12. 華岡先生の石は何で出来てる?
ススムの後についてシャトル内の通路を進んでいく。左右どちらにも同じような形と色をしたドアがずらりと並んでいる。
意外と広いんだな。
ススムはそのうちのあるドアの前で足を止めた。
「ここが、特殊化学分析室だよ。宇宙のいろんなとこで見つけてきたものが、何でできているかとか、いつくらいのものかを調べる機械があるんだ」
ドアの取っ手に付けられたごく小さな指紋認証装置に指を当てるとピーッと音がなり、ドアが自動で開いた。
「まずは手を消毒して。そしたら、これ着て」
青いツルツルの着物を頭から、がばっとかぶり両袖に腕を通した。紐を背中で結ぶ。うまく結べないからススムにやってもらう。
「その次は、帽子かぶって手袋付けて。ゴム大丈夫? ラテックスフリーのもあるけど。
そう? オーケー。検査室へは小さな埃もいれちゃいけないんだ。それで、この部屋でエアーシャワーを浴びてもらう。部屋全体から風が出てきて体についたごみを吹き飛ばすんだ。怖くはないよ」
ススムは目の前の小さな部屋を指差した。
「俺が先に入るから、ピッーと音が鳴ったら君も中に入って」
そう言ってススムがボタンを押すとドアが開いた。中はとても狭く、奥に出口がある。
ピーッ。
ハナオカも続いて入っていく。ドアが閉まった瞬間、天井や壁や床からゴーっと風が吹いてきた。
ピッー。
プシュー。
目の前のドアが自動で開いた。
「オーケー。俺も君もこれでクリーンな状態だ」
検査室に入ってまず目につくのは、大小様々な不思議な機械だ。壁に固定された戸棚の中には固体、液体の入った容器がたくさん並べられている。床に置かれたいくつかの箱の中には、一つ一つ透明なチャック袋に入れられた砂や岩があった。
「この機械は、試料に光を当ててどの波長の光を吸収するかで、どんな物質が含まれているか特定するんだ。もちろん、これだけじゃ分からないから、複数の機械や手法を組み合わせて総合的に判断する。機械もすごいけど、どうしても最後には人間の頭が必要になるんだ」
透明な板で囲われ、手前側だけ手が中に差し込める位に板が下りている不思議なものをススムは示した。
「これ分かる?」
ススムはスイッチを入れ、中を消毒した。
「クリーンベンチっていうんだ。中に余計なゴミが入らないようになっていて、ここで試料を作製するんだ」
ボックスの中に銀色のトレーに採取袋とピンセットを入れる。そして馴れた手付きで試料をつまみだし、分析皿に載せた。それを機械の中に入れた。分析皿が正しい位置にあるかを確認する。
「よし、このスイッチを押してごらん」
言われた通りに丸いボタンを押す。ググゥーン、ヒュンヒュンヒュンと機械はおかしな音を立て始めた。しばらくすると、「ピーッ」と鳴って止まった。
「よし、今度はこっちに来てみてごらん」
コンピューターに文字と何本もの縦棒が現れた。
「一番下に書いてあるのは成分で、それがどのくらい多く含まれているかはこの棒の長さで分かるんだよ。……えーと、鉄、ニッケル、酸素、水素、ヘリウムと……、物質構成を見るとやっぱり地球に似ているね。まっ、地球とは比べ物にならないくらい、ここには岩しかないけど、もしかすると昔は水があったのかも。
これ見て。特定できない成分があると、ここに黄色い三角マークが出るんだ。この未分類っていうのが大体一番多いんだよ」
言われてみると、三角が付いたところの棒の長さが一番高い。
「『ダークマター』とか『ダークエネルギー』って聞いたことない?
ダークマターやダークエネルギーは、『暗黒物質』とも呼ばれているんだけど、正体はまだよく分かっていないんだ。驚くことにその未知の物質は宇宙全体の96%を占めているんだよ。分かっているところでは、ダークマターは銀河や銀河団に集まってくる物質で、質量はあるんだけど光を出さず、目に見えないものなんだ。だからX線や赤外線でも感知できないんだよ」
「へぇ……」
「ちょっと、この後も実験するから見ていくかい?」
ススムは他にもアームが付いた機械で試料の細かすぎる粒をつまんで分類した。小さい箱形の機械などにも試料を装着してデータをiPadに入力した。
「さて、そろそろ戻ろうか」
その夜、(いつも夜だから時間はきっちりと夜という意味)ハナオカたちは『宇宙食』と呼ばれる食べ物を食べた。こんなにうまい物は今までに食べたことがなかった。火で温めなくてもすぐに温かい食べ物に変わる不思議な機械があり、ハナオカは、ほかほかの弁当を食べた。白服たちは文明が相当発達している星の住人なんだなと考えた。ハナオカはウサギとカラスの食べる分もこっそり取り分けて隠しておいた。
「次はどうしますか?(ユリコ)」
「うむ、ススム君が調べてきてくれたデータによると、この惑星は地球とかなり似ているところがあるようだな。かつて人間みたいな生命体が存在していて、何か我々では知りえない大きなことが起きたのかもしれない。例えば、隕石衝突か気象に大きな変化があったなどして、人の住めない岩石の不毛の土地になってしまったのかもしれないぞ(船長)」
「ほらね(ナオ)」
「まあ、あくまで仮説には過ぎないがね(船長)」
「リュウジン君はどう思う?(ナオ)」
白服たちは確かに身なりや文字も文明も異なるが、"あの者たち"ではないのは明らかだし、危害を加えそうな悪い奴にも見えない。もしかすると、やっつけるための強力な手懸かりを持っているかもしれない。頭が良さそうな彼らならば、ともに戦えば"あの者たち"を確実に倒せるかもしれない。
「あなた方は星の土を拾って色々調べているのですよね?」
「うん、そうだよ(ススム)」
「この星にはかつて人が住んでいたのかもしれませんが、何者かが星を侵略し住民を殺戮したか、あるいはどこかへ連れ去ってしまったということも考えられると俺は思うのですが、どう思われますか?」
「なにそれー! 面白ーい! やっぱ、SF少年なのね!(ナオ)」
「お父さんみたいになりたい?(ユリコ)」
女性達は黄色い声を上げてはしゃいだ。
「親父は、かつてみんなのために一生懸命働いていたし、みんなの希望だったんです。みんな親父の仕事で、大いに喜んでくれました。でも事故に遭って働けなくなり、今は寝ているばかりです。俺は親父のためになんとか働いたけれど、親父のように立派にはなれません。体が動けていれば、本当に良かったのに……」
ハナオカはうつむいた。その場はシーンとなった。
「そうだよね。お父さんは今病気で入院しているんだもんね……。ごめんね、辛かったよね。……リュウジン君は偉いね。お父さんのために頑張っているんだから。
……お父さんは今はお仕事からは離れているけど、今でも私たちの心の中で教えてくれているんだよ。この仕事の大変さと意義を教えてもらった。だからあの事故のこと、私は今でも受け入れられない」
ナオは華岡先生とのやり取りを思い出していた。訓練があまりに辛すぎて何度根をあげたことか。
その時、先生は「ここで諦めてもいい。しかし本当に君が心から願っていることならばな。
君はどうしてこの仕事を選んだのか?
それをよく考えてみなさい。
次の訓練は一旦休みなさい。心が迷っている時に訓練をするのは非常に危険だ。思わぬ判断ミスをするものだ。私もそうだったから、よく分かるよ。だから訓練参加の許可は出せない。
その代わり、よく考えてみなさい。
辞めるのは簡単だが、(宇宙飛行士には)そう簡単にはなれないし、なったあとも大変だ。
ただな、広大な宇宙に自分の足で目で、耳で鼻で体感し、未知なる星を探求するということは、特別な仕事であるのは間違いない。人によって志は様々だろう。それでいいんだ。後悔のない人生の選択を行いなさい」と言った。
本当に色々考えた。こんなに深く考えたことなんてなかった。自分は本当は何をしたかったのかって。
「自分と正直に向き合う時間を作ってくれたから、今の私があるんだって思うのよ。だから先生はすごい恩師なの」
ハナオカは、ほわっと胸に熱いものが広がった。彼らは同じ名字の「先生」と呼ばれる人を尊敬していると知ったからだ。
「船長、この任務が一段落したら先生のところへお見舞いに行きませんか?(ナオ)」
「よしっ、分かった。任務後に燃料補給も兼ねて、天の川銀河宇宙ステーション病院に寄ってから地球に帰還するとしよう。
君がシャトルに乗ってることを知ったら、君のお父さんはきっと怒るだろうな。冒険をしてきたんだからな。ハハハ。大丈夫だよ、私がなんとか言っておくから」
船長はハッハッハッと笑ったが、ハナオカは笑えなかった。
そうかもしれない。王宮殿の家臣に捕まって長い間家に帰らなかった。帰られたのにそうしなかったんだ。
「たしかに親父は怒るでしょう。長い間顔を見せなかったから、きっと心配も通り越して、俺のことなんか忘れてしまってるかもしれない」
「忘れたりはしないよ。どんな親子だって親子には違いないんだ。まさに"血は抗えない"のだから。けれど、たしかに遠く離れすぎているからな。しょうがないよ。君が悪い訳じゃない(ススム)」
「だが、この任務を必ず成功させてきっと親父に顔向けできるようにしたいです(ハナオカ)」
「できるわよ。きっとできる!(ユリコ)」
「さて、そろそろリュウジン君は寝た方が良い。地球と違って宇宙は四六時中真っ暗だ。ともすると時間を忘れてしまうからね。宇宙飛行士はついつい寝不足になる。宇宙飛行士にとって自分の体のメンテは特に大事な仕事なんだ。時間通りに起きて食事をとり運動し寝ることだ」
確かにそうだ。体の鍛練には十分の休息が不可欠だ。
「俺の部屋に一つベッド空いてるんだ。案内するからついておいでよ!(ススム)」
【ミニ豆知識】
●宇宙の構成要素
原子4.5%
暗黒物質22.5%
暗黒エネルギー73%
なんと、恒星や惑星など形として存在するのは、宇宙全体で1/10程度で、残りは高温なガスの状態で存在している。暗黒物質による強力な重力によって、銀河の中の恒星が外に飛び出すのを防ぎ、つなぎ止める役割がある。
●ダークマター/暗黒物質
宇宙にある物質のうち、自ら電磁波を放たない(光らない)、あるいは電磁波と相互作用しないために、電磁波では観測できないとされる物質をダークマター、暗黒物質と呼ぶ。宇宙は膨張しているといわれるが、それにダークエネルギーが関係しているようだ。
*「Newton 別冊 空間編と時間編を、この一冊に! 大宇宙 完全版」より