殴り合いの試合
翌日。ウロポロスと打合せ。
「2日連続で徹夜で飲んだらしいが元気そうだな」
書類に目を通しながら、ウロポロスが話をしてくる。
「酒を飲みすぎて本調子じゃないです。など闘技士として言えるわけ無いだろう」
それにウロポロスは頷き
「そうだ。コンディションは大事にしろ。俺は一流の闘技士がちょっとした油断で身体をおかしくした例をいくらでも見てきた。お前もそうならんことを祈っている。今俺が関わっているなかで、一番有望なのはお前だからな」
ウロポロスから渡された資料。
次の試合。
「オーガー族同士の対決か」
「そうだ。殴り合いで構わん。オーガー族同士だが体格差がある。まともにやってもお前が勝つと思うが、今回はちゃんと相手に負けるように指示をしている……」
「わざとらしくされても困る。俺はガチ勝負で構わないと言って貰えるか? 互いが全力で殴り合った方が盛り上がるだろう?」
「……お前がそれでいいと言うならば。今回のは急な試合だから、お前のコンディションが心配だったのだが」
俺は首を振り
「四日も時間もらってコンディション整えられないなら、俺には才能がなかったと言うことだ」
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デアグレンが打合せから出た後に、ウロポロスは大きく溜め息をつく。
「……本当に。全員があれだけのプロ意識を持ってくれていればいいのだが」
ゴブリン族のウロポロス。
闘技士のマネージャーとしてボロ儲けをしていたが、特に最近は世界最強の闘技士、ミカエルとの試合マネージメントで圧倒的な富を築いた。
だが世界最強の闘技士が連戦するのも危ない。
あくまでもミカエルは闘技士のラスボス枠として、あまり試合には出ないようになった。
そのため、ウロポロスも他の選手マネージメントに戻ったのだが、そこで拾ったのがデアグレン。
森で見つけたオーガー族だったのだが、これが大当たりだった。
粗暴、凶悪と呼ばれ、単純な指令しか聞かないオーガー族とは違い、デアグレンはとても知性的で繊細な性格をしていた。
知性的だからこそ、闘技に求められることをしっかり理解していたし、繊細だからこそ相手を思いやり大怪我などもさせない。
闘技士としては最高の人材でありウロポロスはデアグレンを高く評価し常にフォローしていた。
そのうちミカエルとぶつける想定もしている。
とは言え、デアグレン一人だけ面倒を見ていたら金が続かない。
そこで見つけたのがフェルミエール。
あのミカエルと似た境遇に
「これはまた金の卵が!!!」と喜んだのだが、フェルミエールは闘技士に向いていなかった。
痛みに慣れず、もう戦いたくないと投げ出したのだ。
既に試合の為に相手のアポはとっていた。
そのためデアグレンに頼み込んで試合は成立させた。あと問題は賭け金。
オーガー族同士の試合はそんなに注目されない。だから急な試合でも特に揉めることは少ない。
問題は裏社会。
裏社会の人間は闘技のマネージャーとつながっていて、資金洗浄したがっている。
今回は裏社会から誘いがあったのだ。
だから勝敗が確定した試合を用意したのだが、デアグレンは「ガチでいい」と言ってきた。純粋な格闘で必ず勝つと。
「……確かに。下手な演技は致命的になる。デアグレンに任せよう」
ウロポロスは席を立ち
「おい! ドルグゥゥアを呼べ!!!!」
ドルグゥゥアは一般的なオーガー族のイメージ通り粗暴で凶暴。
ただ身体がオーガー族の中では小さく負け役をよくさせられていた。
それでもドルグゥゥアは特に不満はない。
ドルグゥゥアは暴れる事が目的であり、勝手に決められた勝ちや負け判定など気にしていないのだ。
そして暴れた結果必ず金を貰える。なんの不満もなく楽しく生活していた。
「ウロポロス!!! 次の試合は人族の女と聞いていたが! 変わったのか!!!」
それにウロポロスは頷き
「ああ。同じオーガー族のデアグレンだ。全力で殴り合え。以上だ」
それにドルグゥゥアは目を見開き
「勝ち負けは?」
「最後まで立ってた方が勝ちだ」
それにドルグゥゥアは笑い
「そうか!!! 手加減なしでやれということだな!!! 分かった!!! 暴れてくるぞ!!!」
愉快そうにドルグゥゥアは去った。
「……あいつもな。闘技士として優秀なんだよな……」
そして試合当日。
「こういう試合も良いものですな」
入場口で試合を見守っていたウロポロスに声をかける少女。
見た目と違い年齢を重ねたような目をしている。
裏社会で有名な取り締め役のザンレイフィ。
「……これはこれは。このような所に来られなくとも、金はちゃんとお持ちしますのに……」
今回の試合はザンレイフィに金を流すためのもの。
倍率はデアグレンが有利で、そんなに儲かる試合ではない。目的は資金洗浄。
裏社会で得た表に出せない金を、闘技の金として回すのが目的。
「たまには見たい。しかしミカエルの代わりという女は? 期待していたんだけど?」
それにウロポロスは恐縮して
「……その。とても使い物に……。私の目も年々衰えるばかりで。申し訳無い限りです」
「ご謙遜を。あなたはミカエルを見つけ出した。そしてデアグレンも。たまには失敗もするでしょう。しかしこういう単純な殴り合いも悪くないね」
試合では、オーガー二人が正面から殴り合っている。最近の闘技は投げ技などがメイン。
正面からの殴り合いというのはあまりなく、逆に新鮮で盛り上がっていた。
『いいぞーーー!!! やっちまえ!!!』
『ドルグゥゥア!!! 倒れんなよーーー!!!』
歓声を聞きながら
「そうですね。お客様も盛り上がってくれています。こういう試合もいいかもしれません」
ウロポロスから見れば、この試合は裏社会の為にやる試合だった。勝ち負けが決まっている戦いで、正直賭け金はそこまで集まらなくてもいいし、次に繋がる必要もない。
目立たない合間の試合。
だが想定以上に客は盛り上がっているし、見に来た裏社会のボスも喜んでいる。
街中の喧嘩のようなスタイルだが、それよりも派手で分かりやすい戦い。
双方が逃げず、交互に殴り合う。
だが体格差は大きかった。
少し背の高いデアグレンの拳は、その分威力もある。
十何回目かの拳に、ドルグゥゥアの身体はぐらつき、そのまま膝をついた。
『ドルグゥゥア!!! 膝をつきました!!! 試合終了!!! デアグレンの勝利です!!!』
実況の声が響き
『うおおおぉぉぉぉっっっっ!!!!!』
観客の大騒ぎ。
メイン試合でもなく、掛率としても順当な結果でこの盛り上がりは想定外。
「ミカエル以前、ミカエル以後って言われるけど、ミカエルのような舞や歌を前説にして、戦い方も投げ技、組技が主体になってきた。でもこういう、単純な強さを競う殴り合い、戦い合いも需要があるんだろうね。男はこっちの方が分かりやすい」
ザンレイフィは笑顔で手を振り
「じゃあ金はよろしくー」
ウロポロスの目の前から、かき消えるようにいなくなった。