表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/35

16. ダメなわたし

 船長とユリコは医務室のベッドに横たわっていた。ライトグリーンのカーテンの向こうで、未だ意識の回復しない船長をススムとハジメが不安そうに見つめている。AI自動診察・治療装置による救命処置が続いていた。


「どうしたんだ……? 一体何があった……」


 ススムの声は微かに震えていた。ハジメはゆっくり息を吐いて言った。


「……この星に生命体が存在していて、接触したんだ」


「襲われたのか?!」


「いや、違う……。


 その事はあとでちゃんと説明する」


 ユリコは壁の方を向いて静かに泣いていた。泣き声が彼らに聞こえないようにするのに必死だったのだ。


「ユリコ、具合はどう?」


 ナオが入ってきた。ユリコは壁の方を向いたまま小さい声で呟いた。


「……私、大変なことしちゃった……。ねえ、私、どうしちゃったのかな。なんであんなことしたのかな」


「ユリ……」


「あーー!! 大変なことしちゃったんだ!!」


 ユリコは、がばっと起き直ると、カーテンの向こうへ飛び出していこうとしたが、足がふらつき、その場にしりもちをついてしまった。


「ユリコ!!」


「……私のせいだ! ……私が船長やハジメさんを危険にさらしたんだ!!」


 ユリコは自分の頭を何度も思いっきり叩き始めた。ナオはただ、彼女が自分をこれ以上傷つけないように体をきつく抱きしめるしかなかった。


「ワーー!!」


 水風船が爆発した時のように、押さえきれない感情が一気に小さな心の穴から吹き出したのだ。訓練でも実践でも、今まで任務をそつなくこなしてきた自分自身は、一体なんだったのだろうか?


 あまりにも酷すぎる今回の失態。


 泣いたところで、何の解決にもならないのは分かっているのに、涙腺が崩壊したのか、とどめのない涙が滝のように溢れだし、口からは自分のものとは思えないような声が出ていくのだった。


「大丈夫、大丈夫、大丈夫……」


 ナオは優しい母親のようにユリコを抱きしめたまま、背中を規則正しく、とんとんと叩いていた。しばらくナオにそうされると、荒い呼吸も高ぶった感情も落ち着いてくるようだった。すると、突然隣からススムの甲高い叫び声が聞こえた。



「ああっ!! 船長が気がつきました!」


「はは!! 血中酸素飽和度89%まで回復したぞ!」


「良かった!! 」


 船長は、こちらを見下ろしている二つの笑顔を認めると、ゆっくりと低い声で言った。


「心配をかけてすまなかった……申し訳ない」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「そんな!! 船長が戻ってきてくれて本当に良かったです! なあ!

ホンダ! 良かったな! 」


 船長はカーテンの向こうに視線を向けた。ベッドの上に並んで座っていたナオはユリコに微笑んで言った。


「とにかくしばらくここで、ゆっくりしていて」


「ううん、もう大丈夫です。元気になったから」


「まだ、だめに決まってるじゃない。大丈夫だから休んで」


「……」


 部屋には船長と二人だけになった。ひどく気まずい時間が流れた。でも、胸の中に灯った温かいものが彼女に勇気をくれた。


「船長。……ごめんなさい。私があの時、馬鹿みたいに夢中になってみんなを危険にさらしました……」


 再び沈黙があった。船長は怒っているに違いない。あり得ないへまをした私とはもう、口を利きたくないのかもしれない。当然だ。


 ふーっと、深く息を吐く音が聞こえて来るとすぐに、船長の低くて優しい声が続いた。


「違うよ、ホンダ君。君は任務をしっかり果たしただけだ……。


 あの時、君が未知なる生物と接触したとき、私は静かに混乱していたんだ。一方君は、冷静にこの星の情報を聞き出していた。何らかの不思議な力によって、それを成し遂げた。私なら成せなかったことだ」


「でも、船長から戻るように指示されたのに、私、聞かなかったんです。それで、酸素が無くなって、船長の酸素を……」


 また泣き出しそうになる。


「むかーし、昔の話だが、私もおんなじ経験をしたことがあってね。今はこんなおじさんだけど、あのときはとっても若かったんだよ。真っ黒な髪がたくさん生えてたんだ。


 信じられないだろう? はっはっはっ。ここは笑うところだよ。


 始めての任務を任された日も、私は非常に緊張していたんだ。しかし、それは起きてしまった。


 未曾有の大事故がね。


 私の酸素は底をついた。それに気づいた仲間が自分の酸素ボンベを私のと交換したんだ。彼は私を連れて無事にシャトルへ戻った。彼は航空宇宙学校の時から、人一倍訓練に励む人間でね。彼が、緊急時の呼吸法や対応を本番でもしっかり実践できたから、私は今も生きていられるんだ。私はあの事故の後、緊急時の対処法について研究し、訓練に励むようになったよ。彼のような宇宙飛行士になりたくてね。


 ある意味でこの事故のおかけで、今回、君を守れたのかもしれない。同じことを君に求めるために言っているのではないよ。むしろ、このような事態にならないように最善を尽くすべきだ。


 しかし、訓練で学んだことを実践でやるのは並大抵なことじゃない。どんなに経験を積んだ宇宙飛行士だとしてもね。今回の件から、私は学ばなくちゃいけない。責任者してクルー全員の安全を守らないといけない立場だった。だが、務めをちゃんと果たせなかったんだ。怖い思いをさせてしまったクルーがいる以上、私の仕事は不十分だったということなんだよ。


 本当にすまなかった……」


「そんなこと言わないで下さい!

船長は悪くありません。だって、ご自分を犠牲にして、私の命を守ってくれたんですから……」


「責任者というものはそういうものなんだよ」


「……」


 なんて言葉を返したらいいのだろう。余計自分が惨めになってくる。船長は正しい判断をし、行動した。決して間違った判断なんかじゃない。私がいけなかったのに。どうしてそんなこと言うのだろう。


 もっと、私を怒って欲しかった。何であんな危険で無茶なことをして、チームを危険にさらしたんだ、と怒鳴って欲しかった。他のみんなもどうして私を責めないんだろう。


 考えれば考えるほど、目が重くなってくる。


 もうダメだ……。


 意識が遠退くと同時に、疲れ果てた子猫のように小さな寝息を立てていた。

毎日暑い日が続きますね…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ