吟遊詩人の詩
一撃で試合を終わらせた。
本来なら苦情やブーイングが響いても仕方ないが、会場は滅茶苦茶に湧いていた。
「もういいのか?」
バァゼルに聞くがうんうんと頷いている。
ファンクライアはタオルを持っており
「汗を拭きますわ。お疲れ様でした」
俺はファンクライアを抱きかかえ
「こんなのでは身体が鈍ってしかたない。戻ったらやるぞ」
それにファンクライアは妖艶に微笑み
「ここでやりましょう。皆の前で見せ付けるのが最高のアピールになるかと。お腹が大きいですからこちらでご奉仕しますわ」
そう言ってファンクライアは舌を長く伸ばした。
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帝都に住んでいる民達。
最近平和な帝国にスキャンダルが流れていた。
皇族のスキャンダルは庶民の娯楽。
真偽関係無く庶民達はそう言った噂話を楽しんでいたのだが、今回の噂話は別格だった。
「皇帝の姉が出奔した」
「皇帝の姉は夫を糾弾し、そして弟である陛下の批判もするらしい」
そして
「その姉がヘルパスト・ガーデリングで姿を表した。この帝都にやってきて、直接語りかけるらしいぞ」
帝国の民達はその噂に夢中になった。
また、デアグレン達の到着が遅れたことがむしろその噂を広げ、盛り上がることに一役たった。
だが肝心の試合は庶民の年収五年分というとんでもない入場料のせいで中に入れるのは貴族と金持ちだけ。
そのため、一目、一声聞こうと庶民達は闘技場付近に殺到した。
デアグレン達が闘技場に入ったあと、その内容を庶民達に伝える為に高い金を払って入場した新聞や吟遊詩人達は如何にそれを言葉に、詩にしようかと考えていた。
だが、その場で起こったことは彼らの想定を遥かに超えるものだった。
濁して批判すると思われたファンクライアのアピールは、直接的な皇帝批判。
しかも相手は皇帝の愛人のヴェリュビアエット。
デアグレンはそのヴェリュビアエットを一撃で沈め、その挙げ句その場で皇帝の姉と性行為を始めた。
デアグレンは沢山の女達を囲い、皆既に孕んでいた。
そして彼女達は彼の好みに合わせて太らされていた。
元は美人であったであろう女達が、人族から見れば醜く太らされ、彼に媚びる豚のようにされている。
そのうちの一人は皇帝の姉。
皇族がそのような扱いを受けていることに観客達は興奮し大騒ぎしている。
その光景はあまりにも衝撃的で、それをどう伝えるかを悩む新聞が続出。
なにしろ、皇族のファンクライアはともかく、吟遊詩人や新聞が皇帝批判や皇族にまつわる問題をそのまま伝えたら兵に逮捕されかねない。
そう言うのは隠れて喋る、伝えるものなのだ。
そういうものが日中堂々と行われた衝撃。
その中で一人の吟遊詩人がまず最初に闘技場から出て庶民の待つ広場に向かった。
吟遊詩人コンティアル。
彼は元々世の中にある卑猥だったり猥褻だったりして、あまり新聞や他の吟遊詩人が取り上げない出来事を詩にして伝えることが好きだった。
人の真理は様々なところから溢れ出る。
避けられやすい卑猥な物事からも得られる人間の真実見。
それを詩に変える男。
今回の出来事を詩にするには、言葉にするには、そういうものを得意としていた彼が最も早かった。
吟遊詩人達がいつもたまり、語っている広場にコンティアルが着いた頃にはもう人山が出来ていた。
もう闘技場のざわめきは終わった。
一体中でなにが行われていたのか。
コンティアルは声を張り上げる。
「おおっっ!!!
我等栄光の帝国民よ!!!
今から奏でる詩は信じがたいもの
今から奏でる物語は我が目前で行われたもの
我が目に焼き付いた光景を
今ここで奏でよう」
そしてコンティアルは竪琴を引きながらゆっくりと語り始める。
「美しき皇帝の姉がいた
彼女は名門の貴族に嫁ぎ
子を為し帝国の発展を支える
そのような人生のはずだった
されど彼女に懐妊の話はなし
あれから七年
不妊を囁かれた今
彼女は城を出て
かの場所に降り立った
そして叫んだのだ
【帝国は病んでいる】と」
数千人が入れる広場は既に埋め尽くされている。だが誰も騒がない。
どうにかして吟遊詩人の声を聞こうとしている。
「帝国の病を彼女は訴えた
後継者のいない
この帝国にある病を
夫はその病に食い尽くされ
そして今、弟も
食い尽くされようとする病」
吟遊詩人の詩に色めき立つ観客。
だが詩人はできるだけ直接的な皇室批判にならないように言葉を避けながら話を進める。
「彼女は皇帝の妻
ミアハルレットと仲が良かった
彼女を救うために
自らの身を警告と為して
闘技場に現れた」
そこから先。
戦いはすぐに終わった。そして行われた事をそのまま伝えれば、皇族の卑猥な話となる。それは兵士が取り締まりかねない微妙な話。
「その姿から かつての面影は無くなっていた
闘技場に降り立った オーガー族のデアグレン
彼の好みに合わせた
彼女は彼に媚びる
他の女達もそう
彼の子を腹に宿し
無様に媚びながら彼を喜ばせていた」
そう言って一度演奏を止めコンティアルは絵を見せる。
それは豚の絵。
言葉に乗せるのではなく、絵を使い伝えていく。
「そこまでした彼女の訴えは届いたのか?
対戦相手は一撃で地面に埋まり
彼を愛した男は泣き叫んでいた
『もうわかった』『ゆるしてくれ』と」
「そして彼の妻が囁かれた
『もう一度やりなおしましょう』
『今からならば全て解決できます』と
それに男は泣きながら何度も頷いた
それを見てファンクライア様は
頷き全ては終わった」
吟遊詩人は歌い終わった。
だがすぐに
「聞こえなかったからこっちでもーーー!!!」
「そばに来てうたってーーー!!!」
大量の投げ銭を拾いながら、コンティアルは移動した。
この件は新聞の一人が濁さずそのまま伝えようとして即兵士に拘束されたりした。
そのため、真っ先に詩にし、兵士達から止められもしないコンティアルの詩を参考に、他の吟遊詩人や新聞達は伝えるようにした。
その詩が流行った3ヶ月後、待望の皇帝の子供となる、ミアハルレットの懐妊が帝国から発表された。




