第9話 証明
「――なるほど。梅田先生はそのように現場を発見したわけですね」
梅田先生が一通り話し終わった後、美咲先輩が手を顎に当てて言った。
「じゃあ、六宮君の意見もきこうかな」
「おう。疑わないで、信じてきいてくれよ」
美咲先輩の言葉に六宮先輩は待ってましたとばかりに話し始めた。
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六宮先輩はサッカー部に入っている。
部活が始まるタイミングで、先輩はスパイク(サッカーをするときに履く靴)が手元に無いことに気づいた。
「教室に忘れてきた」と判断した先輩はグラウンドに近い入口から校舎に入り、普段は使わないB棟側の階段から自分のクラス、2年3組に行こうとした。
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「――そして、教室に入ったときにこの魔法陣を見つけたのね」
美咲先輩が言った。
「ああ。そしたら俺テンション上がっちまってさ。自分が疑われるなんて考えないでポーズとかとっちまったんだ」
なるほど……。
「――じゃあ、六宮先輩にはアリバイがあるじゃないですか!部活に行ってたんでしょ?こんな凝った魔法陣、描いてる暇なんてないですよ!」
茜が勢いづいた様子で言う。
ほんと、よくこの緊迫した、それに先輩と先生しかいない状況で自分の意見をはっきり言えるなあ。
しかし、茜の言葉に六宮先輩は首を横に振った。
「――それがな。部活が始まってすぐにスパイクが無いって気づいて、みんながグラウンドでアップしてるときは1人で探してたんだ。だから4時10分くらいから5時まではアリバイが無いってことになっちまうんだよな……」
めちゃくちゃ正直に話すな、六宮先輩。
「嘘はつかない」っていう話は本当みたいだ。
「そっか……。アリバイはない、そしたらまあ犯行は可能……ですね。やったんですか?」
茜が凄まじいスピードで寝返った。
「いやいや、やってないんだって。なんで皆信じてくんねえのかな……」
六宮先輩も流石に落ち込んできてしまったその時。
「――事情は分かったわ。六宮君は無実よ」
美咲先輩が口を開いた。
「え、先輩、分かったんですか!」
思わず声が出てしまった。
「おい、本当か!立花!」
「ほら言っただろ!分かる人には分かっちまうんだよなー!」
驚く梅田先生と、調子に乗る六宮先輩に、
「――ええ。じゃあ、お話しますね」
と返し、美咲先輩は話し始めた。
「まず、私たちは1つ勘違いをしています。事件の根幹に関わってくる勘違いを。正直、これさえ分かってしまえば六宮君の無罪は確定です」
「ちょ、勿体ぶらずに教えてくれって!俺、なんか勘違いしてるか?」
「――はい。ここは2年3組じゃありません。」
えええええええ!
うっそだ。
「だって、教室の外の札に『2年3組』って書いてありませんでした?」
わたしが思わず反論すると、美咲先輩は言った。
「そうね。でも、それだけなのよ。ここは、2年2組なの」
「そんな……本当ですか!?」
茜がそういうなり猛スピードで廊下に飛び出していったので、わたしたちもそれに続く。
確かに、C棟側の階段からこの教室まで、1つしか教室がない。
「じゃあ、本当にこの教室は……」
「2年3組じゃなくて、2年2組なんですね…!」
わたしと茜の言葉に美咲先輩が頷く。
「六宮君の話では、彼はいつもはC棟側の階段を使っていた。慣れないB棟側の階段を使っていたら、自分のクラスの札がついている教室に素直に入ってしまうのも普通のこと。ましてや、今は4月。教室の場所を体が覚えてる訳でもないでしょう。
梅田先生も、教室内に六宮君を見つけてからその教室のクラスを確認した。その間違った札でね。それに六宮君は2年3組なのですから、まさか2年2組にいるとは思わなかったのでしょう」
「じゃあ、先輩はどうして気がつけたんですか?」
茜が質問すると、美咲先輩は答えた。
「私は去年2年2組だったから。体が覚えてたのよ」
そのとき、今まで静かに話を聞いていた梅田先生が口を開いた。
「なるほど。六宮も私も勘違いをしていたようだ。だが、それが六宮の無罪を証明することになるのか?確かに他のクラスに落書きするのは不自然だが、強力な理由ではないだろう」
まあ、確かにそうだ。2年3組が2年2組だったとしても、状況はそこまで変わらないのではないか。
わたしがそう考えたとき、美咲先輩は言った。
「梅田先生。2年2組の担任は誰ですか?」
その言葉に梅田先生はハッとし、答えた。
「……唐澤先生だ」
「そう。あの唐澤先生なんです。先程の六宮君の態度から、彼は唐澤先生に怒られるのを相当避けたいようでした」
確かに、誰だってそれはそうだろう。
他学年まで名が轟いている怖い先生だ。
私だってもちろん怒られたくない。
美咲先輩は続けた。
「単なるいたずらなら、わざわざ2組でこんなことをする理由は非常に薄い。
この魔法陣を描いた何者かは、『この教室でなければならない理由があった』のです。
もし、六宮君がそんな事情があったなら、部活があるこの日、この時間に実行するのはおかしいですよね」
確かに、それほど大切な用事なら、邪魔が入らない時間を選ぶだろう。
魔法陣を描く大切な用事なんて、見当つかないけど。
梅田先生が何も言えなくなっているのを見て、美咲先輩は少し得意げに言った。
「――つまり、この魔法陣を描いたのは六宮君ではなく、別の人間です」