第3話 時計
「――はい、じゃあ今回はここまで。
授業時間ちょっとオーバーしちゃってごめんなさい。
夏休みの宿題、プリントに書いてあるのでチェックしておいてね」
気を付け。
れーい、と。
あー!やっと終わった、1学期最後の授業!
中学になってからは数学と英語はクラスを半分に分けた少数授業になって、C棟2階の特別教室で英語の授業を受けていたのだ。
これで、あとご飯を食べて、全校集会で長ーい話を聞けば晴れて夏休み。
ま、今日も部活(水筒ティータイム)はあるんだけどね。
ところで、だ。
私は身を乗り出して隣の男子に声をかける。
「ちょっと、颯。起きて。もう授業終わったよ」
応答なし。ならば肩をゆすろう。
「颯、起きなさい!」
さぞかし気持ちよく眠っていたのだろう。
「く、あ、あぁ」なんて声をあげて颯が起きる。
「お、三枝。どうした」
「どうしたじゃないの。もう授業終わってるし、みんな教室帰ってる」
「そうなのか。悪いな、ほんと」
本当に思ってるんだか。
こいつは天野颯。
同じクラスの男子で、小学校は違ったんだけど席も近いのでわたしや茜とも仲良くなった。
部活にも入ってないし、習い事とかもしてないみたい。
いわゆる無気力系(?)だ。
「ほんと、そんなに寝てて大丈夫なの?」
「いや、俺だって寝たくて寝てるんじゃない。
暇すぎて寝ずにはいられないんだ。特に英語」
「確かに退屈だけどさぁ……」
国語とか数学とかは中学に上がってから急に難しくなった感じがあるけど、なにせ英語は中学で新しく出てきた新入りの教科だ。
基礎の基礎から教えてくれるようで、最初はアルファベットの書き取りとか……
ぶっちゃけ、超簡単だ。
でも私は知っている。
今気を抜いてはダメなんだ。
「『I am a student』(私は生徒です)などで調子に乗るな。気づいたころには置いて行かれるぞ」と、お兄ちゃんからマジのトーンで聞かされているからな。
だからわたしはこんなやつと違い、まじめに授業を受けるのだ。
こないだのテスト、英語でこいつより点数低かったような気がするが、そんなことは気にしない。
「ていうかお前、こないだのテスト俺よりも……」
「うるさい!さっさと帰るよ!」
「おーい、颯。先行くぞ」
颯の友達の男子が入り口から声をかける。
「あ、わりぃ。今行くー」
颯があわただしく教室を出ていく。
まったく。失礼極まりないね。
颯に燃えるような怒りを感じながら、荷物をまとめようと机の中を覗き込む。
異変に気付いたのは、その時だった。
机の奥に、何かある。
「な、んだ……?これ」
机の中には、手のひらサイズの円盤が入っていた。ふたがついている。
このフォルムは……
「懐中時計……?」
人のものだという罪悪感を感じながらも、旺盛すぎる好奇心の誘惑に負け、わたしはおそるおそるふたを開けてみた。
あ、やっぱり懐中時計だ。時間は今と全然違うけどね。
それにしてもきれいな時計だ。文字盤の数字の横にちっさい宝石みたいのがついてる。
けっこうお高いんじゃない?これ。
でもところどころ宝石がない数字もあるな……
少し前に感じていた罪悪感を、もう完全に捨て去ったわたしが懐中時計をなめ回すように見ていると、後ろの席から声が聞こえた。
「ふぁああ。あれ、杏。みんなどこいったの?」
え……
「まさか、茜。いままでずっと寝てたの?」