貴方のために出来ること
今日も言えなかった。
私は、悲しげに出て行った貴方の背中を見送った。
「もう、来なくていいのよ?」
そう言えたらよかったのに……。
貴方の瞳の後悔の色に、その言葉を飲み込んだ。
私の身体は、ギリギリのところを留まっている。
いつ息を引き取るかわからない状態……。
貴方は、遠いところで新しい生活を始めているはず。
こんな私を見舞っている暇はないのだ。
未来を見て欲しかった。
私自身は、いつ死んでもいいと思ってるから。
この状態で生きてるとも言えないから……。
私は貴方が出ていくのを見送り、下を見た。
ベッドというには粗末なその上には、青ざめやつれた『私』が目を閉じていた。
小さい頃から私達は仲が良かった。
小さな村に同年代は少ない。
大人達は街に仕事に出かけ、年寄りが多くなった。
そして私は、生まれてすぐ村の入り口に捨てられていたところを、村長に拾われ育てられた。
小さい頃から村長や村のおじいちゃん、おばあちゃんに可愛がられた私は、一生この村で生きていたいと思っていた。
貴方は数少ない村の夫婦の子供で、幼なじみ。
「大きくなったら一緒になるといいよ」
「幸せになりなさい」
「ここでずっといてちょうだいね」
その言葉に私は微笑み、何度も頷いた。
自分が生き方を決めることは恐れ多いから……。
私は生涯、ここにいて恩のある村長や村の人に尽くすことが当たり前だから。
それよりも、若い貴方には未来があるのだから……。
貴方は成長していく。
私は遠い街の学校に進学した貴方の背中を見送った。
貴方はいつも手紙をくれた。
学校でのことや、宿舎から見えるこちらのはない景色のこと。
時々、忍ばせるように紙幣が入っていたこともある。
私に気を使っているのだろう……申し訳なく思っていた。
何年か後、卒業した貴方は都で就職すると便りがあった。
迎えにいくから、一緒に暮らそうと書かれていた。
私は、もう手紙を送らないでくださいと手紙を返した。
お金もかかる。
そして、未来を祝福されている貴方の心残りになってはいけないと思った。
その頃、村のある領地のあたりで、冷夏と大雨が続き大不作となった。
私は、村のために働いた。
働いても食べ物はなく、商人が来ても値段は上がり続け、村長たちに食事を優先した。
みるみる痩せ細り、水を口にするだけになった。
それでもまだ幸せだった。
娼館に売られると決まったのだ。
あぁ、そうか……私はこのために生きていたのだ。
諦めの気持ちで翌日の出発の前に、住んでいた自分の部屋で目を閉じたのだった。