17. このチームには君が必要なんだ
「どう? みんなラウンジでお茶飲んでるけど、来ない?」
ナオがユリコの部屋にひょっこり顔を出した。ユリコは医務室から自分の部屋に移動して、ベッドに仰向けに寝ていた。
「すみません。私は、もう少しここにいます」
「そっかぁ、気が向いたらおいでよ」
「ありがとうございます……。
私って……本当にダメな奴です……」
またもや、ナオに弱音を吐いてしまう。ナオなら、こんな自分を受け入れてくれる、そんな思いがしてついつい甘えてしまうのだ。
ナオは椅子に座って机の上に置かれたユリコのメモ帳を開いた。真っ黒い文字と図がびっちり書かれていて、早く一人前の宇宙飛行士になりたいという、彼女の心の焦りと努力の痕がそこにあった。
「今日のこと? そういうこともあるよ。
……ユリコって宇宙飛行士になって何年目?」
ユリコはベッドの上で姿勢を正した。
「2年目です」
「言っちゃあ悪いけど、まだまだ甘ちゃんだね。ススムさんやタナカ君、まして船長と比べたら全然足らないもの。
でもそれって、当たり前じゃん?
ダメだって思うのは、当然の心理だね。わたしもそうだったけど、先輩と一緒に仕事してると、つくづく自分のダメさが見えてきて嫌になっちゃうんだよね。足引っ張っちゃってるんじゃないかとかさ。宇宙飛行士に向いてないんじゃないかって何度も思うことあるよ。今でも、あんときこうしていれば良かったなとか思うし。
ユリコは華岡先生が退職された後に学校入ったから、直接教わって無いと思うけど、もしここに華岡先生がいたら、きっとこう言うと思うな。
『やめてもいいし、やめるのは簡単。けど、ユリコの本当にやりたい仕事だったら続けた方がいい。よーく考えてみてごらん。
もし続けたいと思うなら、次どうするかだ。犯した失敗のことはその時、深く後悔して反省して思い悩んだら、もうおしまい。もう考えない。今度は、どうしたら今よりずっと良くなるかに考えをシフトさせよう』ってね。
自分と向き合う時間って大変なことだけど、大切なんだと思う。そういう時間を取るか取らないかで、仕事に向き合う姿勢とか能率とか全然変わっていくから。
まっ、偉そうにごちゃごちゃ言ったけど、一番言いたかったのは、うちらはユリコをいつまでも待ってるからってこと! 分かった?」
ナオはコントロール室の中にあるラウンジに戻った。みんなは心配そうな顔をしてナオを見た。
「ホンダの様子はどうだった?(ハジメ)」
「うん、だいぶメンタルやられてるみたい(ナオ)」
「そうだよなぁ(ハジメ)」
「どうする? いったん帰還するっていう手もあるけど(ススム)」
「そうね……(ナオ)」
ユリコは一人ベッドに寝そべって、窓の外の星々を眺めていた。
***
「きらきら光る~♪お空の星よ~♪」
おばあちゃんが歌ってくれた子守唄をふと思い出す。
ユリコは大のおばあちゃん子だった。両親は共働きで家に帰ってくるのは、夜遅くなってから。小学校の時は、いつも首から家のカギをぶらさげている"カギっ子"だった。家におばあちゃんの車が停まっているのが見えると、ユリコはうれしくて走り出した。
「おばあちゃん! 来てたの?」
「お帰り、ゆりちゃん。手洗った? 」
おばあちゃんはおやつとジュースをおぼんにのせて運んできた。ユリコはランドセルを放り出して、おばあちゃんが揚げたポテトチップスに手を伸ばす。カリっと心地よい音がして、病み付きになる塩味が口の中いっぱいに広がる。皿の上のポテトチップスはみるみるうちになくなっていく。おばあちゃんは幸せそうにユリコの表情を眺めている。
「今日ガッコ(学校)楽しかった?」
「うん、休み時間にね、夏海ちゃんと一緒に色んな動物の折り紙折ったの。夏海ちゃん、なんでも折れるんだぁ」
「ゆりちゃんは何を折ったの?」
「うんとね、わたしはパックン!」
「パックン?」
「そう、口をパクパクさせるやつ。おばあちゃんに教えてあげる。もらったんだ、千代紙」
「ああ、きれいだね」
両親の帰りが普段より遅い時があった。ユリコは暗くなるのも気づかないほど夢中で絵を描いていた。むしろ、暗くなるにつれてしだいに想像力がたくましくなっていく。この日もおばあちゃんが側にいた。
ガチャ。
「ゆりちゃん、帰りが遅くなるってさっきお母さんから電話があってね。あれあれ、こんなに暗いところで……。電気つけないで、目悪くしちゃうよ。
ん? あれっ、ゆりちゃん、絵上手ねぇ」
「いいでしょ?」
「おばあちゃん、ゆりちゃんの絵が大好きよ。この絵は特にいいわね。夜空の星かしら?」
「これは北極星でね、こっちは冬の大三角形っていうの。おばあちゃん知ってる?」
「聞いたことあるよ」
「冬の大三角形はね、『シリウス』、『プロキオン』、『ベテルギウス』の3つの星を結ぶ三角形のことよ」
「へーえ、ゆりちゃん、よく知ってるねぇ~」
「でしょー? ガッコで習ったんだー」
「ゆりちゃんは、お勉強もできるから将来はなんでもなれるわね。何になりたいとかあるの?」
「宇宙飛行士!!」
「へーぇ、すごいねぇ」
***
ユリコは中学に入ったが、馴染めず、すぐに辞めた。しばらくは田舎に住む、おばあちゃんちに住んだが、家族の勧めもあり、13歳の時に渡米。仕事の関係で先にアメリカに転勤した父親のアパートから近くの中学に通い始めたが、頭脳の良さから高校へ飛び級。16歳で名門大学へ入学し、19歳で大学を主席で卒業した。当初は、父親の仕事の手伝いをする話だったのだが、気が進まなかった。何もせず、ただ家でパソコンをいじっている毎日だった。何よりおばあちゃんがいない毎日は退屈だった。
ある日、宇宙航空学校の入学試験のパンフレットが家のポストに投函されていた。
自分が本当は何になりたかったんだっけ……。
おばあちゃんと一緒に黒い画用紙にたくさんの星のシールを貼ったあの日。半透明なゴミ袋に油性マーカーで色を塗って作った宇宙服を着て、段ボールを組み立てた酸素ボンベを背負った小さな宇宙飛行士を、おばあちゃんはカメラを向けながら笑っていた。
ユリコは家族に内緒で宇宙飛行士になるための学校に入学願書を提出した。家族がこの事を知ったのは、合格通知が届いてからだった。おばあちゃんはその頃、入院先の病室で電話越しに、ユリコからの興奮に満ちた報告を聞いた。
「もしもし、おばあちゃん? わたし、ユリコだよ。宇宙飛行士の学校受かったよ! 夢を叶えたよ! ……えっと、まだだけど、とにかく合格したんだ!」
「ゆりちゃん、おめでとう。おばあちゃん、とっても嬉しいよ。ゆりちゃんの小さい頃からの夢だったもんね。
ああ……。おばあちゃんはゆりちゃんの顔が見たいな。いつ来られるの?」
「うんと、……学校の準備とか、引っ越しとかあるから、今は忙しいけど、それが終わったらすぐに日本へ帰るよ!」
「ああ、そうかい。それは楽しみだね……」
***
彼女が予想していた以上に、学校生活は過酷であった。訓練やレポートの提出、毎回の試験など、寝る間も惜しんで勉強に励んだ。過酷な訓練も乗り越えて、彼女はついに米国の航空宇宙局のテストをパスし、最年少の宇宙飛行士となったのである。
ユリコが訓練士の学校に行っている間におばあちゃんは亡くなった。本当に宇宙飛行士になったよって伝える前に……。
「おばあちゃん……」
***
ユリコは医務室へ向かった。電気は消えていた。もう、船長は仕事に戻っているんだ。そう思って、ユリコはコントロール室に向かった。みんなに顔を合わせるのが気まずかったけれど、もう足は踏み出していた。みんなの視線がユリコに注がれる。
「みなさん、本当にごめんなさい」
「もう、謝らなくていい」
船長はゆっくり頷いた。
「とにかく、二度とこうしたことが起きないよう、みんなで対策を考えよう。船長もユリコも本当に無事で良かった(ハジメ)」
「これだけは言わせて下さい。わたしは、みなさんと最後まで任務に参加したいです。どうか、わたしを任務にいれて下さい! お願いします」
ユリコは皆に頭を下げた。船長がこっちへ来るようにユリコに促した。
「もちろんだよ。君には、もっとやってほしいことがたくさんある。ここでやめて帰還するなんてもったいない。
それにホンダ君が抜けたら、誰が君の分を埋め合わせるんだ?
タナカ君か? 違う。スズキ君か? 違う。
……実のところホンダ君、君だけなんだ。
それに君がこの任務に参加したいと強く願っていたとスズキ君から聞いているよ。
このチームには君が必要なんだ」
船長の言葉を聞いてみんなが頷く。ユリコは目に熱いものを感じた。さらに船長は皆に言った。
「それで、この星についてみんなに報告すべき事がある。ホンダ君、頼むぞ。今回は君が情報を引き出してくれた」
「はい! ありがとうございます、船長。
私たちが今着陸しているこの星、サウディアヌス銀河団ukpd-008星には未確認生物が存在していることが分かりました。私は先ほどの船外探査でその生命体に接触し、話を聞きました」
「なんだって!?(ススム&ナオ)」
ハナオカたちも興味津々で彼女の報告を聞いていた。カラスは意外と大きな耳の穴を声の方へ傾けているし、ウサギは長い耳をピンと立てている。
「この星はネコ星といいます。住人はネコ星人です。見た目は猫の特徴を備えています」
泣きじゃくっていた彼女は、もうそこにはいなかった。目は輝き、声は生き生きしていた。
「猫っていっても、でかすぎたけどね(ハジメ)」
「はい、非常に大きかったです。それに人間の言葉を話しました(ユリコ)」
「うっそ、まじ?(ナオ)」
「何匹いたんだ?(ススム)」
「いいえ、一匹だけでした(ユリコ)」
「写真は? 撮った?(ススム)」
「……撮ったと思ったんだが、さっき確認したら、撮れてなくて……。けど、こんな植物が撮れた(ハジメ)」
ハジメが写真を机に並べた。
「ん? 猫じゃらし?(ナオ)」
「はい。彼らは猫じゃらしを大切に育てていました。そして爪を研ぐ岩壁、綺麗な川が流れ、穴ぐらも多数発見しました。水が貯まっている沼もありました。
ネコ星人が言うには、他の仲間は "あの者たち" と呼ばれる、黒い服を着た者たちによって、突然どこかへ連れさらわれてしまったというんです。詳しいことは分からないそうなんですが、"あの者たち" は集団でやって来ては、様々な星の住人を連れ去り、星を吸収したり破壊したりしているそうです」
「何のために……?(ナオ)」
「闇の暗黒帝国を作って、宇宙の王になって支配するためです」
ハナオカが突然口を開いた。みんなは、はっとハナオカを振り向いた。
「どういうことだ」
船長は、ハナオカに続きを話すように促した。
「はい。俺が見たのは、森の中でした。
一体の黒服は、野犬を赤い光で動けなくさせて、小さい黒い袋の中に入れました。犬が吸い込まれていくのを見たんです。俺はウサギとカラスと一緒に、川のふちまで黒服を追いかけましたが、川の中へ消えてしまいました。それっきり、彼らは現れませんでした。
しばらく川沿いを歩いていると、ウサギが何かを見つけたって言うので、付いていくと、空間に赤い円い輪が浮かんでいたんです。その輪に俺たちは吸い込まれていきました。そしたら、ここへ」
「……ほんとにぃ?(ナオ)」
「俺は嘘は大嫌いです!(ハナオカ)」
「別にリュウジン君が、嘘を言ってるとは言わないけど、本当だとも思えないのよ(ナオ)」
船長は頭を抱えて、声を低くして呟いた。
「ハナオカ君。君はつまり、"簡易式時空間移動ワープ" をくぐって未来に来たのか……?」
「かんいしき……ううん? 何ですか?(ハジメ)」
船長は重い顔色をしていた。
「船長?」
オツカレサマデス。キョウノひとことタントウハ……?
【加藤進ノひとこと】
あの、インタビューする方って…地球外の方でしたっけ? 前からそうでした? …へぇ、まあいいけど。それよりホンダ君のことがちょっと心配だな。もう元気だって言っていたけど、今後の任務に影響がないといいんだけどね。トラウマってなかなか消えないから。自分もそうだったけどね…。(何かを思い出した進さん。大変なことを経験されたのかな…?作者はそれ以上は立ち入るのを止めました。特殊メイクとエイリアンのコスプレをしたことが恥ずかしくなった作者でした。)(作者記)