謝罪
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ヴァイオレット姫の怨霊がオダキユに出た。それを知ったケイオス王は震え上がった。次は我が国だ。小心な老王は悪夢にうなされた。
謝罪の使節を何度も送ったが、国境で追い返される。このままでは来る。きっと来る。急いで詫びなければ。
王は息子に命じた。どのような手段でも構わない。何としてもオダキユに行き、ヴァイオレット姫の墓前で罪を償ってこいと。
「お前の妻だったのだ。お前が何とかしろ」
「…承知いたしました」
王太子は病気だと偽り、オダキユへの密使の任に就くことになった。
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マークにとっては渡りに船だ。しかしケイオス貴族は国境の検問所で徹底的に弾かれる。不本意ながら裏口から入ることにした。彼はあの賭場の男を再び訪ねた。
「オダキユに潜入したい。手を貸してくれ」
身分を明かすと、男の口から煙管が落ちた。護衛も外して2人だけで密談中だ。
「正気か。王太子だとバレたら殺されるぞ」
平民はもう姫の死を知っている。オダキユの商人たちが伝えたのだろう。
「唾を吐かれても石を投げられても、行かねばならない。私の務めだ」
「…幾ら出す。あそこはサザン組の縄張りだ。簡単には行かねぇ」
男の言い値で契約する。まずは手付金として500万イェーンを支払った。無事に潜入したら残りを渡す。帰国までできたら更に褒美を約束する。
「さすが王族だ。太っ腹だな」
男は金貨を数えながら機嫌よく言った。マークは急かした。
「いつ発てる?」
「こっちにも準備が要る。2日くれ」
連れていける護衛は3人まで。そこまで少ない人数での行動は初めてだ。さすがに緊張する。そして2日後、マークはプラーザ組の手引きで密かに出立した。
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昇天祭は無事に終わった。神殿前大広場にはたくさんの民が詰めかけ、翼を広げてゆっくりと天に昇る天使を見送った。
「ヴァイオレット様万歳!オダキユ万歳!」
歓呼の声の中、光り輝く天使は青空に消えた。転移で城へと戻り、地味な馬車で故郷へと向かう。これで怨霊騒ぎは終わりだ。
「やっとのんびりできるわ」
ヴァイオレットは馬車の中で今ハマっている本を読みはじめた。帝国の女流作家が書く、ある皇子の女性遍歴の物語だ。ナナコにも読み聞かせ、2人で感想を言い合う。
「お忍びで出会った街の女性と恋に落ちるのよ。素敵過ぎ~」
「えー。だって皇子って本妻と沢山の愛人がいるんだよ。何股だよ」
「これはお話だから良いの」
数時間で故郷に着いた。アシノ湖は今日も澄んで美しい。近くに観光遊覧船が見える。馬車から手を振ると乗客が振り返してくれた。平和だ。ヴァイオレットは心穏やかに第二の人生を歩き出した。
◆
マークは王都ハコネイユに着いた。検問所を通らない密入国だ。貴族に伝手があるサザン組の手引きでハルク王子との面談が叶った。約束の時間にマークの泊まる宿に王子と側近はやってきた。
「何の用だ。首は持って来たのか」
着席するなり、ハルク王子が鋭く問う。マークは頭を下げた。
「いや。それが出来ないから忍んで来た。改めて謝罪をする。申し訳なかった」
「謝る相手が違いますね。姫のお墓にご案内しましょう。花はオダキユ産でお願いします」
側近が嫌味ったらしく口を挟む。マークはヴァイオレット姫殺害事件の報告書をテーブルに置いた。ハルクが素早く目を通す。そして側近に渡した。彼は読みながらマークに訊いた。
「…なるほど。ご母堂は処刑に?執行はいつです?」
「生涯幽閉する。処刑はできない」
「なぜです?たかが隣国の王女と王妃の命は同等ではないと?」
「そうではない。…姫は生きている。そうだな。ハルク」
「…」
マークは賭けに出た。なぜそう思うのか。紫の瞳が無言で訊く。
アシノ出身だと言う下町の代書屋ヴィー。その筆跡が姫のそれと同じだった。そしてヴィーが帰国して間もなく起こった怨霊騒ぎ。
「偶然だと言われればそれまでだが、俺は確信している。ヴィーはヴァイオレット姫だ。違うか」
2人の主従は沈黙した。少しの間を置いて眼鏡の側近が静かに言う。
「姫の御霊は天使となり天へと還られました。多くの民の目の前でね。その女性が誰であれ、あなた方の罪は消えませんよ。同盟も回復しません」
「分かっている。姫を苦しめた償いはする。これはケイオスが提案する賠償金と条約の改正案だ」
また別の書類を出す。莫大な金とオダキユに有利な条約だ。側近はそれを読んでから鞄に仕舞った。持ち帰り検討すると言う。使者のやり取りを再開することも約束した。それだけでも今回来た甲斐があった。
「マーク」
帰り際、ハルクがドアの前で振り向かずに言った。
「君が憎い。だが罰を決めるのはヴァイオレットだ。僕じゃない」
彼女の墓はアシノにある。そう言って部屋を出て行った。マークはアシノに向かうことにした。