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39. 緑沼の枯渇問題について



 さて、いったんイモムシ星に連れてこられたユリコに話を戻そう。


 ユリコは大きなイモムシ王に導かれ、(やかた)の廊下を歩いていた。天井や壁、床には大小様々な扉つきの窓があり、イモムシ臣下たちがそこから出入りをしている。廊下はまっすぐではなく、斜めになったかと思えば、突然ぐにゃりと曲がりくねる。ユリコは度々つまずいたり、窓から突然出てくるイモムシに驚いたりしながら、なんとかイモムシ王のあとについていった。王もそんなユリコのことを気にしてか否か、後ろを振り返り、無数の手をむずむずさせた。

 

 やがて王はひときわ大きい扉の前で立ち止まった。そこは王のスイートルームだった。部屋の中央には、巨大なレモンの木がそびえ立っていた。学校の体育館ほどある広さの空間に、1本の木がずしりと根を張っている。こんもりと茂った葉は天井にまで届き、床いっぱいに広がった根は大理石にめり込んでいる。土のない部屋で、どうやってここまで育つのかユリコには不思議だった。


 イモムシはたくさんの手で、レモンの木を示すと、ムズムズと身体をよじった。何か伝えたいことがあるようだ。


「ん? 何だろ?」


 ああ、こういう時にハナオカ君の石がないなんて……。なんとか自力で意志疎通をはからないと……。


 ユリコが必死に考えていると、イモムシ王の手が偶然、レモンの葉っぱに触れ、カサリと音を立てた。その瞬間、王は全身をさらに、むずむずっと震わせた。


「レモンの木……? レモン……レモン……。もしかして私の香水?」


 ユリコは普段からレモンの香りの香水をつけている。任務で張り詰めた気持ちをリフレッシュさせるために、香水をティッシュに含ませ、胸ポケットに忍ばせているのだ。


「そっか。私からレモンの匂いがしたから、ここへ連れてきたのね」


 アゲハ蝶はたしか、レモンなどの柑橘系の葉っぱが好きだったっけ……。


 ユリコの実家の庭には一本のレモンの木が植えてあった。けれど、毎年アゲハ蝶のイモムシに葉っぱを全て食べられ、実がなる前に、木がだめになったことを思い出した。


 大きなイモムシは、たくさんの手を動かしながら、ユリコに近づいてきた。


「えっ、何……? ご、ごめんなさい。残念だけど、レモンの葉は持ってないの」


 ユリコは両手を上げ、持っていないことを示した。


 すると――。


 イモムシ王の身体が緑色から赤へ変わり、頭から生えた3本の丸い角が、鋭い刃に変化した。口からは真っ赤な炎が噴き出し、お尻からは、(さそり)のようなトゲトゲの尻尾が生えた。明らかに怒っている。


「今度こそ、殺される!」


 身構えたその時、部屋の扉が激しく叩かれた。


 飛び込んできた臣下のイモムシが、緊急事態を告げるように頭の角を付き合わせている。イモムシ王はユリコを部屋に残したまま、急いで出ていってしまった。ユリコはしばらく、ぽかんとその場に立ちつくした。


 部屋を見回すと、天井や側面にチューブが張り巡らされ、レモンの木へと繋がっている。そうか。大理石でも木が生きられるのは、このチューブから栄養が送られているからなんだ。こんどは木の葉っぱに目を移すと、楕円形(だえんけい)の黄色い卵が、びっちり付いていた。ここから次世代のイモムシが大量に生まれるのだと思うと、身震いした。まさに、虫酸(むしず)が走るとはこの事だ。


 さっき部屋に来たイモムシ、なんだか焦っていたな。大きなイモムシが大事な部屋に私を置いて行ってしまうなんて、きっと余程の事が起きたんだ。


 ユリコの宇宙飛行士としての探究心がうずうずしだした。イモムシ王の後を追えば、何か分かるだろう。急いで後を追った。


 イモムシ館は、あらゆるところに穴が開いていて、無数の通路が複雑に交差している。ひとたび道を間違えば、二度と出てこられないであろう。けれど、こんなこともあろうかと、ユリコは連れられてこられたときの道順をしっかり覚えていた。


 館を出ると、イモムシたちは吊り橋に集まり、下を覗き込んでいる。ユリコも駆け寄って下を見ると、さっきまで勢いよく流れていた緑の粘液の川が、底がうすく見えている。滝も流れを止め、辺りはしんと静まり返っていた。イモムシたちは動揺しているらしかった。


(ここでは話の都合上、イモムシ語を日本語に訳して記述する。)


「なんてこった!! 我々の大切なエネルギー資源が、こんなに少なくなってしまったとは!!(イモムシ王)」


「漏れている箇所は見つかったか?(臣下A)」


「いいえ。早急に穴を探しているところです(臣下B)」


「何をぐずぐずしているのだ! あれほどの量の水が短時間のうちになくなってしまったのだから、穴はきっと大きいはずだ。すぐに見つかるだろうに!!」


 王はいきり立った。


「ええ。それが難航しておりまして(臣下A)」


「十分な量のイモムシエキスが作れなければ、千年に一度の "変態" の祭りに間に合わんではないか!あれがなければ、我々は、蝶にはなれぬのに!!」


 あの臭くて、ベトベトの液体から抽出したものが、イモムシエキスなのだ。千年に一度、イモムシたちは3日間の間、エキスを体に注入し続けながら眠る。その間、体はイモムシからサナギに、そして見事な蝶へと変化を遂げるのである。これぞ、"変態" の祭りなのだ。


 たった1日の間だけ、宝石のように煌めく美しい蝶となって、漆黒の宇宙へと羽ばたいていく。その光景は、イモムシ星をあれほど酷評していたエイリアンでさえ*、その美しさに感嘆の声をあげるのである。そして誰もいなくなったイモムシ星では、新たな世代が誕生するのだ。ユリコが見た、あの膨大な数の卵が一斉に孵化(ふか)し、次世代イモムシになるのである。


 ちなみに、その中で誰がイモムシ王となるかは、卵の時から決まっているそうである。現王は、次の王に代々受け継がれてきた大切なものを渡した後、王を含め現世代は全て死ぬのである。


 イモムシたちはこれから、3日間の休眠期に入る予定であったのだ。しかし、何らかの原因により、大事なイモムシエキスがほとんど底をついてしまった。何億光年も続くこの伝統的な祭りを一度も欠かしたことはない彼らにとって、途絶えさせてしまうということは、末代までの恥になるのである。


「ああっ……!! なんということだろう!! 我々は呪われているのではないだろうか?!


  数週間前には、我が一人息子が行方不明になったというのに――!!


 我々は、宇宙警察のうち三つの指に入るほどの敏腕警察、ルスファトス0028q銀河団警察** に捜査の全面協力を依頼したのに、今だに息子は見つかっていない!! 妻は悲しみでふさぎこんでいる……。


 そうかと思えば、これだ……。 この星の王統が途絶えてしまう上に、神聖な祭りもおじゃんになってしまったら……?!


 ……私は皆の前で切腹しよう」


「おー! 何てことだ!!」

「そんな……、王が死なれるときは、私も共に!!」

「私もご一緒します!!」


 イモムシの民は胸をうち叩いて嘆き悲しんだ。


 実をいうと、沼の水が減ったのは、ワープのせいだった。ユリコがイモムシ星に来たあと、ワープの場所が変わったのだ。それは、沼の底にあった――。


 ワープを通った緑の液体は、そのままシャトルへと流れ出した。黒服たちがシャトルを占拠し、ユリコを()流しにした後、大量に流れてきた緑の液体に触れて、次々と泡と消えてしまっていたのだ。だから、船長たちがシャトルに着いた頃には、黒服はすでにいなかったのである。


***


 船長たちがコントロール室に向かうと、そこにススムが一人ベトベトの床に座り込んでいた。


「ススム!! どうしたんだ! 何があったんだ?!」


「……俺は何をしてしまったのでしょう……」


「ねぇ! しっかりしてよ!」


 ススムには記憶がなかった。意識を取り戻したときには、部屋中謎の緑の液体で一杯で、ユリコもいなくなっていたのだ。


「ススム君、ゆっくり深呼吸してごらん」


 船長が優しくススムの背中をさすった。ススムはようやく落ち着きを取り戻した。


「……黒服たちがやってきて、自分は夢中で光線銃を撃ちまくっていました。それで……、その後はよく覚えていないんです……」


 ススムは肩を落とし、弱々しげな声で呟いた。


「そうか……」


「ああ……何てことだ! ユリコもいないし……。シャトルを守れなかった。仲間を守れなかった。俺は、本当に宇宙飛行士失格ですっ!!」


「落ち着きなさい。もう一度深呼吸してごらん」


 船長はススムの腫れた目が気になった。


「その目はどうした?」


「目? 別に何ともありません」


 しかしススムの右目は充血し、少し腫れていた。


「見え方は変わらないか?」


「はい」


「わかった。もし、体調に変化があったら、すぐに報告しなさい」


「了解です」


 ススムは大丈夫だと言うが、船長は心配だった。しかしクルーの2人が行方不明になっている以上、ここは前へ進むしかないと考えた。



 ハジメがコントロールルームへ入ってきた。


「船長! 部屋は全て探しましたが、ホンダの姿はありませんでした。どうしましょう?!」


 ハジメとナオは、船じゅうの部屋や、物置、トイレ全てを確認してユリコを探していたのである。


「あっ! ちょっと来て!!」


 ナオの声が廊下の奥から聞こえた。船長、ハジメ、ススムが急いで行くと、ナオはがらんとした部屋にいた。


「見て! これ、ユリコの」


 床には、ティッシュを丸めたものが一つ落ちていただけだった。


「これがなに? ただのごみじゃないか」


「匂い嗅いでみて。なんの匂い?」


 ハジメが拾って、恐る恐る鼻に近づけた。


「ん? レモンの匂い?」


「そう。ユリコの香水もレモンの香りなの。もしかすると、ユリコは私たちに手懸かりを教えてくれたのかもしれないわ。きっとこの部屋は、ユリコが最後にいた部屋なのよ」


「探偵か、君は」


 ハジメは笑ったが、すぐに、

「んー……、さっき俺が通ったとき、こんな部屋なんか無かったはずなんだけど……」と呟いた。


 それに呼応するように、ナオが言った。


「やっぱりこのシャトル、変よね。船長のいう、 "簡易式時空間移動ワープ" っていうのが本当にあったとしたら、ユリコはそれを使ってどこか別の星にいるのかもしれない……。そうだ、もう一度、無線試してみる」


 ナオは耳元のワイヤレス無線で呼び掛けたが、やはり返事はなかった。


「ハナオカ君は大丈夫だろうか……」


 船長は苦しい顔をした。


「あの子はきっと大丈夫ですよ。不思議な石を使えるんですから」とハジメが励ました。


「しかし……、私は、あの子を置いてくるべきではなかったと後悔している。今さらだが。あの子は、必ず探し出さなければいけない。なんとかして。そうしないと、私は華岡に申し訳が立たないよ」


 船長の顔は一段と強張(こわば)っていた。それに対してススムが言った。


「ハナオカ君と華岡先生とは、なんの関係もないですよね? 突然、時空間移動ワープかなんかで、俺たちのシャトルに迷い込んできただけですよね?」


「うむ……。確かにそうかもしれない。ただ、あの子は非常に、華岡によく似ているんだ。何もかもが」


 船長は月での事故のことで、華岡に強い罪悪感を持っていることは、クルーたちの目に明らかだった。


「もう一度、恐竜星を一周して、ハナオカ君を探してみませんか。それでも見つからなければ、今はとにかくホンダを探すことに集中しましょう」


 ハジメは船長に言った。こんな時は、副船長の自分がみんなを引っ張っていかなくてはいけないと感じたのだ。


「……そうだな」


 シャトルは低空飛行で、森や山肌、海の上をくまなく探したが、ハナオカどころか黒服たちさえ見つからなかった。


「どうしたらいいんだ……」


 船長は頭を抱えた。その時、船内の水かさがどんどん減ってきているのにナオが気がついた。


「この液体が吸い込まれていく所に、ワープがあるかもしれないわ」


「本当にワープがあるとすれば、だよ」


 ススムは自信無さげに言った。しかし、それはすぐに見つかった。


「あそこだ! 天井にあった。緑の輪っかだ!」


 ハジメは叫んだ。緑の液体が床から壁を伝い、天井に張り付いたワープへと吸い出されていたのである。


「不思議ねぇ~」


 ナオが感嘆の声を漏らした。


「あたしたちも、あのワープへ入ったら、ユリコのとこへ行けるかしら……」


「ナオ、正気か? 危険過ぎるだろ」


 ハジメは首を振った。


「いや。スズキ君の言うとおりかもしれない」


「船長!?」


「もう、今はハナオカ君もホンダ君もいない。このシャトルは何者かの侵入を受けてしまった。カトウ君もひどい目にあったんだ。このまま地球に帰還することは絶対にできない。となれば、もうやってみるしかないだろう。かなり無謀な事を言っているのは自分でもよく分かっている。これから、さらなる危険に君達を巻き込むことになると思う。それでも、付いてきてくれるか?」


「もちろんです。船長が望むなら、俺はどこでもついて行きます!」とハジメ。


「あたしもです!」とナオ。


「俺も連れて行ってください!」と、ススムは体をもたげて言った。


「君はまだ横になった方がいい。目の具合もあまり良さそうには見えないしな……」


「大丈夫です。行かせてください!」


 船長は明らかに賛成しかねる顔をしたが、ススムの気持ちを尊重することにした。


「分かった。みんなでホンダ君を探しに行こう」


 4人が恐る恐るワープに近づいていく。


「わー!!」

「きゃー!!」


 掃除機に吸い込まれるほこりのように、いとも簡単に宙を舞い、穴の中へ吸い込まれていった。


 そして彼らが出た先――それはあの緑沼の底であった。


<註釈>

*「その光景は、イモムシ星をあれほど酷評していたエイリアンでさえ……」


 イモムシ星は、全惑星中ワースト3に入るほどの不人気な星で有名である。衛生的な観点から、過去に何度も銀河宇宙局美化部門から衛生改善の勧告がなされている。しかし、イモムシ星はわが道を行くスタンスで全く聞き入れない。ついに宇宙局から公式な立ち入り検査が実施され、検査官たちがイモムシ星に送り込まれたが、次々と謎の体調不良で検査が続行不能となり、それからはなんとも言ってこなくなったそうだ。悪臭があまりにひどいのと、吐き気を催すほどの下品でグロテスクな物品がたくさんあるためだそうだ。


 しかし、そんな魅力度無しのイモムシ星ではあるが、千年に一度の大変態を遂げた蝶が、7色の光を自ら放ちながら、宇宙空間へと群れをなして飛び立つ様は、遠くの星からもよく見え、まさに宝石のきらめきのようだと、形容されるほどである。


 ちなみに、のちほど投稿予定の、『通りすがりの宇宙人に聞いた!! 惑星魅力度ランキング』にて、各星の紹介なども簡単にまとめています。ぜひ、そちらもよろしくお願いします!


**「宇宙警察のうち、三つ指に入る敏腕警察、ルスファトス0028q銀河団警察……」

 

 行方不明になったエイリアンや、銀河刑務所からの脱獄犯の捜査に役立つ、"宇宙監視システム(Ver7.0最新版AI)" を搭載したスーパーPCを保有しているほか、敏腕探偵を何人も抱える大きな組織の一つである。


 広い宇宙には、それぞれ近場の惑星を管轄する、"銀河警察"が配置されており、惑星警察で対処できなければ、基本的には銀河警察が担当することになる。それでも対応不可となれば、さらに上の管轄の銀河団警察に頼むことになる。銀河団警察は、各銀河をまとめる役割があり、より広い宇宙の警備に当たることができる。銀河団警察は、他の銀河団警察同士で情報共有ができるため、事実上宇宙の果てにいたるまで、網羅することができるという。あくまで計算上であるが。


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