40. イモムシ星
船長が憔悴しきったススムを慰め、ハジメとナオが船内でユリコを探していた頃、当の本人は袖をまくって自ら緑沼の中に入り、漏れ出した穴を探している最中であった。
なぜ、イモムシたちに協力しているかというと、一つに彼らの仲間であることを行動で示せば、まずもって殺されたりはしないと考えてのことである。それと、もう一つ付け加えることがあるとするならば、イモムシたちが大変、気の毒に思えたからである。
話によると、大切な息子も行方不明になったうえに、彼らが最も大事に思っている行事が中止になるというではないか。
彼らはひどく焦り、困惑していた。イモムシ王でさえ、緑沼に入ろうとして、重臣に押しとどめられていたくらいなのだ。今や家臣たちを含めて、村の住人たち総出で、漏れた穴を探すのに奮闘していた。この状況で一人、安楽椅子に座っているわけにもいくまい。
下ばかり見ていたユリコは、腰に痛みを感じて、ふと顔を上げた。最初にやってきた時は気がつかなかったが、沼の底には、苔や海藻が繁茂していて、角の丸い淡い緑色の岩が辺りを覆っているのがわかった。水中から伸びた木々も、根元まで、すっかり露になっている。
ユリコは時々、苔むした岩に足を滑らせ、額に何度も垂れる汗を袖で拭いながら、何千匹ともつかぬ村人で探しても見つからぬ輪っかを探していた。岸から何百メートルも離れた沼と、海の境目のところで、船が一艘、立ち往生していた。そろそろ完全に、水が干上がってきているということなのだろうか。
ユリコがそんなことを考えていたその時だった――。沼の水位が、足首の方へとじわじわ上がってき出したのは。
「おっ! 水が戻り始めたぞ!」
ユリコの近くにいたイモムシが、甲高い叫び声を上げた。そうこうしているうちに、水量がぐんぐん増加し、表に露出していた海藻や岩も水中へ沈んでいった。川は勢いよく流れ、死んだように眠った滝も、ごうごうと唸りながら飛沫をあげるようになった。
皆が歓喜に沸いていた時、水位が戻ったとは露知らず、未だ捜索を続けていた臣下の一匹が、なにか異変に気付いた。バオバブの群生林の近くから、バシャバシャと、水を激しく叩く音がする。音のする方へ目を凝らしてみると、人間の姿をしたエイリアンが4体、水に溺れていたのだ。
「こっちに来てくれ! 誰かが溺れている!」
次々とイモムシたちが、「誰かが溺れている!」と連呼し、遠くユリコの方まで声が届いた。事態はすぐに飲み込めた。クルーのみんなが、ワープを使ってこっちに来たのだと。
「船長! ナオ、ハジメさん、ススムさん! みんな! ねえ、イモムシさん、彼らを助けてあげてください! 私の仲間なんです!」
イモムシ王はユリコの言葉を理解したのか、臣下たちに怒鳴った。
「早く助けてやれ! この方は、我々の恩人なのだ。我々のために血汗を流し、歯を食い縛って働いてくれた。この方が沼に入った途端、何が起こったか?! そうだ、水が元に戻り始めたのだ。これは奇跡である。この方は、我々の女神なのだ! 皆のもの! 一致協力して溺れている彼らを助けようぞ!」
臣下達は急いで、蔓性植物で四つ編みに編んだ長いロープを投げた。4人は必死にそれをつかみ、岸辺の方へ足を踏み出そうするが、粘性の高い沼のせいで足が取られ、なかなか進めない。
その様子を見ていたイモムシ達は、今度は互いの体を絡ませ合い、ロープのようになって沼へダイブした。ロープで4人をひとくくりにすると、陸側のイモムシ達がロープの先を引っ張った。
「ヤーレ! ソーレ!」
「頑張れー!」
「もっと、そっちを強く引っ張れ!」
「いや、そっちが強く引きすぎなんだ! それじゃ、彼らが回転してしまう」
王や村人たちも岸辺から応援をしたり、長く伸びたロープをつかんで、引っ張るのを手伝ったりした。こうしてクルーたちは、ようやく沼から救い出されたのだった。
「ユリコ!!」
陸に上がったナオは立ち上がると、すぐユリコのもとへ駆け寄った。
「ナオ!」
ナオの体からは、吐き気を催すくらいのひどい臭いがしたけれど、それはこっちも同じだろうと、口には出さない。
「会えて良かった!」
船長たちも近寄ってきた。ナオは、ユリコの頬を両手で優しく包み込むように触れ、鼻がくっつきそうなくらい顔を近寄せた。
「わたしも会いたかった! 一人で心細かったよね? 大丈夫だった? なにか、ひどいことされてない? 船に戻ったら、ユリコはいなくなってるし、ススムさんは死んだような顔をしているし、船じゅう、変な緑の液体で一杯で、もう、どうしようってなったんだよ! でも、ユリコが無事でいてくれて、ほんっと良かった!」
一息に言いきった。
「ワープの先に君がいるかもしれないと気付いてくれたのは、ホンダ君なんだよ」
船長は、ナオの肩ごしに笑った。
「イモムシぃ!?」
突然、ナオが金切り声を上げた。今になってようやく、この星の住民が、イモムシである事を知ったようだ。ナオは5秒くらい固まったあとで、黄色い声で叫んだ。
「わーー♡ あたし、イモムシ大好きなのよぉ! 緑のベタベタはキモいけどね。でもイモムシは大好きなのぉ!」
「はあ? どういう論理だよ。意味わかんないんだけど」
ハジメは、ナオのことがますます分からなくなっていた。しかし、そうは言いながらも、ナオの底無しの魅力にズブズブと、はまっていくのがわかった。
イモムシ王は、彼らの感動の再開を見届けると、ゆっくりユリコに近づき、こう言った。
「ユリコ殿。我々はこれで明日の祭りが無事に執り行えそうであります。ひとえに、あなた様のおかげです。それで、どうでしょう。そちらのご家来方も一緒に、明日からの3日間の祭りをご鑑賞なさるのは。我々は、明日には、一斉に休眠状態に入りますので、再び正式にご挨拶できるのは、3日後のストークス彗星来訪の時ではございますが、日付が変わるまでは、最大級のおもてなしを致す所存です。是非とも今宵は、イモムシ星の盛大な晩餐会をお楽しみください」
ユリコは、王の言葉をこうも、はっきりと理解できた訳ではなかった。しかし彼らはきっと、自分たちをこの星に温かく迎えてくれたのだと思えた。イモムシたちと肩を並べて、ワープの在りかを探したから。最終的にそれが見つからなかったとしても。
ユリコはクルーたちに、にっこり笑うと、これまでの経緯と、イモムシ達は悪い生き物ではないことを強調して話した。戸惑った顔をしたみんなの中で、一人ススムだけは、明らかに嫌な顔をしたが。
「どうしますか? 船長」
ハジメが尋ねると、船長は一つ大きく頷いて、
「彼らの招待に応じよう。ホンダ君はこの星の住民と接触し、短い間に、彼らとの友好関係を築いてくれた。彼らが我々を助けてくれたのがその証拠だよ」と言った。
イモムシ臣下の一匹が進み出、恭しく王に頭を下げた。
「王よ、宴の準備が整って御座います」
王は頭の角に被されたひときわ輝く、金と濃緑が混ざった王冠を尾の先端で勿体らしく触ると、
「そうか。では、皆様方はこちらへ」と言って、無数の手をむずむずさせてみせた。
「彼は何て言っているの?(ナオ)」
「こっちに来てくださいって。歓迎してくれているんですよ(ユリコ)」
「もしかして、俺たちを食べる気じゃないだろうな(ハジメ)」
「かもね(ススム)」
3人の会話を聞いていた船長は、
「ホンダ君。その根拠を教えてくれ」と、ユリコの目を真っ直ぐ見据えて尋ねた。不安を抱えているクルーがいる以上は、もう一度立ち止まって、皆で吟味する必要があると考えたのだ。
「彼らが笑顔だったからです。けして言葉が分かったからじゃないんですけど、感覚的に伝わってきたんです。曖昧で、不明瞭な感じじゃなくて、もっと、強く、はっきりと。私たちに対する優しい感情が」
「あのどこが笑顔なんだよ。ホンダ、イモムシに何かされたか?」
タナカは鼻で笑った。
「タナカ君。ホンダ君が真剣にこう言っているんだ。我々も本気で彼女の話を信じてみるべきじゃないだろうか。今では、彼女が我々の誰よりも、この星のことを一番よく知っているはずなのだから」
船長はユリコを信じていた。渋々顔のハジメとススム、そして終始、目がハートマークになっているナオは、王と並んで先頭を行くユリコのあとにつきながら、イモムシ星の晩餐会の会場へと足を踏み入れたのである。
本日もお疲れ様です。久し振りに、ひと言を書いてみる気になりましたので、ふた文だけお付き合い願います。
<作者のひと言>
ユリコはいつの間にか、ハナオカ君の石無しでも、イモムシ星のエイリアンたちの言葉がなんとなく分かるようになりました。作者が思うに、ここぞというような、例えば、一生に一度くらいの強い心意気さえ出せれば、多民族のヒトであろうと、他種のイキモノであろうと、神通力みたいな力で、通じ合えるのではなかろうかと……。(そうだといいのだが……。)
以上!




