魔法使い
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ちょうど良いタイミングで伯爵に会えた。将軍との面会を頼むと、彼は矢継ぎ早に質問した。
「君は何者だ?先ほどのあれは何だ?どうやって城門内に入った?」
ヴァイオレットは真顔で答えた。
「魔法です。私は魔法使いなのです」
代書屋ヴィーとは仮の姿。その正体はオダキユ王国が秘匿する古の力を継承する者。帝国の邪知暴虐に正義の鉄槌を下すために来たのだ。
眼鏡曰く『押し通すのです。どんな無理な設定でも言い続けるうちに真実になります』。
「…」
伯爵は沈黙した。信じてないな。
(ナナコ。何か魔法を見せて)
(オッケー!黒髪になあれ!)
精霊はヴァイオレットの髪の色を変えた。金から黒へ。早変わりに彼は驚いたようだ。
「…分かった。将軍に会わせよう」
伯爵は彼女を連れて王城へと向かった。計画の第2段階をクリアした。
◆
ヴィーはマークをルパ伯爵だと思い込んでいる。護衛たちも黙っている。しかし王城に行けばバレる。
「陛下!…その女性は?」
将軍が会うなりバラしてしまった。ヴィーはマークを見つめた。
「将軍。この方が支援物資を届けてくれた。…ヴィー。黙っていてすまなかった」
とうとう知られてしまった。自分がヴァイオレット姫の夫であった男だと。マークは罵声を覚悟した。
「こちらこそ申し訳ありません。不躾な頼みをして。初めましてリトナード閣下。オダキユ王国の魔法使いヴィーと申します」
しかし彼女はごく自然に将軍に挨拶をした。マークの自白は流された。
(どういうことだ?ヴィーとヴァイオレット姫は同じ人物ではないのか?)
一方、呆気にとられた将軍は首を傾げた。
「魔法使い…はて何の比喩ですかな」
「そのままですわ。私が魔法でご助力いたします。共に帝国軍を打ち払いましょう!」
これがその策です、と彼女は書簡を将軍に渡した。将軍は勢いで受け取った。何かの冗談かと警戒している。しかし読み進めるうちにその表情が変わった。
「陛下。この話が本当だとすると…勝てますぞ!」
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将軍が魔法を見せろと言うので、ヴァイオレットは敵の物資を大量に出した。王城の方が食糧難だったらしく皆が喜んでいた。市民地区にはオーナーが売りつけに行っているし、下町は会長たちが配給をしてくれている。貴族地区だけが穴になっていたようだ。
「これで信じていただけました?私が魔法使いだって」
ヴァイオレットはえへんと胸を反らせた。初めて魔法を見た将軍たちは呆然としている。衣装も凝れば良かった。黒のとんがり帽子とか。町娘の服では威厳が足りない。
「見事だ!ヴィーどの!」
我に返った将軍は拍手をして褒め称えてくれた。陛下は先ほどから何もおっしゃらない。
(失礼したこと怒ってるのかな。身分を偽った陛下のせいなのに)
モヤモヤするが王の裁可が無いと作戦は実行できない。作り笑顔で胡麻を擦る。
「いかがですか。陛下」
「良いだろう。決行は明日の朝だ。それまで君はここに居てくれ。身の安全のためだ」
第3段階クリアだ。ヴァイオレットは眼鏡を見直した。奴の言ったとおりに事が進む。通された部屋で5グラム便をオダキユに出して報告をした。
『将軍と陛下に接触。万事順調。決行は明日朝。ヴァイオレット』
数分後、ナナコが返事を引き寄せた。早いな。
『了解。予定通りで。陛下に注意されたし。M』
ミロードのMか。陛下に注意しろとはどういう意味だろう。晩餐に招待されたから了承してしまった。今更断れない。スッキリしないまま、ヴァイオレットは食堂に向かった。
◆
ヴィーは美しいドレスを着て現れた。どう見ても貴族の令嬢だ。マークは彼女を席までエスコートした。
「非常時なので大したものではないが」
「十分ですわ。あら、将軍はまだ?」
「明日の準備で忙しいそうだ」
というのは建前だ。本当は二人きりで話したかったのだ。マークは残り少ないブドウ酒を開けさせた。彼女は喜んで飲んだ。酔えば口が軽くなるかもしれない。
「君は一度結婚していたと言っていたな?それはオダキユでか?」
一杯空けたところで本題に入る。ヴィーは頬を赤く染め、とろんとした目でマークを見た。
「いえ。ケイオスです。もう1杯いただいても?」
「…」
ニコニコと上機嫌で二杯目を飲む。マークは自信が無くなってきた。ヴァイオレット姫なら元夫と酒など飲むだろうか。
「相手はどんな男だったんだ」
若旦那だとか。それは本当なのか。彼女はしばらく考えてから言った。
「すみません。覚えてないんです」
式の時にチラっと見ただけで話したこともない。背が高かったことしか記憶にない。髪や目の色も忘れてしまったと言う。
「向こうも忘れてますよ。きっと」
別人だったのか。そんなはずはない。マークは思い切って呼びかけた。
「ヴィー。いやヴァイオレット姫」
彼女は蕩けた顔を彼に向けた。
「姫。私だ。君の夫であったマークだ」
今更謝っても意味はない。だが聞いてほしい。本当にすまなかった。彼は頭を下げた。しかし反応が無い。顔を上げるとヴィーはすやすやと眠っていた。




