4. お披露目の儀式
ハナオカは次の日から、王宮殿で仕える屈強な兵士たちとともに"爆発的身体改造"と称される過酷すぎる訓練を受けることになった。死の森と呼ばれるこの国屈指の深い森に一人にされ、虎やライオン、熊などの猛獣と戦い、山賊や謎の部族ともやりあって7日以内に森から脱出する訓練や、何百キロも山を越え谷を越えて、未知の洞窟や危険な吊り橋を通り、荒れた海を船で航行し、海賊とも決闘して、目的の地までたどり着けるかという訓練もあった。過酷な生存訓練に耐えられず逃げ出したり、命を落としたりする者も出た。ハナオカはどの訓練にも合格した。特に彼が一番得意とした訓練があった。それは剣術だった。彼の剣さばきは皆が拍子抜けするほどに上手く、対戦する相手を次々と打ち負かした。
ハナオカは入門初日からあらゆる厳しい訓練にも耐え、真面目に取り組み、少しずつ腕を上げていく様子に皆は感心した。特に集団で任務を遂行する訓練ではハナオカは、自分よりも大柄な男達をまとめ上げ、他のどの集団よりも早く達成させた。だからハナオカがいれば、集団はいつも一番になった。当初は彼の小柄な体型とその若さのせいで、馬鹿にしていた兵士達も、ハナオカの姿勢に見習うようになった。王もハナオカの成長ぶりを聞くと大いに喜んだ。
王へのお披露目の式典で、ハナオカの訓練の成果を発表することになった。この国で一番の剣術の名手である、オウ・ミヤマ・ケンゾとの対決が組まれた。どんなに剣術で得点を稼いできたハナオカでも、ケンゾの前では勝ち目はないだろうと皆は思っていた。ケンゾが女たちを両手に抱いて、酒を飲んでいる時も、ハナオカは対決の日まで一人、地道な訓練を怠らずに続けていた。
そして対決当日。王に仕える者達は自分たちの日々の成果を王にお披露目する最も大切な日がやってきた。
エキゾチックな音楽に合わせて見目麗しい女官たちが華麗に舞い踊る。様々な屋台が出て、美味そうなにおいが辺りに漂い始めると、屈強な兵士達はつられて屋台に並び始める。他国を回って面白おかしい芸をみせる者たちが皆を笑わせている。西方の国にいるとされる珍獣が檻の中にいる。人々は物珍しげにそれらの動物を観賞している。鼻の長い大きな動物や縞模様の大きな猫が、人間の指示を聞いて芸をしている。皆は拍手喝采だ。三年に一度の、王のお披露目の儀式は着々と進んでいく。
そして、ついに最後の演目。皆が心待ちにしていた対決の時間がやってきた。
華々しく舞台に飛び出してきたのは、この国一の剣の使い手オウ・ミヤマ・ケンゾだ。
「おー! いいぞー! ケンゾー! 我らのケンゾー!」
男も女も皆、舞台の周りに集まってきた。ケンゾは頭を振って叫んだ。
「俺は本気であの子どもとやるのか? 俺を誰だと思ってるのさ。 ケンゾ様だぞ? さあ、俺に賭ける者は手を上げよ!」
「おー!!」
群衆は皆、雄叫びを上げながら拳を天へ突き上げた。
「こんな余興を俺様がやるなんて。くそっ、さっさと片付けちまおう」
最初に仕掛けたのは、ケンゾだった。ハナオカに猛烈な勢いで突進してきた。破裂しそうなほどの筋肉を体じゅうにつけた大男が向かってきた。
ハナオカは空中に舞い上がりひらりとかわす。
もう一度、ケンゾがハナオカの背と同じくらいの刀を持ってハナオカ目掛けて走ってきた。
ハナオカは空中で高速回転して音を立てずに地面に降り立った。
ケンゾは一瞬ハナオカを見失った。
ハナオカはケンゾの盲点に入ったのだ。ハナオカが近くにいるのに気が付かない。
群衆は「そこだ! そこにいるぞ!」と指差して怒鳴った。ケンゾが振り向くが、ハナオカが再び瞬時に盲点に入る。
そしてハナオカは見事に、手にした剣をケンゾの目の前に振りかざした。
ケンゾはひぇっと驚いたが、すぐに立て直して剣を振るが空振りだ。
ハナオカはまた盲点に入った。
隙をみてケンゾの腹に回り込み、腹を一蹴りした。
「なんだ! こいつ! こちょこちょと動く厄介な奴だ!」
「何やってるんだ! 早く倒せ!」
群衆はヤジを飛ばす。
「少年よ、さっきからお前は逃げてばかりだ。弱い奴め。今度はお前からやったらどうだ。ああっ? できないんだろう?」
「そうだ! そうだ! やっつけちまえ!」
群衆が焚き付ける。
「皆の衆、焦るな焦るな。少年よ、そろそろお母ちゃんのとこへ帰ったらどうだ? お母ちゃんがおまんま炊いて帰りを首長くして待っているんじゃないのか?」
「うるさい……」
「ああっ? 聞こえねぇなぁ、それともお母ちゃんがいないのか? どうなんだ?」
「死んだんだ」
「おお、皆の者、聞いたか? 少年のお母ちゃんは死んだとさ。可哀想な子じゃないか! なあ?」
「こ・ろ・せ!!」
「お前の親父さんは元気かな? 今頃、イモムシみたいに布団にくるまった親父は、お前を探している頃じゃないのか?」
「こ・ろ・せ!!」
血走った目をした群衆が自分の衣服を引きちぎっては叫びだした。
「お母ちゃんはきっとお前のことを恥ずかしいと思うだろうなぁ? 俺にギタギタのメタメタにされて、くたばっちまうのを見て。親父さんもさぞ困ることだなぁ、お前も親父とおんなじイモムシみたいになっちまうんだ。みんなほんとは心の中で思ってるさ、お前なんか生まれなかったら良かったってね」
ハナオカはメラメラと胸の奥にたぎる炎が筋肉を肥大化させ、猛烈なエネルギーが体の奥深くから沸き上がってくるのを感じた。
今まで体感したことのない不思議な力。
暗闇に煌めく星々を見上げる時に感じるような体に染み渡る不思議な感覚に似ている。
ハナオカは剣を手に、ケンゾ目掛けて地面すれすれに走り出した。地面を蹴りだす足はダチョウのように強かった。
ケンゾの剣とハナオカの剣がかちあう時、緑の炎が燃え立った。
「ひえっ!」
ケンゾは圧倒されて、どんどん後ろへ押されていく。ハナオカは空中で回転しながら剣を高速で振るのも目に止まらぬ早さだ。
ケンゾは場内の隅にまで追いやられ、終に自慢の剣が折れてしまった。とどめの一振でケンゾの喉元に切っ先をつき立てた。
ケンゾは「ひぇー、やめてくれぇー、俺の負けだぁ」と泣いた。
群衆は興奮して、狂ったように口々に叫び始めた。
「殺せー! やっちまえー!」
「ハナオカー!! 殺せー!」
ハナオカの汗ばむ手に力が入る。
「そこまでじゃ!」
王の一声で皆は正気に戻った。披露宴はそのままお開きとなり、皆それぞれ帰路に着いた。
王の指示により、すぐに熱い風呂が用意された。ハナオカは家臣たちによって丁寧に体を洗われ、複数の薬草がブレンドされた風呂に入れられた。風呂を上がると、高価で良い匂いのする香油を体に塗られマッサージを受けた。ハナオカは自分の部屋へ帰って来ると、大きなベッドに倒れ込んだ。
トントントン。
王が扉から顔を出して言った。
「ハナオカ、休んでいるところすまんな。今日は素晴らしいものを見せてもらった。あれほどそなたの腕が良いとは、わしの期待以上であった。……いや、日々の訓練だけでは会得できない技術と凄みがあった……。やはりそなたは不思議な力を持つ選ばれし者かもしれない……」
「王よ、私はただの貧しい民の末孫です。全ては日々の訓練の賜物です」
「今日はゆっくりと休むと良い。良くやった」
王に褒められて嫌な気もしないが、特別嬉しくもなかった。親父は今頃布団の中で何を思っているだろうか。家族を捨てて王家に仕えるようになった俺を憎んでいるかもしれない。
お疲れさまでございます。今回は、剣の名手として名高い(ではなく、名高かった)ミヤマ・オウ・ケンゾさんです。
【ミヤマ・オウ・ケンゾのヒトコト】
ふんっ! 俺があいつに負けるはずはなかろう。大の大人が子ども相手に本気出したって、ねぇ、はしたないじゃないの。でしょ? 何? もう一度対決を組んでみたらって? 冗談じゃないのよ、まったく。…フンッ!
(あのケンゾでも腕を認めるくらいですから、やっぱり強かったハナオカさまでした)(作者記)