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前編(ジュリア視点)

 愛している。貴方だけを。


 愛する貴方がいない世界では生きていけない。


 だから、貴方の跡を追うのは、わたくしにとって当然の成り行きなのだ。





 麗しく聡明な公爵令息、ロイド・マーカム様。


 比べて、わたくし、ジュリア・ピストレット伯爵令嬢は、学園での成績こそ彼と首位(トップ)争いができる頭脳だけが誇れる、それ以外は、いたって地味で平凡な女だ。


 そんなわたくしがロイド様と婚約できたのは両親同士が親友だったからだろう。


 婚約者として引き合わされた時、そのあまりの麗しさに心奪われた。


 外見だけでなくマーカム公爵家の後継者として常に努力している姿にも惹かれた。


 けれど、すぐにロイド様が誰を想っているのかも分かってしまった。


 ロイド様の自分の異母妹、フェリヤ様を見る眼差し。


 あれは、どう見ても恋をしている眼だ。


 彼の父親、マーカム公爵が奥方が亡くなって一年後に連れてきた娘がフェリヤ様だ。彼女の母親も亡くなったために引き取る事にしたのだという。


 おしどり夫婦として有名だったマーカム公爵夫妻。


 けれど、公爵は別の女性との間に娘を儲けていたのだ。


 普通ならば、父親の裏切りに怒るところだが、ロイド様は現われた「妹」の愛らしさ美しさに心を奪われたようだ。


 わたくしと彼が婚約したように、フェリヤ様も婚約した。ピーター・エクルストン辺境伯と。両親が早世したために若くして爵位を継いだ有能な美丈夫だ。


 そのまま何事もなく、わたくし達は結婚できるはずだった。流行り病で相次いで王子達が亡くならなければ。


 国王と王妃の息子二人。


 王位継承権第一位と二位となる王子二人。


 ロイド様の母君、マーカム公爵の亡くなった正妻は、国王陛下の妹君だ。


 公爵と元王女の息子であるロイド様は、王位継承権第三位なのだ。


 そして、何より、亡くなった王子二人などよりも、ずっと優秀だと言われていた。


 誰もがロイド様が王位を継ぐのだろうと思っていた。


 けれど、国王は、ある告白をしてシューブリッジ王国を驚愕させた。


 曰く「マーカム公爵令嬢だと言われているフェリヤは、本当は私の娘、王女だ」と。


 フェリヤ様は王宮に仕えるメイドとの間に儲けた娘で、王妃の嫉妬から守るために母子を市井で暮らさせ、生母亡き後、マーカム公爵家に預けていたのだと。


 公爵もそれを認めた。王命でフェリヤ王女を娘として育てていたのだと。


 こうして、彼の異母妹と思われていたフェリヤ・マーカム公爵令嬢は、王女、いや、王太女として認められた。庶子とはいえ国王の実子だ。異母兄である王子二人が亡き今、彼女が王位継承権第一位となる。


 王太女が公爵令嬢だった時に婚約者となったピーター・エクルストン辺境伯は、身分も能力も王配となるのに申し分なかった事もあり王配となるはずだった。


 けれど、王太女が嫌がった。彼女は、異母兄だと信じていた私の婚約者であるロイド様を愛していたのだ。兄だと思っていたから、その想いを封じ他の男性との結婚を承知したが、実はそうではなかったと知りロイド様との婚姻を望んだ。


 ……彼女の気持ちは分かる。わたくしも彼女と同じ立場なら、そうしただろう。


 ロイド様が王配であっても身分も能力も申し分ない。むしろ、エクルストン辺境伯よりも王位に近い順位にいたのだ。何より、二人は想い合っている。


 こうして、フェリヤ・シューブリッジ王太女とロイド・マーカム公爵令息の婚約は成立した。


 代わりに、王太女の元婚約者、ピーター・エクルストン辺境伯と公爵令息の元婚約者であるわたくし、ジュリア・ピストレット伯爵令嬢が婚約する事になった。


 高位貴族ほど幼い頃より婚約が決められている。他に婚約できる相手がいなかったのだ。


 それに、ロイド様でなければ誰だって同じだ。だから、わたくしはエクルストン辺境伯との婚約を文句一つ言わずに受け入れた。


 愛する人と結婚できなかったのは悲しいが、愛する人が愛する女性と婚姻できて喜ばしいと思っているのも本当だ。


 王配となる彼のために、エクルストン辺境伯夫人として生きる。


 ロイド様と出会い恋してから、わたくしは貴族令嬢としての義務や責任感からではなく「ロイド様のお役に立てるように」という思いだけで生きてきたのだ。


 ロイド様と結婚できなくても、彼がこの世に生きていてくれるのなら、わたくしも生きていける。


「王太女殿下を愛している。その気持ちは、おそらく生涯変わらない。けれど、こうなった以上、妻となる君と良好な関係を築きたいとも思っているんだ」


 婚約が成立した後、ピーター様は正直に自分の胸の内を語ってくれた。それが、妻となるわたくしへの彼の誠意なのは分かったから、わたくしも自分の気持ちを打ち明けた。


「わたくしはロイド様を愛しています。その気持ちは生涯変わりません。けれど、あなたのその誠意には応えたいと思います」


 ピーター様は言葉通り、わたくしを大切にしてくれた。わたくしも彼に誠実に接した。


 このまま、何事もなく年を重ねていくのだと信じていた。


 けれど、王太女とその夫となったロイド様が土砂崩れに巻き込まれて亡くなった。


 皮肉にも、わたくしとピーター様の結婚式から王都に帰る途中、土砂崩れに遭ったのだ。


 その報告を受けた後、わたくしは気絶した。


 生きていてくれれば、それでよかった。


 彼が手に入らなくても。


 他の女性を愛していても。


 様子を見に来た夫になったピーター様に、わたくしは告げた。


「お二人の元に逝きましょうか」


「二人の元とは?」


 わたくしが言った言葉の意味が分からないのだろう。ピーター様は首を傾げた。


 わたくしには、なぜピーター様が分からないのかが分からないので、彼と同じように首を傾げた。


「あの世ですわ。愛する人がいないこの世になど、未練はないでしょう?」


 なぜ、わざわざ言わなければ分からないのだろう?


「……君は私と一緒に死ぬつもりなのか?」


 長い沈黙の後、ピーター様は絞りだすように言葉を紡いだ。


「そのつもりでしたが、どうやら、あなたは死ぬ気はないようですわね」


「当たり前だろう! なぜ、私が死ぬつもりだと思えたんだ!」


 ピーター様は信じられないと言わんばかりに怒鳴ってくれたが、むしろ、わたくしこそ信じられないのだ。


「だって、愛する人がいないこの世で生きていても仕方ないでしょう?」


 わたくしにとっては当然の真理なのだが、ピーター様は絶句したようだ。


「あなたは愛する人がこの世からいなくなっても生きるつもりなのですね。その程度の愛だったのですね」


 責めるつもりで言った訳ではない。ただ思ったままを言っただけだ。


「私達が跡を追っても二人は喜ばない。生きて、二人がやり遂げられなかった貴族としての義務と責任を生涯全うすべきだろう」


 それが、ピーター様にとっては、貴族にとっては、生まれた時から刷り込まれた真理だ。


 だから、愛する人がこの世からいなくなっても、跡を追うなどありえない。


 けれど、わたくしは――。


「……本当に、あなたは何も分かっていないのですね」


 わたくしは溜息を吐いた。


「二人が喜ばない? そんなの、当人でないのに、どうして分かるんですか? それに、何より――」


 わたくしは、射貫くようにピーター様を見た。


「死ぬのだから、もう後の事など、どうでもいいわ」


「……君は」


 どんな言葉をかけても、わたくしには無意味だと、ようやくピーター様は悟ったようだ。


「ああ、安心なさって。死ぬのは、わたくし一人。死ぬ気がないあなたを道連れにはしないから」





 愛している。貴方だけを。


 愛する貴方がいない世界では生きていけない。


 だから、貴方の跡を追うのは、わたくしにとって当然の成り行きなのだ。
















 









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