籠城戦
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ルパ伯爵が立ち上がった。食べかけの団子が落ちる。護衛たちが馬を引いて来た。国の一大事だ。きっと出陣するのだろう。ヴァイオレットは思わず呼び止めた。
「あの…」
伯爵の金色の瞳と目が合う。
「聞いた通りだ。案内はここまでで良い」
護衛がガイド料を差し出した。ヴァイオレットは受け取らなかった。
「続きはまた今度にしましょう。まだ遊覧船も乗っていないし。名物の黒卵も食べないと!」
「…」
伯爵は彼女の手を取った。そして貴婦人にするように口付け、去って行った。1人残されたヴァイオレットはナナコを呼び出した。
「ニュージュークが包囲されたって。おじさまたちは知ってるのかしら?」
「さあ。もう同盟国じゃないし」
しかしケイオスが落ちたら次はオダキユだ。急いで実家に戻ったが両親ともに不在だった。そこでナナコの5グラム便を出すことにした。小さな字で今知った情報を書き、魔法で王城に送ってもらった。
(食堂のおばさんは大丈夫かな。会長やマダムやオーナーも)
住んだのは半年足らずだったが、あそこには多くの知り合いがいる。皆親切な良い人たちだった。非情な帝国軍は何もかも奪っていくと言う。軍属以外も平気で殺すとか。心配になったヴァイオレットは馬車で王都に向かった。
◇
従妹からの情報は事実だった。逃げてきた商人によると、帝国軍が一夜にしてニュージュークを包囲したらしい。オダキユ王城ではハルク王子らが緊急会議を開いていた。
「ケイオスは武の国だ。ありえない進軍速度だ」
帝国軍を引き入れた裏切者がいる。ハルクは机に広げられた地図を見た。ケイオスと帝国が接する領地は1つ。
「ミニスト子爵領ですね。以前からほぼ帝国の属領でした」
側近が子爵領を指す。
「子爵だけでは王都の背後は突けません。隣のマイバスケ伯爵も寝返ったんでしょう」
そう考えると腑に落ちる。そこへ斥候が戻って来た。
「報告いたします!帝国軍は王城にまで侵入!更に火を放ち、王城の半分近くが燃え尽きました!」
「国王夫妻はどうした?逃げられたのか?」
誰かが訊いた。大抵の城には脱出路がある。
「国王陛下は討ち死に!王妃殿下も脱出した形跡はありません」
皆沈黙した。一時は同盟国だったのだ。それがあっけなく落ちた。ハルクは思い出した。
「王太子は?」
つい先日会った。まだオダキユにいるなら生きている。
「生死不明です!その後、リトナード将軍旗下が敵を城門外に排除しました!」
籠城戦となった。ニュージュークの人口は20万とも言われる。側近は冷たく言い放った。
「数日で食料は尽きるでしょう。あとは飢え死ぬか降伏するかです」
◆
籠城3日目。ようやくマークはニュージュークに潜入できた。すぐにリトナード将軍と合流する。
「ご無事でしたか!」
将軍は涙を浮かべてマークの帰還を喜んだ。そして跪くと恭しく言った。
「マーク陛下!」
父は死んだのか。思ったより堪える。こんな形で即位するとはな。城壁の外は帝国軍。内には20万の民。食糧が尽きるまであと数日。帰途、地方領主たちに救援を依頼してきたが、すぐに援軍が来る見込みは薄い。
「では軍議を始めよう。将軍」
生き残った諸将を集める。焼け残った王城でマークの新たな治世が始まった。
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ヴァイオレットは母の侍女のフリをして城に潜り込んだ。忙しい眼鏡を捕まえて訴える。同盟破棄の原因は自分だ。このままではニュージュークの下町が踏みにじられる。何とか戦を止められないか。
「援軍?送るわけないでしょう」
眼鏡は「何寝ぼけた事言ってんだコイツ」という目でヴァイオレットを見た。
「ケイオスは滅びます。自業自得です」
「でも次はオダキユの番じゃなくて?」
今まではケイオスが帝国と境界を接していた。その防波堤が無くなったら。ミロードは鼻で笑った。
「その時は姫を帝国に差し出せば宜しい」
「姫?誰?」
眼鏡がヴァイオレットを指さす。いや。おかしいでしょ。天に召されてる姫を嫁に出すって。
「実は双子の妹のヴィオレッタ姫がいたんです。魔法も使えることですし。帝国の皇后にでもなってください」
「なれるかっ!」
恐ろしい奴だ。涼しい顔で王族を捏造する。未来の宰相候補らしいが大丈夫なのか。
「魔法で凄い兵器とか出してみては?」
巨大なゴーレムが口から閃光を吐くような。火の七日間で帝国を焼き尽くすとか。それはヴァイオレットも考えた。しかしナナコの魔法で創造はできない。どこからか持ってくるだけだ。言い方は悪いが盗む魔法だ。
「我が国が出兵することはありません。ですが、あなた個人が義勇兵として参戦するなら止めませんよ」
剣も弓も使えない令嬢が行って何になる。ついでに乗馬も苦手なんだから。彼女はむくれて眼鏡を睨んだ。
「この天才軍師ミロード様が策を授けましょう。あなたのショボい魔法を最大限活用する方法を」
「ショボくない!ナナコに謝れ!」
腹が立つが他に思いつかない。ヴァイオレットは仕方なく眼鏡の話を聞いた。




