皇帝の姉を賭けた戦い
これだけの都会。
街全部で300万人は暮らしているらしい。
このスタジアムは巨大で5万人程度は入る。
なのだが、入場希望者は5万人をはるかに越えて15万人程度。らしい。
「行列が凄いのだ!!! 入場料だけでボロ儲けになる!!!」
興奮するバァゼルだが
「連戦なんぞ出来る訳がない。俺が生き残ることを先に祈っておけ。戦いが終わってから判断しろ」
俺はファンクライアとターミルを連れてスタジアムの中に入る。
既に会場は超満員。
余りにも人が多すぎたからか、観客は観客席だけでなく、スタジアムの闘技フロアにも椅子を並べて座っている。
いや、まて。これ。
「お前、こんなの観客死ぬぞ。俺は素手だが相手は馬と長槍だぞ? 座っている素人に避けられる訳がない。騎兵の突撃スピードを舐めてるのか?」
思わず出る俺の突っ込みに
「……観客に対する慈愛か? そんなものよりも己の死期に対して慄くと良い」
レゼンアルド。
当たり前のように馬に跨がっているし、フルプレートのフルメイス。
重装騎兵の長槍使い。
思いつく限りで最悪の相手だな。打撃技は完全に無効になる。
だが、長槍の騎兵は馬から下ろせば、思うように長槍を操れなくなる。
あれは高度から突き刺すからこそ威力があるのだ。
またこの重装備は投げ技に対してほぼ無防備となる。
重いからこそ動きは鈍く、どんな技でもかけられる。
だから馬から下ろせば勝ち目は十分にある。
だがどうやって下ろすか。
見た感じ馬を操る技量は相当なものがある。
簡単なタックル程度では崩れなさそうだ。
「言っておくがな、俺は勝つ気だ。だがな、俺はあくまでも闘技士。観客を興奮させ、喜ばせるのが仕事だ。下手をすれば観客が死にかね無い状態で戦えるか。……おい! バァゼル!!! 観客との間に仕切りを入れろ!!!」
俺がバァゼルに叫んでいる間に、一緒に入場したファンクライアがゆっくりとローブを脱ぐ。
「……お嬢様……」
それを見てレゼンアルドは顔を歪め泣きそうな顔をする。
それをファンクライアは冷静な目で見ながら
「……せっかくの良い機会だ。ハッキリと話をしたいと思うが」
ファンクライアが何かを話そうとするとターミルが笛を構える。
またアレをやるのか。
そう思っていたら
「私は、未だに男を知らぬ。生娘だ」
絶句。
絶句にも音があるんだ。そんな間抜けな考えが頭をよぎる。
息を飲む音というか、呼吸が突然止まる音というか。
「皇族の女は婚姻まで純潔を守る。これは当然の話で、私もそれを守った。そして結婚適齢期である15に婚姻した。この夫が問題だった」
笛に口を付けているターミルを手で制し
「夫は男を愛していた。まあ男色は貴族でもある趣味だ。それは構わない。問題なのは一切私に手を出さなかったのだ。貴族と婚姻した皇族の女に子が出来ない。それは女の問題だとされる。私は何度も何度も夫に願った。あなたの趣味趣向は好きにすればいい。だが、子が出来ないのは私の恥になる。どうかして一度でもいいから抱いてもらえないか?
そこまで言ってもしなかった。そして七年経った」
ファンクライアは俺を指差し
「もう我慢の限界だ。あのバカに恥をかかせる。そのためにはなんでもしてやる。そこで聞いたのがこのデアグレン。彼は粗暴で巨大。だが、紳士だ。私からの『こちらからお願いするまでは我慢してほしい』という要望をしっかり聞いてもらっている。だが、当たり前の話だが、こちらからお願いしていること。私が望めば、彼の性奴隷のような扱いをされるのは間違いない」
そしてゆっくりとレゼンアルドに向き合い
「噂に過ぎないと一考にしなかったが、私に惚れていたそうだな。年はくったが22だ。お前の嫁となるならば若かろう。デアグレンに勝てば、私はお前のものだ」
その言葉に、レゼンアルドは大きく身体を震わせる。
ああ、こいつ興奮しているな。馬上の主人の興奮が伝わったのか、馬までそり上がり、興奮する。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!!!!』
皇族。皇帝の姉を賭けた戦い。
勝った方の女になると宣言したのだ。庶民から見れば、目の前でスキャンダルが巻き起こる瞬間にいる。
観客達の凄まじい盛り上がりを聞きながら
(こうなればレゼンアルドは遠慮などしまい。俺も腹を括ろう)
観客達を守りながら戦えるとは思えない。
騎兵を舐める訳にはいかない。せめてド真ん中で戦うことを心がける程度だ。
俺は
「女を囲うぐらいでそこまで興奮するか!!! 俺から見れば囲う女の一人にすぎん!!! あいつが欲しければかかってこい!!! 闘技士の実力!!! 見せつけてやる!!!」




