38. 月(ムーン)星人の思い出
「地球人が初めて月に来た日のことを、私は今でもはっきりと覚えているんです……」
ムーン星人はどこか遠い一点を見つめ、過ぎし日を愛おしむように言葉を続けた。
「あの日、彼らは大きな銀色の船に乗ってやって来ました。おそろいの白い不思議な格好で。私は物置小屋の影から彼らを見ていました。私も緊張していましたが、彼らも緊張していたようです。船の出口から顔を覗かせ、地面を見つめたまま、なかなか降りて来ないのです。しかしようやく一人目が、地面に足をつけた瞬間、その場がピカッと光りました。彼らは喜んでお互いに抱き合い、変な四角いものを辺りに向けてピカッとやりました。彼らは興奮していたんです。自分達の足跡までピカッとやるくらいですから。
その後も、地球人は何度も月へやって来ました。大きい地球人だったり、小さな地球人だったり、時には毛むくじゃらで、『ワンワン』と鳴く地球人を連れていたりしましたね。きっと地球人のペットかなにかだったのかもしれませんね。
それより、彼らを見て一番驚いたのは、ピカッと光る不思議で魅力的な "板" です」
「"板"?」
「ええ。最初はもっと大きくて箱みたいな形をしていたんですけど、それはどんどん薄くて小さいものになっていきました。彼らは薄い板をこうやって手で持って、それに向かってにっこり笑っているんです。たちまち、それがピカッと光りました。不思議ですね。私は岩影に隠れて、こっそり彼らの様子を見ていました。彼らはその四角い板を指先で、右から左へと、さっ、とやると、いろんな絵が現れたりするんです。彼らはそれを見て、互いに笑っていました。あるときは、板から色んな音がしたり、他の誰かと通信なんかしたりしていました。ねぇ、不思議な板でしょう?」
カラスは目が点になっていた。よっぽどその不思議な板に興味深々なのだ。
「地球人が高度な知能や技術をもったエイリアンであることは、昔から伝え聞いていましたから、私は子どもの頃から、地球人に憧れをもっていました。彼らのことをもっと、知りたかったんです。
彼らと話がしてみたいと。
でも家のおじいちゃんは、いつもこんな風に言っていました。
『地球人は恐ろしい。彼らは傲慢で野蛮な種族だ。自分たちの利益のためなら、星を破壊することもいとわない。土地の略奪やエイリアン同士の殺し合いも認めているようだ。自分たちの星が天然資源の豊富な星であることをいいことに、そこらじゅうを掘り返し、次々と環境を破壊してきた。その結果、たくさんの動植物が絶滅した。いつの日か地球の資源は完全に枯渇するだろう。そして、地球温暖化は手の施しようもないくらい進んでいく。季節の二極化が進み、毎日のように自然災害が世界中で発生し、戦争と飢饉と病気が人々を苦しめる。地球はもはや人が住めないところになるに違いない。けれど、彼らはそうなるまで決してやめない。彼らはそれを知っているにも関わらず、破壊をやめない。自分たちが生きている時には地球は滅びないとね。将来、自分の子孫たちが苦しむことを全く気にとめないのだ。
さらに、地球がだめになる日を見越して、引っ越し先の惑星まで探している始末だ。"第二の地球" とやらを探しに。こうして度々、月にやってくるのは、この星を乗っ取る気なのかもしれない。だからくれぐれも、地球人には近づくでないよ』と。
私は月を乗っ取ろうとするのは、黒服の奴らだけだと思っていました。その頃はまだ、私は子どもで、何でも興味をもつ年頃だったんです。あなた方もお分かりでしょう?」
「ちょっと待ってください。月って何でできているんですか*?」
カラスが質問した。
「はあ?」
(このとき一瞬、素に戻ったウサギの顔は、とてつもなく恐ろしかった……。過去一で。)
「ちょっとお~、カラスぅ~! なんで、こんなときに月が何でできてるかなんて聞くんだよぉ~。関係ないじゃんかぁ~」
(普段のウサギに戻ってくれてよかった……。話が脱線しただけでこれほど怒るとは……。)
「いやぁ~、この方が、人間が資源ほしさに月を乗っ取るかもって言う話をしたからさ。月にはどんなすごいお宝が眠ってるのかなぁって気になってよぉ!」
カラスは知的好奇心が爆発していたのである。
「お恥ずかしい話、実は私たちも月の成り立ちについては、よく分からないんです。けれど、とにかく、地球人は月をそれは魅力的に思っているんです。
それで話は戻りますが、地球人がやって来た日、彼らが乗ってきた船の窓からこっそり中を覗いたんです。地球人の乗り物は、本当に素晴らしく作られていました。我を忘れて見ていたら、なんと、彼らと目があってしまったんです」
「それで……!」
ウサギが目を輝かせて、続きを待っている。
「さあ、着きました。ここが我が家です。女房を呼んできますね。
おーい! 帰ったぞ!」
白い大きな布張りのテントが彼らの家らしかった。中へ入ると、奥から女のムーン星人が出てきた。白い絹のような髪を三つ編みにして、後ろへ長く垂らしている。家の中は月の光を分けた灯りで、白くきらきらしていた。
「まあっ! 初めまして。地球のお方。遠い長旅でしたでしょう。ゆっくりしていってくださいね」
奥さんは優しく笑った。
「妻も地球人に、一目会いたいと思っていたんですよ」
奥から走って出てきたのは、小さな子どものムーン星人だった。
「おとうちゃん! お帰り!」
「ただいま。今日も良い子にしていたか? お母ちゃんの言うことをちゃんと聞いていたか?」
「うん! 今日は、お母ちゃんとお皿を洗ったんだ! みんな流星群の煌めきみたいに、ピカピカにしたんだよ! こんど、みんなで餅つき大会をするから、お皿を綺麗にしたんだ! ねぇ、僕も出ていいでしょ?」
「もちろんだよ。よーく、頑張ったんだからな」
「わーい!!」
子どもの星人は、喜びの舞いを踊った。小さな蟹のはさみをカチカチいわせながら、ウサギのようにぴょんぴょん跳ねている。
カラスもウサギも、あっけらかんとした。
「ほらほら、お客様が困っているじゃないか。あっちで、遊んでおいで。さあ、もっと中へ入ってください。中は暖かいですよ」
「お邪魔します」
「します」
二羽は、ぶるぶるしながら中へ入った。月は寒いのである**。
テントの中は以外と広くて、中央に岩の暖炉があり、ゆらゆらと炎が燃えていた。暖かい巣穴を懐かしむくらいに居心地がよい部屋だった。
「素敵なおうちですね。我が家を思い出します」
カラスが羽を伸ばして言った。
「そう?気に入ってくれてよかったわ。今、温かい飲み物を出しますね」
奥さんはそう言うと、繊細な編み込みをした白いレースの暖簾をくぐり、台所へ入った。
「それで、どうなったんですか?人間と目があったとき!」
ウサギは、話の続きが知りたくて仕方がないようだ。
「落ち着けよ、ウサギ。みっともねーぞ」
カラスがいさめる。
「ハハハハ。いいんですよ。そうですね……、目と目があったとき、相手はそれは驚いた顔をして、飛び上がりましたよ。そして、椅子から大きく転げたんです。私もびっくりして、すぐ岩影に隠れました。
しばらくしてまた顔を上げると、なんと、船から一人、こっちへ近づいてくるではありませんか! しかも、あの、魅力的な板を持って! もしや、それを使って私を捕まえる気かもしれないと思いました」
父の武勇伝を誇らしげに聞いていた子どもが、しばしばカラスとウサギを向いては、『どうだ、僕の父ちゃんは、すごいだろ?』と言わんばかりの、どや顔を見せた。
「でもその人は、ゆっくり近づいて、その魅力的な板をこちらに向けて、ピカッとやっただけだったんです。その光は最初に見たときと同じで、どの星明かりとも、太陽の光とも違っていました。不思議な光でした。
私はその光に魅了されて、近づいていったんです。それに、彼らは私に手招きさえしていたんです。怖いという気持ちはありませんでした。私の直感は大丈夫だと言っていました。それで彼らに付いていきました。
彼らの船に入ると、そこは意外と狭いところでした。私はそれより、持っている板を見せてほしいと言いました。彼らは板をこう、手で、すっとやって、いろんな絵を見せてくれました。すぐに地球の絵だと分かりました。自分達の星の様子を教えてくれていたんです。
地球の様子は、月から見ている以上に素晴らしい所でした。海や山、川、青空、虹、色とりどりの草花、エイリアンも多種多様です。そしてみんな仲良しです。
私たちムーン星人も、平和を愛する民ですが、他のエイリアンとは一緒に住んだりしません。平和と安寧のためです。そうは言っても、中には常に戦いあっている星もあるんですけどね」
ムーン星人は子どもの頭に優しく手を置いて言った。
「それって、例えばどんな星ですか?」
カラスがまた質問した……。ウサギのイライラバロメーターはすでに故障寸前である。
「例えば、木星人。ただでさえ、あの星は危険ですが、あそこに住む木星人は、もっと恐ろしいんです。冥王星に次いで二番目に、"非友好星" として認定された星で、宇宙界では断絶されたも同然です。
それと、乙女座銀河団のプロンスキア星人も、ある意味で恐ろしいです。ある星の大統領はドスケベなエイリアンでした。それで、彼がプロンスキア星人との外交を重ねるうちに、心を奪われ骨抜きにされてしまったんです。その結果、星ごとプロンスキア星に割譲することになってしまったんです。そこに住む住民はプロキア星人の奴隷になってしまったんです。ひどい話でしょう?」
「良い人たちが住んでいる星はありますか?」
カラスが興味津々で聞いた。ウサギはカラスを睨んだだけで、今度は何も言わなかった。(成長したなぁ……ウサギ。)
「そうですね……。やはり、海王星人ですね。彼らは人情が深くて、頼りがいもあるし、男気がある。ただ彼らは嘘や裏切り、弱虫が大嫌いなんです。だから彼らと友達になりたければ、嘘や弱音を吐くことは厳禁です。彼らを怒らせると、それは怖いんですよ。武術もさることながら、皆団結し、命を懸けて星と仲間を守ろうとするからです。
まあ、要はいい人達なんです。それでも、彼らの星でも他のエイリアンが同士が一緒に住むことはありませんね。普通、ひとつの星に一つの民族ですから。異なる種類が、共存できている星は地球しかないのですよ。これは、本当にスゴいことなんです。地球人の文明が進んでいるのも納得です。その魅力的な板がその証拠です」
「もしかして、これのこと?」
ウサギが縞々のパンツの中から取り出したのは、スマホだった。
「おい! どこからそれを持ってきた?!」
カラスは怒鳴った。
「ねえ、そんなに大きな声を出さないでよ。……あのね、カラスが金庫の暗号を解いてる時、吾輩はとっても退屈してたの。それで、ユリコ殿とおしゃべりしようと思って、コントロールルームに行ったんだ。そしたら、ススムのお尻のポケットから、これが見えたの。何だろうって思って、早速頂戴してきたの」
「だめだろ、勝手に持ってきちゃ!」
「そうです! そうです! これです!」
奥さんも子どもも、スマホに夢中だ。
「これが、地球人の文明なのですね!」
「もしや、あなた方はこれを使えるのですね!」
「ええと……、使い方は……どこを押すんだっけ? あの……、実は、我輩たちも初めて見たんです……」
「なんと!! 地球のお方でも、わからない方がいるのですね!」
恥ずかしすぎた……。
「すみません……。こんど、聞いておきます……」
「お気になさらないで」
夫と奥さんは努めて冷静だったが、子どもは思いっきり、がっかりした顔をした。
「エーー!! そんなのもわからないのぉー? 地球人なのにぃ?」
二羽はできることなら、土の奥深くに埋もれてしまいたいと思った。
「こら、こら。わがまま言わないのよ。今度見せてもらえばいいじゃないの。それより、お前が大好きな、月光茶ができましたよ。地球のお方も、初めてでしょう。お口に合うといいのですけど」
奥さん自家製の月光茶。
月の地下で栽培されている月光草をすり潰し、太陽の光を数秒当て、白い液体にする。その液体に結晶化した月の岩石をすりつぶして混ぜる。最後に黄金にきらめく月の粉を振りかけて完成だ。黄色っぽくて、とろとろした甘いスープである。
二羽は恐る恐る月光茶を飲んだ。
「うわぁ~! おいし~! これが、月光茶ですね」
「よかったわ。気に入って下さって」
「さて、続きをお話しますよ」
「よっ! 待ってましたっ!」
お疲れ様です。本日の一言は、ムーン星人の奥様と息子さんからの一言です。
奥さん:みなさん、こんにちは。わたくしたち、ムーン星人は地球のお方を尊敬しております。つい先日も、夫がインタビューを受けまして、それはもう、大喜びをしております。さらに、わたくしたちにまで、インタビューの機会を頂けるなんて、光栄の極みにございます。ムーン星人の主婦たちは、夫達が護衛の仕事にでているときは、家事で忙しくしております。護衛の方たちの食事を作ったり、洋服を繕ったり、護衛に必要な武具や装備品などを作製したりもします。夫も仕事は大変だとは思いますけど、休みの日くらいは家事を手伝ってほしいですね。ごろごろされては、イラっとくることはありますね。地球のお方もそうでございますか?
作者: どの星の奥さんも大変なんですね…。では、こんどは息子さん、よろしくお願いいたします!
息子さん:こんにちは! 父ちゃんも母ちゃんも働き者なんだ。僕も一杯食べて寝て、遊んで、大きくなって、父ちゃんみたいに立派に護衛の仕事をするんだ! あのね、月名物、餅つき大会に僕も参加したんだ! "月見大福"なるものが地球にもあるって本当? それは、僕たちが最初に作ったんだよ! ほんとだよ!えっへん!
学校の宿題で月の特徴について調べたから、下にまとめてみたよ!
○月の特徴
*「月は寒いのである」…ほとんど大気がないため、昼夜の温度差が激しすぎる。月の赤道付近では昼は110℃、夜は-170℃と、その差は200℃以上もある。
・地球から見えている月は、「表側」。裏側は隕石の衝突でできたクレーターがたくさんあり、表と裏側で月の表情が全く違う。ちなみに、地球から月をみた時、いつも同じ表側しか見えない。なぜなら、公転と自転の周期が同じであるためだ。
**「月って何でできてるの?」…中心部分のコア(金属)とその周りを包むマントルであると考えられているが、詳しいことはわからない。
お二人とも! インタビューありがとうございました!(作者記)JAXAホームページより参考。




