42. 時間の行方
「我々は、イモムシ星の祭りに招かれているが、今はハナオカ少年を捜しに行くほうがいいのではないかと私は思う。みんなはどうかな。それぞれの意見を聞きたい」
船長はクルーたちを見回した後、まずハジメに意見を求めた。
「惑星探査の一環として祭りに参加することは、貴重な体験になるはずです。人類にこんな面白い惑星があるんだって教えてあげられますし。船長の言う通り、ハナオカ君のことは確かに心配ですが、彼は大丈夫ですよ。見た目は子どもだけど、責任感はあるし、なんたって生き抜く意志が強い。俺には分かるんです。そういうのが。彼が今頑張っているなら、俺たちも与えられた任務を果たすべきです。たった3日間の間だけですし」
ハジメの楽観的な言葉に、ススムは首をかしげた。
「本当に、ここに3日間もいる気か? 俺は船長と同意見だな。確かに、この星の "祭り" と呼ばれるものには大いに興味はあるよ。けど、今頃ハナオカ君が俺たちを探して、黒服の奴らに追いかけられてるかもしれないんだぞ。俺もホンダも、奴らの攻撃を受けた。電流を放つ触手を自在に操れる上に、光線銃で撃ちまくっても増殖するだけで、全く効き目がないんだ。いくらすごい石を持っているハナオカ君でも、一人で戦いぬくのは無理だ。
それに地球だって、いつ危険が及ぶか分からない。彼を救うことは、地球を守ることにも繋がると思うんだ。それこそが、俺たちの任務じゃないのかな。……ホンダはどう思う?」
「そうですね……。私たちは、ワープを使ってこっちに来ましたよね。ですから帰るためにも、まずワープを探す必要があると思うんです。それはハナオカ君を捜すことにも繋がるはずです。ワープを探しつつ、この星の調査も同時進行するのはどうでしょうか。……すみません、はっきりしない提案で」
ユリコは、そっとナオの顔を覗き込んだ。
「あたしもユリコと同意見。正直、帰れるあてがない中、今はどうすればいいのか分からないし……。でも、たった3日間で終わるなら、ワープを探しつつ調査をするのが、一石二鳥じゃないですか」
船長が、銀色に光った顎髭を撫でた。
「うむ……。その"3日間"が、我々の考えている3日間と同じならばな」
「……どういうことですか」
「みんな、時計を見てごらん」
クルーたちは各々、銀色の宇宙クロックバンドに目を落とした。
「この部屋に来たのは、何時頃だったかな? タナカ君?」
「えっと……。すみません。気にしていませんでした」
「では、カトウ君?」
「はい、11:35でした」
「では、現在は? タナカ君?」
「ええと……21:42です」
「つまり、我々がここへ来てから、約10時間が経過しているね。では今度は、あれを見てごらん」
船長が指差したのは、イモムシの形をした大きな掛け時計だった。しんと静まり返る中、一同は時計を見つめた。やがてしびれを切らしたハジメが叫んだ。
「船長! あれは壊れてますよ。長針が全く動いていませんから」
船長は、にやりと笑った。
「いや、壊れてなどいないんだ。長針は、ひどくゆっくりと動いているんだよ。私はここに座って、時計をじっと見ていたんだが、これまで、2時間分しか進んでいなかった。それに、外の様子も明るく、変化はまったく感じられない」
船長の言葉に、クルーたちの顔色が変わる。
「つまり、1日を24時間とする我々の10時間は、この星の2時間に相当する。つまり、イモムシたちの言う "3日間" をこの星で過ごせば、我々の時間では約2週間を消費することになるんだ」
「2週間も!!」
「そうだ。それで私は考えた。馬鹿正直に、3日間をここで過ごす必要はない。つまり、適当にやることに限ると」
「てきとう、ですか?」
「ああ。祭りが始まる前にハナオカ少年を捜し出し、ずらかればいい。2週間のうちにね。それでどうだろう?」
「なるほど~。さすが船長! ぜひ、ずらかりましょう~」
ナオが明るく声を上げた。
「でも、どうやって探すんですか? まずはワープを見つけなきゃですよね……」
と、ユリコが言いかけたその時、ススムが叫んだ。
「あれを見ろ!」
「おや、運は我々に味方してくれたよ。ワープがあんなところに!」
まるで誰かが、わざとそこに置いたように、ドア横の観葉植物の鉢の陰にワープがあったのだ。
(あまりにも出来すぎてはいないだろうか……?)
「わぁ! 場所がコロコロ変わるんですね。さっきは沼の中にあったのに!」
ワープの外縁では、白く細かい無数の石が猛スピードで回転している。
「……なんか、さっき見たのと、違うわね」
「確かに。シャトルで見たのは、緑色をしていたよな」
ナオとススムが、目を見合わせた。すると、「待ってました!」と言わんばかりのハジメが割って入った。
「ワープ、またの名を『ワームホール』** の開発は、現代科学では不可能だというのが定説さ。
ちなみにワームホールとは、時空のある一点と、別の点を結ぶトンネルのようなものだ。リンゴの表面を這うのではなく、虫が食った穴を通って反対側へ抜けるように。その方が断然早く目的地に着けるよね。ただし、その内部は潮汐力* が凄まじくて、通過する物体は素粒子レベルにまで粉砕されると考えられているんだ。そもそもワームホールは、安定的に存在すること自体が――」
ナオは「また始まった」という露骨な顔つきで、ため息をもらした。飽き飽きしているのは、ナオだけではなさそうだ。船長がハジメの講義を適当に受け取る。
「タナカ君のいう通りだ。人類はいまだワームホールを造り出せてはいない。
だが、我々にとっての100年が、別の星では1時間だとしたらどうかな? 100年分の文明の発達を、たったの1時間で成し遂げられる計算になる。と考えれば、我々の預かり知らぬところで、すでに別の人類が、ワームホールを作り上げている可能性は十分にあるだろう」
「なんか、恐ろしいですね」
ススムが身震いする。ハジメがまた口を開きかけた。
「確かにね。しかし、文明進化の過程におけるワームホールの存在意義は――」
「さあ! ワープの場所が変わる前に行きましょ」
ナオがハジメの話を遮り、スタスタと歩き出した。
「ちょっとぉ! まだ話、終わってないんだけど!」
不満げなハジメに、ユリコはため息混じりに、捨て台詞を一句。
「ハジメ先輩……。アウトですね」
「何が??」
「……そういうとこが、です」
ナオの気持ちが1ミリも分かっていないハジメであった。
(……作者はつくづく思う。ハジメは一度、高度な恋愛テクを誇る乙女座銀河団プロンスキア星へ星送りにして、女心というやつを一から叩き直してもらった方がいいのではないかと……。)
■ 潮汐力:
重力の差によって生じる、天体を引き伸ばしたり、変形させたりする力のこと。
☆身近な例(潮の満ち引き)
月が地球を引っ張る力の「差」によって、海面が月側と、その反対側で膨らみ、満潮と干潮が起こる。
地球に最も影響を与えるのは、月と太陽である。月は太陽より、はるかに質量が小さいものの、地球からの距離が非常に近いため、地球に及ぼす力は、太陽の約2倍ともいわれている。
(つまり、地球と月は切っても切れない、まさに、「蜜月関係」にあるのです!)
☆潮汐力が非常に強い場合
潮汐力が大きすぎると、天体そのものを破壊することがある。衛星や小惑星などの小さな天体が、惑星などの大きな天体に近づきすぎると、その天体の重力よりも強い(バラバラにするほど強い)力が生じることがある。この限界の距離を「ロッシュ限界」という。
土星の美しい輪も、実はこの力によって破壊された天体の残骸だという説もある。
■ ワームホール
現代の科学では、ワームホールには凄まじい潮汐力が働くため、近づく物体は木っ端微塵になり、通過不可能であると考えられている。
☆理論上の可能性
いまだ勿論SF上の話しに過ぎないが、かの有名な科学者、アルバート・アインシュタインの一般相対性理論の応用から、理論上可能だと示唆されているのは驚きである("アインシュタイン・ローゼンの橋"とも呼ばれている)。
☆開発の壁
強すぎる潮汐力のほか、形成維持のために必要な「負のエネルギー」をもつ物質が見つかっていないという点がある。宇宙には存在していないと言う見方もある。そのため、開発不能と考えられているのだ。
☆もしできたら?
人類が光より速く移動できるようになる! そうなると、ユリコ氏のように辺境のイモムシ星でさえも、瞬時に移動できるようになるというわけだ!(行きたいかどうかは別の話ですが……。)
参考資料: Newton別冊「ブラックホールとホワイトホール、ワームホール」より




