表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/44

33. ブラック企業潜入(3)

 蟹男の後をとぼとぼ付いていくイモムシと、堂々とした足取りで一歩前を進む半馬の青年。イモムシの少年は、ハナオカの方を何度も振り返っては、なんとも悲しそうな顔をした。


「恐怖の暗黒部屋とはなんだ? 彼らはこれからどうなる?」


 ハナオカはそんな二人が気になって仕方がなかった。しかし、男は無表情のままで言った。


「ハナオカ君。そんなことを気にする必要はない。これは、この会社のルールなんだ。ルールは大切なんだよ。それに従わない従業員に対して、それなりの罰が必要なんだ。なんでもござれじゃ、他の従業員に対して、示しがつかないだろう?」


「だからって、あんな……」


「そんなことより、ハナオカ君。まだまだ君に、見せたいものがあるんだよ。付いてきたまえ」


 目の前には、高いコンクリートの壁があった。どこにも扉はない。男は壁に静かに手を触れると、ボッと音がして、壁が透明になった。そして目の前に部屋が現れた。


 薄暗くてたくさんの赤い豆電球が天井からぶら下がっていた。赤い光がちらちらする室内には、液体がたっぷり入った大きな水槽(すいそう)がずらりと並んでいた。暗い通路を進んでいくと、各水槽の中に人間の形をした異常に大きな黒い怪物が一体ずつ入っているのが見えた。怪物は目をつむったまま、先端がおしゃぶりのようになっているチューブをくわえて、浮かんでいる。


 その時突然、恐ろしい叫び声が部屋中に響き渡った。


「アギャーー!!」


 怪物が誕生した瞬間だ。


 白衣を着た女のエイリアンたちが数人がかりで、一体の怪物を水槽から引き揚げた。打ち上げられた魚のごとく、それは目を見開き、口をぱかぱかさせ苦しそうに息をしている。聴診器を怪物の胸に当て書類に記録を取っていた白衣の女が、別の白衣に「早くあれを持ってきて」と指示をした。紫色の液体が入った注射器を持ってきた白衣は、怪物の分厚い唇をなんとか開けて与え出した。怪物は、「まんま、まんま、まんま」と言いながら、夢中で吸い付いた。


 見た目は醜く恐ろしい。しかし、与えられた命を今、懸命に生きようとしているのが伝わってくる。


 ここのブロック長である、白衣姿のエイリアンが、コツコツとヒールのひときわ鋭い音をさせて二人に近づいてきた。


 20cmくらいはある高いピンヒールを履いた女のエイリアンは、かの有名な乙女座(おとめざ)銀河団プロンスキア星のミス・ジュリアンヌ・リーンである。腰まで届く艶やかな黒髪を下ろし、前を開けた白衣の下には、露出度の高い真っ赤なドレスを着ている。小さな顔から伸びた長すぎる首が、ハナオカを見下ろしていた。吸い込まれるような大きな目をぱっちりさせ、ハナオカを見た。ぷっくりとした赤い唇に笑みを浮かべると、チャームポイントである、片えくぼができる。


 彼女はエイリアンの中でも、かなりの美女であるに違いなかった。"宇宙の三大美女惑星" と言えば、一つにこの、"乙女座銀河団プロンスキア星" が入るだろう。男がいない星も珍しいが、もっとも、美女しかいない星も珍しい。


 このブロックは彼女らの領域であった。水槽で恐ろしい怪物を作り出し、成長させるのが仕事である。水槽の温度を管理して、書類に記載したり、怪物の成長具合に応じて、酸素供給量や栄養剤を調整したりするのだ。


 水槽がある部屋の隣の部屋は、大きくなった怪物たちが飼育されているゾーンである。ハナオカは背伸びをして、ガラス窓から部屋の様子をうかがった。ふかふかの絨毯の上を怪物がはいはいしている。白衣の女の手をつかみながら、危なっかしそうによちよち歩く怪物も見えた。その時、中からチリンチリンと鈴の音が鳴った。すると白衣の女たちは、奥から鉄格子を持ってきた。中には、小さなエイリアンたちがキツキツに詰め込まれている。ここでの食事はチューブではなく、生き餌が与えられるのだ。怪物は逃げ惑うエイリアンを追いかけ噛みついたり、はいはいしながら大きな手で踏み潰して食べていたのだ。


「なんていう所なんだ……」


 ハナオカが唖然とした。そうして、くるりとまた暗い通路を歩きだした時、ある水槽の奥に銀の台車が無造作に置いてあるのに目が止まった。


 車の上に載っていたのは、1体の怪物だった。生まれてからそれほど時間は経っていないのだろう。体表面はまだヌメヌメとしていたし、まだ口からはスースーという小さな呼吸音がしていたからだ。だが呼吸も次第に弱々しくなり、ついにピクリとも動かなくなった。実験で失敗したであろう怪物の死骸(しがい)なのだ。


 すべての女研究員が、ピンヒールを履いて一斉に歩き回っているせいで、部屋中がコツコツとうるさく響く。


「やぁ、リーン。仕事は、はかどっているか?」


「はぁい、ボス。順調よ。あら? この子はだあれ?」


 リーンは、(なまめ)かしい手つきでハナオカを指差した。細くて長い指先に、真っ赤な血の色の鋭い爪が付いていた。その爪でハナオカの顎をくいっと上げた。そして大きな目でウインクした。


「あ~ら、可愛らしい子じゃないの」


 リーンの目から出た、見えない力が、ハナオカの目を通って、文字通り心臓をわしづかみにした。


「し…心臓が……。うっ、う……」


 胸がきゅうっとなり、うまく息が吸えない。


「リーン、駄目だよ。この子は、僕の大切なお客さんなんだ。手を出すのは僕だけにしてよ」


 黒男はリーンの細い顎を自分の方へ向けると、その頬に口づけた。


「まぁ。もちろんですわ。ボス」


 黒男の首にその艶かしい手を(から)ませた。


「彼が見ている。後でゆっくり」


 男はリーンの耳元に(ささや)いた。するとその瞬間、リーンの姿が消えた。床には一匹のナメクジが糸を引きながら、暗い壁の方へ這っていった。


「大丈夫だよ。彼女は恥ずかしがるといつも、こうなるんだ。さあ、我々は先へ行こう。君にもっと見てほしいものがたくさんあるからね」


 ハナオカが、ふと後ろを振り返ると、あのナメクジは再びリーンの姿になっていた。


「バーイ。また来てね」

 

 ハナオカに投げキッスを送った。


 黒男が行き止まりの壁に手を当てると、今度は人が立って入れるほどの大きさの透明な箱が現れた。


「これは、"異空間用3次元エレベーター" だ。上下左右斜め、どこでも好きなところへ行けるのさ。X、Y、Zの基軸を入力すれば、指定のポイント点まで一気に到着するんだ」


 箱の中に入ると、リモコンのような(ばん)が壁の内側に付いていて、数字を入力できるようになっている。


「この黒いボタンは何だ?」


 盤の隣に付いた、丸い黒いものを指差した。


「それを押すと、ごみ処理場に行ける。担当の従業員に任せているから、私は滅多に行かないがね。


 いわゆる、ブラックホールというやつだよ。私は、この宇宙にある大小様々なブラックホールを集めて、一つの大きなブラックホールを作り出した。このファクトリーで出た、あらゆる不要なものを全て処理する場所さ。まさに、万能ごみ処理基地だ」


「処理されたごみは、どうなるんだ? 一杯にはならないのか?」


「それはないだろう。たぶん。ゴミがブラックホールに入ると、バラバラになることくらいしか私には分からない。私だけじゃない、まだ未知の領域なのさ。何せブラックホールは、極めて高密度で、極端に重力が強いから、人間は誰も中へ入ったことはない。ただ、分かるのは、一旦中へ入ったら抜け出ることは出来ない。つまり、ごみが溢れてしまうことはない。人類のごみ問題は、ついに解消される。素晴らしいとは思わんか」


 ピンポーン!


 エレベーターは、ある点で止まった。


「着いたよ。ここが私の執務(しつむ)室だ」


 プラネタリウムみたいな、というよりは、ここが宇宙の中なのだから、当たり前ではあるが、輝く星々が360度広がっている。上を見上げると、丸い大きな月が浮かんでいた。


「美しいだろう? こんな仕事部屋を持っている人間は、唯一私だけだよ。


 私は月が一番好きなんだ。人類が初めて月面に着陸した日の光景を目にした時は、涙が出るくらい感動したよ。人類はその日以降、何度も月へ行った。


 さらに時は過ぎて、『夏休みは月へ行こう!』という旅行案内が出るようになって久しい今は、誰もが気軽に月へ行けるようになった。


 どうして、それほどまでに人間は月に魅了されるんだろうか?


 この問いの答えが知りたくて、私が初めて月に降り立った時、知ったんだ。


 理由なんてない。


 ただ、月は美しいから行くんだ。


 違う。


 月から見た我らの青き地球が、この宇宙において特別な意味を持つ、たった一つの惑星であることを認識するためだとね」


 黒男は空間に浮かぶスイッチを押した。すると宇宙の壁が開いて、新たな部屋が現れた。同時に明かりがついた。そこには巨大なロケットがあった。


「すごいだろう?


 これは、最終兵器、"皇帝ダークハーダー号" の等身大模型。実物は秘密の部屋に安全に隠してあるよ。まあ、君にはいずれ実物を見てもらうことになるかな。


 最終兵器は簡単に言うと、中性子核爆弾ロケットだ。核反応を起こすウランやプルトニウムは、星を爆発させれば手に入る。私たちはあらゆる星を吸収し、爆発させた。質量の小さい星が中性子星になることを利用して、小さい星を重点的に吸収し爆発させた。これにより、破壊力の強い核兵器を生み出すことができた。細かいことは企業秘密だが、星が爆発した時に放出される中性子線を抽出し、濃縮したものがロケット上部の核弾頭になっている。完成するのも、もう間もなくのはずだ」


 どれだけの星々が消えてしまったのだろうか。そう思うと、ハナオカは悔しい気持ちになった。


 黒男は天井の浮かぶ、ひときわ輝く美しい星を指差した。


「あれを見てごらん。美しいだろ? あれが、我らの星、地球だよ」


「もしかして、あんたは、あれも吹っ飛ばすつもりなのか!? そして、宇宙を……!?」


 黒男は、はぁと大きなため息を付いた。


「あったり前だろ。 私はどれだけの年月、こんな暗いとこで地味な実験ばっかりしていたと思うね?


 3億光年だ!!


 私はあの日を境に、自分のすべき使命を身に帯びた。私は死ぬことはない!


 永遠を授けられた!


 あの方に!!


 そして暗黒帝国の王となり、この宇宙を支配する時を夢見て、今日までしくしくと、働き続けてきたんだ!


 今さら何を!?


 私は必ずや、この最終兵器を完成させる!


 そうすれば長年の私の苦労は報われるのだー!!」


「あの方とは誰だ?」


「しーーっ!! 黙れ! あの方に聞こえるぞ!!」


 黒男が恐れる黒幕とは一体……!?


 風のない宇宙空間に、奇妙な竜巻が上方にできて、それがぐんぐん大きくなり、ごうごうと地鳴りさせながら近づいてきた。中心部分から声がした。



「おれ様を呼んだかぁ?」



お疲れ様です。本日もお読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ