します。手動操縦に切り替えました」
機械が喋った。
「おいっ!! 何をやってるんだ!! 手動になったじゃないか!!」
船体が大きく傾き、上下にガタガタ揺れだした。
ワァー!!!
ハナオカは近くの十字のハンドルを握った。目の前の大きな窓から黄土色の地面が見えた。さらに近づいていくと、地面から氷柱みたいな先の尖った岩が突き出ているのが分かった。それも長くて大きく、密集して生えている。
ぶつかったら大変だ。
ハナオカは器用にすれすれをよけて進んでいく。そして近くにあったレバーを手前に引っ張った。
「緊急停止装置作動!!」
船体の底にある着陸用車輪が出て、機体は障害物を避けながらも、速度を弱めて地面を転がり、静かに止まった。
ほっ……
ひとまず安心だ。が、白服たちはハナオカを取り囲んだ。
「お前は何者だ?」
白服の1人が腰につけていた白い武器をハナオカに向けた。
「やめろ! 相手はまだ子どもじゃないか」
明らかにリーダーらしい中年の白服がハナオカにゆっくり近づいてきた。
「君は名前をなんと言うか?」
「ハナオカ・リュウジン」
「ハナオカ? ……聞いたことのある名前だな」
しばらく考えていた男はふと思い出したように言った。
「ああ、分かったぞ。
ほら宇宙飛行士の華岡光一だよ。君はもしかして光一の子じゃないのか?
誰かに似ていると思ったんだ。そうだ、光一だよ。若い頃のあいつにそっくりだ」
ハナオカを見る目は輝いていた。すると、さっきハナオカに銃を構えた男がボソリと言った。
「変ですね……。
登録されている人以外がシャトルに入り込むことは不可能なんですけどね。それに、AI異常検出装置が反応しなかったというのも妙です……。後で確認しておきます」
「うむ、頼むよ」
中年男は向き直って言った。
「ダメじゃないか、勝手に入ってきたりして。君のお父さんに、この事はちゃんと報告しておくからな。シャトルは危ないんだから、黙って入ったらいけない。今度こんなことしたら、二度と乗せてもらえないぞ。分かったな?」
「……はい」
「でもまぁ、着陸は見事だったな」
「ホントねー」
女の白服が肩肘ついてうっとりとハナオカを見つめる。
「お父さんからよく教えてもらってるんだろう。その対応を見たら分かるよ。
君のお父さんは偉大な宇宙飛行士だよ。君もいつかはお父さんと同じ宇宙飛行士になるんだなぁ……。
遅くなったが、私はここの責任者、船内長のカネコ・ユウゾウだ。よろしくな」
船長はハナオカの頭に優しくポンと手を置いた。ハナオカのことをうっとり見つめている若い女が口を開いた。
「わたし、スズキ・ナオ。
わたし、華岡先生にビシバシ訓練受けたんだ。それはもうホント死ぬかと思うくらいきつかった(笑)。でも、そのお陰で今があるのよね。感謝してますよぉ。リュウジン君、よろしくねー」
「俺はタナカ・ハジメ。俺も君のお父さんから教えてもらったんだ。一癖も二癖もある人だけど良い先生だよ、華岡先生は。この仕事は確かに大変だけど、それを上回る素晴らしい経験をさせてもらったよ」
みんなハナオカを笑顔で見ている。
何のことだ……?
とりあえずうなずく。
「わたしはホンダ・ユリコと言います。よろしくお願いします」
「俺はカトウ・ススム。俺も先生から色々教わったよ。いい先生だったし、いい宇宙飛行士だったのに、宇宙飛行士を引退するなんてさぁ……」
「あいつは今も宇宙飛行士だよ」と船長。
「でも、先生と一緒に宇宙に行きたかった……」とナオ。
「そうだね。
事故があって、それ以来あいつは任務の最前線から退いて、指導者に徹したんだ。今は、"天の川銀河宇宙ステーション病院"に入院している」
「えっ?! そうなんですか?」
「ああ。実は私もこの事は最近知ったんだよ。ずいぶん前から入院しているらしい。
教えてくれないなんて、ひどいよな……」
船長は遠い過去を思い起こしていた。
「それで、先生そんなに悪いんですか?」
「詳しいことは分からないが、……あまり長くはないらしい」
「そっ、そんなっ!!」
その場にいた皆が顔を歪めた。
白服たちは、ハナオカに目もくれず、別の話に夢中になっていた。今のところ、白服たちは危険な奴らではなさそうだ。
ハナオカは、さっきから隠れてこっちを伺っているウサギとカラスに「だいじょうぶ」と目で合図した。
(省略しても問題ないが、一応彼らの会話をここに記録しておこう。)
「あの目の動きは……
えーとぉ、『タ・イ・ヘ・ン・ダ、早く助けに来い』かな?(ウサギ)」
「違うだろ?
それは右目ギュッとしてから左目パチリ、右目パチリ、両面開眼だ。
さっきのは右目パチリからの左目パチリだから……、
『大変だ、安心しろ』じゃないのか?(カラス)」
目の合図で会話できるように事前に打ち合わせておいたのだが、二羽ともすっかり忘れてしまったようだ。
「『大変だ、安心しろ』は明らかに変だよ。
やっぱり『大変だ、助けに来い』だよ(ウサギ)」
「そうカァー?」
ハナオカは5人の白服たちに囲まれて、どこかへ連れ去られようとしていた。
「本当に……タ・イ・ヘ・ン・ダァ!!」
ウサギとカラスは慌ててあとを追った。
本日のヒトコト担当の方は非常に高貴なお方です。作者は王宮殿にお招き頂きました。
【ストケラオ・スズキ王のヒトコト】
どうかな? 読者は増えたかね?(ええ、…まぁボチボチです…。)ボチボチ? わしの力で何とか増やしてやろうか?(いえいえ、恐れ多いので大丈夫です…。)ハナオカがいなくて寂しいかって? それは、我が息子のように大事に可愛がっていたからな。……ううっ。(余計なことを申してすみませんでした!)ハナオカはきっとやってくれるさ。
読者のみな、どうか、この物語の結末を見届けてやってくれ!褒美はたんと弾むぞ!
(残念ながら褒美は出ません。)(作者記)