28. 船長の後悔
私は指導官から任務の最終確認資料を四人分受け取って、発射基地に併設された待機ルームへ戻る最中だった。
8階から階段を駆け降りてきた私は、下の方から二人の男の言い争う声を聞いた。何だろうと思い、手すりから下を覗いた時、その声の主は華岡だった。そしてもう一人の方は、こちらに背を向けていて、誰だかは分からなかった。ただ、華岡がもう一人の襟を掴んで、詰め寄っていたのは見えた。
「本当にそれでいいと思ってるのか。お前が良くても他の奴らはどう思う? これはチームプレーだ」
もう一人の男は項垂れて言った。
「そんなの分かってるさ。お前なんかに教授されなくとも俺は分かっている」
「じゃあ、何でその事を今まで黙っていたんだ! クルー全員の命が関わる大事なことじゃないか! 俺が理解できるように説明してくれよ。どうして、そのことを話してくれなかったんだ」
「……大したことじゃないと思ったんだ……。もう、」
「なんだ」
「もう、遅いんだ。今朝の会議でミッションの計画表は可決された。今からじゃ、クルーの交代は出来ない。もう飛ぶ準備が始まっている」
「駄目だ! これは、あまりにも危険すぎる。なんとしても、今回の任務は中止すべきだ。少なくとも、君はこの任務から外れることを指導官に報告しておく」
「お前なんかに俺を外す権利なんかない!」
「馬鹿言えっ!!」
華岡はふと上を見上げた。誰かが見ていると気づいたからだ。
私は彼と目が合うと、逃げるようにしてその場を立ち去った。彼が何かに感情的になることは、今までによくあった。それほどむきになって怒らなくてもいいようなことも確かにあった。後輩に激を飛ばしている場面も目にしていた。
だけど、たとえ華岡があの日精神的にやや不安定だったとしても、どうして九重はあんなにも攻撃的になっていたのだろうか? 私はこの目で彼が仲間に襲いかかっているのを見たのだ。決して、低酸素状態の幻覚なんかじゃない。仮に華岡に詰め寄られていた一人が九重だとしても、そんなことをするようには思えない。普段の彼も、あの日の彼も落ち着いていたのだ。
ではなぜあの日、仲間を殺したのか?
九重光は寡黙で、少し秘密めいた雰囲気はあったが、それは彼の魅力の一つで、みんなから一目置かれる存在であったことは事実だ。決して、殺人を犯すような人間ではない。
そもそも、そんなことできる人間ではないのだ。
私たちクルーの中でも一番に、人の気持ちに寄り添える人間だと確信していた。彼は植物を大切に愛でていた。管理棟の前にはプランターが置かれていて、長年誰からも世話を受けておらず、枯れた植物がちょぼちょぼと生えていたのを、彼がそれを見つけ、毎日水をやったおかげで、枯れた枝に緑の葉がつき、花が咲きはじめたのだ。
彼は手が器用で何でも作った。野鳥を観察したいと、巣箱を作って寮の前の木に付けたりもした。そんな彼が人殺しなんて考えられない。なにか、よっぽどの事が起きたに違いないのだ。
さらに、華岡に全責任を押し付けるのは絶対おかしい。チームリーダーだとしても、華岡が九重に説得を試み、私の命を助けてくれたのだから。
私は裁判の日には証言台で真実を語ろうと決めていた。実際に手を下したのは、やはり九重だったのだから。
でも、よく考えてみると、真実なんて私に分かるだろうか?
酸素がゼロに近づき意識朦朧とするなかで、私は九重が山田や華岡や私を襲ってくるというおかしな幻覚を見ていたのではないか?
これは、仲間同士の殺し合いなんかではなく、単なる事故だったのでは?
私たちは手間取っていた九重たちの任務を手伝ったために起こった死亡事故だったのでは?
私は今回の事故が何でもないもののように考えたかった。それは早く忘れたかったからだ。
私は会社の部長に何度も電話をかけたが一向に繋がらない。もちろん、あの事件以降、警察による保護観察の下、華岡とのやり取りは禁じられていた。
裁判の日、私宛に一通のメールが届いた。
『もし、裁判にて貴殿が九重にとって不利になる発言(例えば九重が誤って山田を押し倒し、助けることが出来なかった等の)をした場合、貴殿の宇宙飛行士としてのキャリアは終わったものと思って下さい。分かりますね? 例をここで挙げた意味が。
つまり、九重が故意に他の乗組員を襲いかかり、酸素ボンベを抜いて殺害したといったような、名誉毀損の証言をした際には、それ相当の復讐を致します。覚悟して下さい。そしてこのメールの事を警察など他に漏らした場合も同様です。
貴殿が貴殿にとって最善の選択をされますことを心からお祈り申し上げます』
私が警察で話したことは全て自分の記憶違いで、実際は、華岡が感情を制御できずに引き起こされた事件であると証言するのである。
結局、華岡は宇宙司法警察により執行猶予付きの有罪宣告が下された。
華岡は証言台では一言も話さなかった。あの華岡が黙ったままでいるということは、彼も何か大きなものに圧力をかけられていたのかもしれない。
今ではもう、分からない。
そして、私はこの脅迫状をまともに受け取って、法廷では沈黙した。少なくとも嘘の告白をするよりはましだと思ったからだ。しかし、裁判が終わって私は、ようやく後悔してもしきれない大変なことをしてしまったことに気付いた。私は結局、自分のキャリアが惜しくて、友人を見捨てたのだ。沈黙という虚偽の証言をしたのだ。
彼が釈放された後も、私は彼に会わなかった。合わせる顔がなかったからだ。
そしてこの遺体というのは、山田登なのだ。彼は三十年以上前の、あの時のままでこうして姿を現した。ついさっき息を引き取ったような様子で。
一体なぜ?
確かに私は、彼がこの目で宇宙空間へ放り出され、どんどんその暗闇の中へ飛んで消えていった映像は、しっかりと私の頭に焼き付いている。
月には私と華岡、九重の三人だけになり、私は朦朧とする中で華岡に支えられながら、足を必死に動かした。その時、九重はその場にいなかったのだろうか?
私の虚偽の証言により、華岡によって九重も宇宙へ放り出されたことになっている。
***
ガタガタガタ……。
突然音がした。
「何?!」
「シャトルのエンジンがかかっているぞ!」
シャトルが何者かによって運転始動されたのだ。物凄いGが身体中にのしかかる。三人は互いに支え合いながら床に伏せた。
シャトルはどこかへ向かおうとしている。
「どこへ行くつもりだろう?(ハジメ)」
「早くユリコたちを探さなくちゃ!!(ナオ)」
けれども、二人はどこにも見つからない。
もう、駄目かもしれない……。
本日もお読みいただきありがとうございました!!




