10.推しと幸せと
隣の席の美少女も、友人とそのさらに友人も。俺の手によって助けた。このグレーを超えた真っ黒なことばかりやっているハッカーの俺が、3人か4人分もの人助けをしたのだ。
普通はあり得ないことだ。あり得ないことなのだが、その理由を俺はハッキリと理解している。俺は今、というか、今まで高校デビューというものでテンションが上がっていたのだ。変なスイッチが入ってしまっていたのである。
「イレイサーの声的に……」
「マジ?私はボイチェンか何かで……」
「いえ。あ、あああ、あれは、加工はなかったと思います!色々動画とか見てるので……」
「え?何々?またイレイサーの話?イレイサーは俺だって言ってんじゃ~ん」
「「「嘘が分かりやすすぎる(ます)って!!」」」
この最近日常の一部になっているような気もするやりとりも、高校デビューでテンションが上がってしまった結果起きているものだ。冷静に考えれば、少しでもイレイサーが俺であると思われる可能性は下げておくべきであり、幾ら陽キャのフリをするからと言って子駒ですのは正常な判断ができていない。
というか、正直今となってはこの陽キャのフリというのも意味がないように感じている。まだ入学から1月も経っていないのだが。もう面倒くさくなったのだ。
ただ、俺が三日坊主とか言うわけではない。弁明させてくれ。
まず、俺が陽キャな高校デビューをしようとしたのは、推しがそうすることが大事だと言っていたからだ。俺と同じく今年度高校に入学した推しが。
それはもう推しが言うから俺も盲信してやったわけだ。やる気を漲らせてな。
だが、そのはずだったんだが、俺のやる気を消失させる出来事が起きてしまったのだ。
推しが陽キャになっていないという出来事が。何かきっかけが必要なのかもしれないとか色々思って陽キャグループにまで入れたのに、それでも陽キャにならないと言うことが。
「はぁ~。まさか、上手くいかなかったとはなぁ~」
俺は外に視線を向ける。
いつも眠い眠いと学校では言っている推しが、向かった屋上に向けて。推しが屋上の柵を乗り越えようとしているところへ視線を向け……へ?お、おい?あれって……;嘘だろ!?なんで!?
おいおいおいおいおい!?マズいぞ!なんで押しは屋上の柵を越えようとしてるんだ!?そんなことしてまでやることなんて1つくらいしかないぞ!
「……自殺」
俺の口からその考えられることがポロリと出てくる。
そうでないと思いたい。心の底からそうでなければ良いと思っているが、残念ながらその願いが届きそうな様子ではない。
アレは『屋上の柵乗り越えてみた』とか言う迷惑動画投稿者がやるようかことを行なおうとしているのではなく、自身の命を絶とうとしている。
「流石に押しが死ぬのはな」
その辺のどうでもいい一般人が命を落とすのはなんとも思わん。どこかの地方議員が刺されても、ざまぁ程度にしか思わん。
だが、推しならば別だ。実際にことが起きてしまえば深く心はえぐられるだろうし、正直しばらく学校に来る気力さえ起きないと思う。俺の精神衛生上の観点から見ても、アレを放っておくのはマズい!
ということで、助けるのは確定だ。だが、だからといってこのまま俺が走って行ってどうにかなるものかは分からない。まずはドローンを近くに飛ばして、情報収集をしなければ!
幸いなことに、推しは身長が低く手も足も短いため、柵を乗り越えるのには時間が掛かる。柵の下の小さな隙間を潜っていく方が早く済むのではないかと思うほどだ。
だからこそ、時間はあるんだ。少しでもこの時間を有効活用して、推しの飛び降りようとする原因の究明と解決策の考案をしなければ!
ブゥゥン!と枷を切り裂く音を発しながらドローンは飛んでいき、マイクが音を拾う。風でボワボワとした雑音が入るが、気にせずドローンを進める。
近づいていけば、途中から聞こえてくるのは荒い息づかい。柵を乗り越えようとしては足が滑るのを繰り返し、体力を相当消耗しているのが分かる。
そして、荒い息に混じりながら、
「ハァハァハァ……私が、幸せになる、ハァ、資格なんて、ない!」
「わたしか」だ。
これでこの台詞を聞くのは高校に入ってから4度目だな。一体何人幸せになってはいけない人間がいることなのやら。
何度か聞いた言葉だ。だがこの発言を聞いたことで、俺も推しの覚悟が相当なものであることを理解した。突発的なモノでは無く、かなり思い詰めて死を覚悟している。
これは、こちらも生半可な覚悟では止められないだろう。とりあえず、俺が言って止めるというのは無理だな。
「……仕方ない。あいつらを使うか」
俺はスマホを操作して、数人にメッセージを送る。
推しを助けられるのは、気持ちが理解できて共感できる人間だろう。決して俺みたいな人の命は金より軽いとか思っている人間には無理なことだ。
だから、




