1 雪の中であなたと出会う
『公爵家のジュリアナ嬢、聖女への非道な行いの数々でヘクター王子との婚約を破棄される!』
今朝届いたばかりの新聞には、貴族学園の卒業を祝う舞踏会で起きた婚約破棄のニュースが大見出しとして掲載されていた。
ジュリアナの顔写真と共に彼女の下劣な振る舞いの数々や、それらを糾弾したヘクター王子の英断さ、そして、聖女の素晴らしさを語る文章が踊っている。
次のページをめくっても続くその内容に、アイスラはため息をついて窓の外に視線を移した。
深々と降り続く雪……。
ここは、国内でも極北の場所だ。
このくだらないゴシップも、既にひと月前の出来事だった。
婚約破棄されたというご令嬢は同時に国外追放もされたというが、今頃どこにいるだろうか。
内陸に位置するこの国では、国外へと逃れる方法は無数にある。
しかし、この極北の地を経由するものなどいないだろう。
この地は国境を守護する国防の要であると同時に、さらに北の、死の山から下りてきた魔物が出没する、国内でもトップクラスに危険な場所でもあった。
冷える窓に手を当て、静かに外に思いを馳せるアイスラの脳内にアラートが響く。
「……魔物が山を越えてきたか」
そう小さく呟くと、アイスラは厚手のコートを羽織り城の外へと向かった。
ザク、ザク、と深雪を踏み歩く。
冷える頬を、口から洩れる白い息だけが優しく撫でる。
吹雪く白と深い青の世界は、城から少し離れた国境にほど近い場所で一層荒れていた。
「ウォォォォオオオオオ……!!」
「イエティか……死の山の奥に住むこいつらが、どうしてここに?」
山の麓から続く森が途切れた開けた場所で、十体ほどのイエティが雄叫びを上げていた。
見上げるほどの、大型の猿のような見た目をしたイエティ。
奴らは群れでの行動を好み、そのガッシリとした肉体から繰り出される集団タックルは、どんな生物をも破壊する。
そしてその気性の荒さから、魔物であっても奴らの縄張り内を決してうろつかず、死の山の奥深くに王者のごとく住んでいる……はずだった。
一番手前にいたイエティと、目が合う。
アイスラを捕捉しさらに威嚇を強めるイエティの足元に、黒い何かが落ちているのが見えた。
……人?
再び歩みを進めると、堪えきれなくなった一体のイエティが叫び声を上げながら向かってきた。
すうっと細く息を吐き、呪文を唱える。
口から紡いだ言葉は光る粒となって渦を巻き、向かってくるイエティに触れて弾けた。
大きな音と振動と共に、氷の柱が地面から起こり、イエティの腹に突き刺さる。
一歩、アイスラが歩みを進めると、イエティの血に濡れた氷の柱の後ろに、新たな柱が立ち上がった。
一歩、また一歩とアイスラの歩みに呼応するかのように、柱は徐々に勢いと大きさを増してイエティの群れの方に連なっていく。
ついには、バギバギバギバギという轟音と共に波のようにうねりを上げる氷の柱は、危険に気付き逃げ惑うイエティの群れを、次々と串刺しにしていった。
駆け巡る轟音を、地面から舞う雪が隠していく。
次第に、悲鳴が聞こえなくなってきたかと思えば、この場をキィィィインと共鳴する音が劈いた。
吹雪のたなびきで、舞い上がっていた雪が流されていく。
露わになったのは、イエティの死骸の深い赤に囲まれた世界だった。
その世界を、アイスラは雪の上に落ちる黒い何かに向かって、ただ静かに進んでいく。
たどり着き、抱き起してみるとやはり人だった。
まだ仄かに温かい。
「結界を張りなおさないと……」
そう呟いたアイスラを、ひときわ大きな風が襲った。
思わず目を細めて顔に手をかざす。
その勢いで、抱いていた人の頭をすっぽりと被っていたフードがはだけた。
この景色に溶け込むような、白い肌が露わになる。
……この顔には見覚えがある。
それは、婚約破棄をされ、国外追放されたジュリアナだった。
こちらは、カクヨムコン9に出している他の作品の息抜きとして書いています。
なので、少なくとも1月中は更新ゆっくりです。
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その時は、こちらの更新も頑張りたいと思います!