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夢の中では終わらない

作者: 葉月くらら

「リリー、君が好きだよ」

「エドワード様……」

 真夜中の公園。

 池のほとりでは蛍がちらちらと飛んでいる。うすぼんやりとした光に照らされたエドワード様が私の手を愛おしそうに包んだ。同年代の貴族たちの中でも飛びぬけて優秀で容姿も端麗なエドワード様。

 その彼に告白されるなんて……まるで夢みたいだ。

「エドワード様、私も……」



「リリーお嬢様! 朝でございますよ、起きてくださいまし!」

「モーリー……」

 カーテンを勢いよく開ける音がして瞼越しに陽光が刺さる。

 うう、まぶしいわ。

 乳母であるモーリーが換気のために開けた窓からは朝の冷たく清廉な空気が入り込んできて、寝ぼけ眼だった私の意識は完全に覚醒した。私が今いるのは自室のベッドの上。ふかふかの羽毛布団に埋もれている。

「エドワード様!? ……って、やっぱり夢」

 私は一体いつ眠ったのだったかしら?

 夜の公園のほとりでエドワード様に告白されたはずでは?

「まったくいつまで寝ぼけておいでですか? ドレスに着替えて朝食にいたしますよ」

「はーい……」

 ……そうかあ、夢かあ。やっぱりそうよね。

 私は口うるさいモーリーに返事をしながらベッドの上で項垂れた。

 エドワード様から告白されるなんて夢に決まってるわよね。



 エドワード様は国内でも大きな領地を治められている侯爵家の御子息だ。その血筋は王族にも連なるうえ、本人自身がとても優秀で見目麗しい方だ。青い宝石のような瞳に銀色の美しい髪。私の周囲にいる貴族の令嬢たちも彼に恋をしている人は多い。

 そして、私も実はその一人だ。

 私の家は代々彼の家に仕えている下級貴族だ。

 そんなわけでエドワード様と私は年頃が近いこともあり、いわゆる幼馴染というやつだった。とはいえエドワード様がお父上の仕事を手伝うようになった最近はほとんど交流がなかったのだけど。

 貴族とはいえ自分より身分の低い私にエドワード様は他の人たちと変わらず優しく接してくれた。けして容姿だけではなく人柄も素晴らしい人なのだ。

 でも今更告白される夢を見るなんて恥ずかしい。

 きっと昨日久しぶりに我が家で開かれた晩餐会にエドワード様が来てくれたからだ。



「そういえば、私は昨日いつ眠ったのだったかしら」


 昨日は父の誕生日を祝うパーティーで私の屋敷には周辺に住む貴族たちや親しい人々が招かれていた。もちろん下級貴族のパーティーだからそんな盛大なものじゃなかったけれど母や私や使用人たちが作った手作りの料理や美味しいお酒が並びとても和やかにみんなすごしていたのを思い出す。

 そこに顔を出してくれたのがエドワード様だった。

「ひさしぶり、リリー。元気だったかい?」

 父への挨拶を済ませたエドワード様が私に微笑んでくれたのだ。


「あの後……みんなで料理を食べてお酒を飲んで、少し踊って……それからどうしたのだっけ」

 朝食のパンにバターを塗りながら昨夜のことを思い出そうとする。けれど、どうしてか靄がかかったようになかなか思い出せない。

「リリー様、まだ寝ぼけていらっしゃるのですか? だからお酒はまだ早いと申しましたのに……。もう少し横になられては?」

 パンをバターナイフを持ったまま考え込んでしまった私を見てモーリーが紅茶を出しながら呆れたように言う。そうだ。私昨日ワインを飲んだのだった。成人して初めてお酒を飲んだのだ。

 そのあとなんだか気分がふわふわとしてすごく楽しくなってエドワード様と一曲踊ったわ。少し会わない間に背もまた高くなって体つきもしっかりしててドキドキしたのを思い出した。

 そのあとどうしたのだっけ。



 ぼんやりしたまま朝食を終えて、日課の花の水やりのために庭へ出た。屋敷の庭の一部を花を育てるために私が管理しているの。

 冬に植え付けたチューリップが、今日も綺麗に見事な花を咲かせているわ。ピンクに赤に紫に白。どれもとても綺麗ね。

『リリーは花を育てるのが上手だなあ』

 幼い頃、エドワード様が私の花壇を見てそう褒めてくれたのが嬉しくて、今でもたまに思い出す。

「そういえば昨夜も……」

 そこで私はまた昨夜のことを断片的に思い出した。



 初めてのお酒を飲んで楽しくなってエドワード様とダンスをして、それから二人でこっそり涼むために庭に出たのだった。エドワード様は花壇を見て相変わらずとても綺麗に咲いているね、とほめてくれたのだ。

 それから。

 私は花壇の先にある植え込みを見た。

 実はこの花壇の奥には外に抜け出すことのできる細い出入り口がある。

 エドワード様は私の手を取って二人で屋敷を抜け出したのよ。

「そうだ……思い出したわ……」

 二人で屋敷近くの公園まで歩いて行って、そして蛍の舞う池のほとりで……。

「う、うそ。あんなの夢だわ! だってエドワード様がそんなこと言うはずないじゃない」

 私の手を取って微笑むエドワード様の瞳を思い出してかあっと頬が熱くなった。

 でもあんな夢みたいな光景、とても現実とは思えない。

 それに私は下級貴族のぼんやりした冴えない娘でしかない。髪も瞳も茶色で特別美しい容姿をしているわけでもない。エドワード様の周囲にはもっと美しくて優秀でそれでいて人格も優れている人がたくさんいるはず。私なんてエドワード様が好きになるはずないわ。

「それに……私どうやって公園から帰って……」

 やっぱり途中から夢だったのじゃないかしら。

 きっとお酒のせいよ。そうに違いないわ。私ったら都合の良い夢を見て恥ずかしい……。

 はあ、と溜息をついて火照る頬を冷ますためにひんやりした両手で包んだ時だった。

「やあ、眠り姫」

「へ!?」

 背後から聞こえたエドワード様の声に私は驚いて振り返った。やあ、と笑顔で軽く手を上げたのはやっぱりエドワード様だ。

「え、エドワード様」

 どうしよう、どうしてエドワード様がここにいるの?

 あんな夢を見てしまったせいでなんだかすごく気まずい。

 落ち着かなく視線をうろうろさせていると、エドワード様は私に近づいてきて昨夜の夢と同じように手を取った。

「昨日はよく眠れたかい? 二日酔いは無さそうだな」

「あ、えっと、その……え?」

 よく眠れた? 二日酔い? どうしてそれを……。

 私が目をこれ以上ないくらい大きく見開いて瞬くとエドワード様が苦笑した。

「リリー、まさか昨夜のことを忘れたなんて言わないだろうね?」

「昨夜……でも、あれは夢じゃあ……」

「夢!? まさか本当に覚えてないのかい?」

 今度はエドワード様がぎょっとした。

 混乱する頭でなんとか考える。つまりこれは……昨夜見た夢は現実!?

「エドワード様に告白されるなんて、そんな夢みたいなこと現実なはずがないと思って」

「夢じゃないよ! ちゃんと現実だ。君は昨夜、僕の告白に答えたあと、お酒が周りすぎたのか眠ってしまったんだよ。だから僕が屋敷まで君を届けた」

 なんてことだろう。私ったらエドワード様にそんなご迷惑をおかけしてしまったの? ……っていうかそれどころではないわ。私はぽかんとした間の抜けた表情のまま呟いた。

「夢じゃないんですか?」

「夢じゃない。その証拠に僕は今日君にあらためて求婚するためにやってきた」

 求婚!

 ぽんっと顔が赤くなる。

 そんな、告白されるだけでも夢のようだったのに。

「昨日は君も酔っぱらっていたしフェアではないと思ってね。昨夜も君は僕にイエスと言ってくれたけど……」

「そうだ、思い出したわ……」

 昨夜と同じようにエドワード様の瞳が愛しそうに細められる。

 昨夜私は彼の告白に頷いたんだ。


『エドワード様、私もあなたがずっと好きでした』


 それからエドワード様に抱きしめられて幸せすぎてその後きっと眠ってしまったんだ。

 じわりと視界が歪んでぼやける。それでもエドワード様が優しい顔をしているのはわかった。

「まだ夢だと思ってる?」

「いいえ、でも夢みたい……」

「ちゃんと現実だよ。リリー、僕と結婚してほしい」

 手を引かれて、私はエドワード様の胸の中におさまった。

 もうお酒は抜けているはずなのになんだか頭の中はふわふわしてまるで夢みたい。だって幼い頃からずっと好きだった人に求婚されているんだから。

 でもこれは現実なんだ。

 この幸せは夢幻じゃない。

 私はしっかりとこの現実を手放さないように、エドワード様の背に腕を回して頷いた。

「はい、喜んで」


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